小説紹介・けんご、『N』を紹介し品切れ→2か月で4回の重版へ。「ずっとターゲットを変えていない」投稿のスタンスを語った独占インタビュー

文芸・カルチャー

PR更新日:2024/3/13

けんごさん
けんごさん

 2021年10月に発売された道尾秀介氏の連作短編『N』(集英社)が、今年のはじめ、書店やネット書店から姿を消した。時を同じくして、集英社文芸書のXには「『N』の重版決定」という文字が。小説紹介のけんごさんがYouTubeとTikTokで『N』を紹介したことで、爆発的に売り上げが伸びたとか。

 けんごさんは、2020年11月頃からTikTokで小説紹介の投稿をスタート。そこで紹介された本に次々と重版がかかることから、「けんご重版」という言葉まで生まれた。

 先日投稿された『N』の動画は、YouTubeとTikTokの合算で500万再生を突破。小説を読んでこなかった人たちにまで読書の楽しみを広げている。本稿では、『N』の投稿に関することや、けんごさんの小説紹介の極意、若い世代と本の関係などについて本人に伺った。

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●小説は他のエンタメより賞味期限が長い

——『N』が発売された約2年前にも、TikTokで紹介動画を投稿されていました。どんなきっかけで『N』に出会ったのでしょうか。

けんごさん(以下、けんご:『N』は出版前からかなり話題性が高く、僕も心待ちにしていたんですが、偶然にも編集部の方とお話しする機会があり、見本本をいただくことになって。発売前に読ませてもらいました。物語が面白いのはもちろん、小説の形を広げてくれる期待感もあって、たくさんの方々に知ってほしい作品だと思いました。

——1回目の動画を配信した時の反響はどうでしたか?

けんご:反響はやっぱり大きかったです。でも、新しく作った動画のほうが再生数は圧倒的に多かったですね。

——2回目の投稿をしたのは、2024年の1月でしたね。『N』を紹介してほしい、というリクエストが増えていたのがきっかけだとか。

けんご:昨年11月に道尾さんの『きこえる』(講談社)が発売された影響が大きかったと思います。僕も『きこえる』の動画を配信したんですが、動画を観た方から「道尾さんの次の作品を探している」というコメントが集中したので。「『N』が大好きなので紹介してほしい」というリクエストも多かった。僕の動画の視聴者さんの中には、自分の好きな作品を僕がどんなふうに紹介するのかを楽しみにされている方も結構いて。

——今回のように、以前紹介した本の動画を再度作って投稿することはよくあるんですか?

けんご:やっぱり動画が古くなればなるほどたくさんの人に届きづらくなりますし、視聴者も変わっていくので。僕自身も、好きな小説は何度も紹介したいですし。

——新しい動画では、前回と内容を変えないと、という気持ちもあるものですか。

けんご:意識しなくても、その時々で「これがベストだ」と思える紹介の仕方が違っていて、別のアプローチにしようと自然と思えるので。今回は、投稿する前に『N』を読み直して、物語の面白さにフォーカスしたい気持ちもありましたけど、小説を読んだことのない方にとってフックになるのは、「720通りの物語」とか、「本をひっくり返して読む」ことにあるなと思って、本そのものの設定やコンセプトに注目しました。

『N』

●もともと本が持っている仕掛けを視覚的に演出

——『N』は1章ごとに文章が上下逆に印刷された連作短編。動画の中でも実際に本をひっくり返しています。その瞬間、時が止まるように音楽が止まる…という演出が忘れられません。こういう映像はどうやって思いつくのかと。

けんご:動画ですし、もともと仕掛けのある本なので、そこを視覚的に演出させてもらおうと思って。僕自身も動画を作るようになってから3年経ちますし、1回目よりもいいものができた実感はありました。反響があるといいなと淡い期待を抱いていましたが、TikTokで150万超え、YouTubeで350万超えと想像以上に反響がありました。

——YouTubeでの再生数もすごいですね。ここまで数字が伸びた理由は何だったんでしょう。

けんご:僕も今回改めて感じたんですが、小説は他のエンタメ作品より賞味期限が長いと思います。周りのクリエイター仲間を見ていると、映画や漫画、アニメを紹介する動画だと、すでに人気のある作品より、もっとコアで、自分たちが知らないような作品を求める視聴者が多い。小説の場合は、どれだけ有名な作品を紹介しても、新しいものとして注目してもらえるんです。

——その人にとっては目新しいものであったと。それなら、その本が新刊じゃなくてもいいし、その作者を知らない視聴者であっても、自分の興味が惹かれる本を探しやすいですね。

けんご:発売から時間が経つと、書店のフェアなどに並ばなくなりますから。出版物は入れ替えが早いので、僕の動画を観た方が、自分にとって新しい小説として受け入れてくれたんだと思います。SNSで発信する時のターゲットを変えていないことも大きいかなと。どれだけフォロワーが増えても、「小説を知らない」「小説はむしろ好きじゃない」という方に向けて「実は面白いし楽しいんだ」っていうことを発信しているので。

——投稿する時の言葉や演出のチョイスも、そういう方々にあわせて変えているんですか?

けんご:言葉の使い方はかなり意識しています。小説好きなら知っているような作家さんの名前や文学賞、販売部数も、読んだことがない人にとってはそうじゃないことがあるので、そういった内容には触れず、物語や本そのものの魅力だけをお伝えするようにしています。

●「あえて言わない」手法でコメント欄が盛り上がった

——なるほど。けんごさんの投稿では「それが知りたかった」という言葉をちゃんと話してくれている印象があり、そこにハッとさせられます。

けんご:『N』の2回目の動画は、投稿したらどんなコメントが来るのかを予測しながら作りました。視聴者の方は、中高生から大学くらいまでの方や学生さんが大半を占めていることがわかっていたので、「6篇ある物語を720通り読める」と伝えたら「6の階乗」を思い浮かべるだろうなと。「6の階乗」をあえて言わずに配信したら、「6の階乗だ」というコメント欄が想像以上に盛り上がりました。

『N』

——SNSで反応をすぐに確かめられるのはいいですね。これまでの反応で自己評価や改善を繰り返してきたのだろうな、と感じます。

けんご:そうですね。以前、加藤シゲアキさんの『なれのはて』を紹介した時、本来なら名前を最初に出しますけど、最後の最後に名前を出したので出版社の方にも驚かれました。動画を観ている方の数、加藤さんを知っている方の数、ファンの方の数、熱狂的なファンの方の数…を逆算したら、ほかの作者さんと同じように名前は出さないくらいがいいという結論に至って。実際、反響が大きかったですし、ファンの方からも「作家として見てもらえて嬉しい」と喜ばれたんですよ。その時に、あえて言わないほうがいいこともあるなと感じました。

——『N』の動画で、他に気になるコメントはありましたか?

けんご:予想を上回っていたところで言えば、読んでいる方の感想コメントが多かったです。何十通りも読んでいます、とか。愛されている小説だなと。

——SNSのコメント欄が、視聴者が本の感想を寄せ合ったり、他の人のコメントを読んで答え合わせをしたりする場になっていると?

けんご:そうですね。『N』にかぎらず、本のネタバレを求める方がすごく多くて、その方に対して、既読の方が丁寧なネタバレ解説文を返信する…っていうことが何度もありました。解説を書くのも大変な作業だと思うんですが。動画だけでなく、コメント欄まで読んだ上で、その小説を読むかどうかを決める方も多い印象です。

——『N』は、全6章をどの章から読み始めても完結する連作短編です。今回『N』を読み直した時、どんな感想を持ちましたか。

けんご:2年前は素直に1章から6章まで、本をひっくり返しながら、収録されている順番に読んで。他にも数パターン読みましたけど、今回は6篇の短編を時系列に並べ直して読みました。僕の中では、時系列に並べると「飛べない雄蜂の嘘」「名のない毒液と花」「消えない硝子の星」「笑わない少女の死」「落ちない魔球と鳥」「眠らない刑事と犬」の順番。それだけでも見えてくるものが変わるのが面白い。もしこの時系列が合っているなら、今度は逆行するように読んでみたいです。

——6篇の中で特に気に入っているお話は?

けんご:特に好きなのは「落ちない魔球と鳥」です。野球をしていたこともあり、フォークボールを頑張って練習しているところが好きで。

——読み始める章はもちろん、終わる章によっても、物語のつながりが違って見えますね。

けんご:僕がおすすめするなら、「眠らない刑事と犬」を最後に読んでほしいという気持ちがあります。いちばん登場人物が多いと感じるので、どの人物がどこでつながるのか、という関係が見えやすいのかなと。こういうふうに、「僕はこう思ってるけど…」みたいな考察をしながらお互いの感想を語りあえるのも、『N』の面白さだと思います。

●事前情報があると小説の世界観に入りやすい

——『N』は小説の形を広げている、とお話しされていましたが、新しい挑戦する作品は気になりますか?

けんご:気になりますね。読者のひとりとしても魅了されますし、それによって、小説にとっつきにくさを感じている人が手に取りやすくなるなら、すごく幸せなことだと思います。

——可能性が広がれば、そこに続く作品がまた出てきますし。

けんご:過去にも、綾辻行人さんを筆頭とする作家さんによって新本格ミステリという言葉が生まれ、東野圭吾さんによってヒューマンドラマとミステリを織り交ぜたような作風が広がったように、いろんな作家さんの挑戦と努力によって小説の世界は広がっていると思うので。僕の小さな影響力でも小説を応援できるなら本望です。

——ちなみに、今注目している若手作家はいますか?

けんご:雨穴さんですね。『変な家』と『変な絵』の大ブレイクで完全に読者を増やしたと思いますし、他にも背筋さんとか、ネット発で、特にホラー作品で活躍されている方々の影響力は計り知れないですし、そこから小説に入る方もいると思うので。雨穴さんとは僕も対談させていただいたんですが、改めて偉大な作家さんだなと感じました。

——けんごさんは「若者の活字離れは絶対に間違っている」と仰っていますね。

けんご:僕の投稿をきっかけに小説を読んだという方がコメントやダイレクトメッセージをくださったり、イベントで直接声をかけてくださったりして、たぶんその方々は、今まで小説を知るきっかけがなかっただけなのかな、と思うんです。

 今はエンタメコンテンツが無数にあるから、むしろ本が若者から離れているというか、無数のカルチャーの中から小説を選ぶ確率が低くなっているだけなのかなと。たとえば、映画は好きな俳優さんだから観ようって動機がありますけど、小説は動機が若干弱い。それだけのことで、きっかけさえあれば、若い読者も増えていくと思っています。

——たまたま小説を選んでいないだけだと。高校生までまったく本を読まなかったというけんごさんがお話しされると、実感がともなっていますね。

けんご:野球ばかりで小説を読む時間がなかったので…。大学生の時に時間ができて、『白夜行』(集英社)で小説にはまり、その後も『ゴールデンスランバー』(新潮社)など600ページ超えの長編ばっかり読んでいたので、活字の圧迫感とか、ページ数が多いからとか、そういうことは読まない理由にはならない気がします。

——活字をたくさん読むことに抵抗があるわけではないと。小説って難しそう…っていう「とっつきにくさ」を感じている人は、どうやって入り口を見つけたらいいと思いますか?

けんご:僕自身の体験だと、染井為人さんの『正体』(光文社)という作品を読んだ時に、これも長編なんですが、Audibleで何の気なしに聴き始めて、そのまま聴いても良かったんですが、僕の場合は「これはとんでもない物語だから自分の目で読まなければ」と思い、本を買いました。

 事前情報を知っておいたほうが、物語にすんなり入れることもあると思います。ネタバレまでいかなくても、どういう流れで、どういう結末になるのか、っていう。最近、大田ステファニー歓人さんの『みどりいせき』を読み始めて、2ページくらいで「あ、これは全然わからない」って思ったんです。で、既読だった知り合いの書店員さんに話の内容を聞いたら、すっと入っていけました。

●作家さんによって文体や表記が違うのも小説の面白さ

——けんごさんにも、実は得意ではないジャンルがあるとか。

けんご:ファンタジーは得意ではない分野です。ただ、最近でいえば『レーエンデ物語』(多崎礼/講談社)には没頭できました。もちろん、今の自分には合わないと感じる本も、残念ながらありますが、自分の得意ではないジャンルでも、のめり込める作品はあると思います。

——そう考えると、苦手なジャンルを決めつけて読まないのはもったいないですね。失敗しにくい「最初の一冊」の探し方を教えてもらえませんか?

けんご:僕自身は長編から読み始めましたけど、僕のSNSでは、ある作品に収録された一篇の短編にフォーカスすることも多くて。それは、小説を初めて読む方のハードルを下げたいっていう気持ちがあるからです。今は連作短編が流行っていますし、最初から無理に長編を読まなくても、短編小説から始めると、文章が短めで物理的に読みやすいものが多いと思います。

——けんごさんの場合は、ある時から小説を読むことが趣味になり、それが結果的に仕事にもなっていて。そうすると、読書の仕方は変わるものですか。

けんご:昨年から小説を紹介するっていう活動を本格的に仕事にシフトして、じつを言うと結構苦労しています。先日、まさきとしかさんの「三ツ矢&田所刑事シリーズ」の最新刊のお仕事をいただいて、僕が小説紹介を始める前から読んでいたシリーズなので、すごく嬉しかったんです。一方で、出版社さんからご紹介いただいた本で、残念ながら動画にするのは難しいかなっていうこともあるので、出版社さんとは最後まで読んだ上でお話しするようにしています。それもあって、昨年12月頃から今年にかけて動画の仕事を少し抑えていますが、喜びも苦労も両方あるのが仕事だよな、と感じています。

——小説紹介という仕事に誠実に向き合っていることが伝わってきますね。けんごさんが感じる小説の面白さとは、どんなところでしょう。

けんご:自分のペースで、自分だけの時間を楽しめるところかなと思います。文字だけを追うことで、登場人物の顔や声、世界線が思い浮かんで、それが読んだ人ごとに違うのも小説の面白さ。作家さんによって文体や表記も違って、そこも楽しんでいます。

——けんごさんの動画では語彙の多さに驚きますが、「文字を追う」こと自体も苦手ではないのですね。

けんご:これは小説を読み始めてから気づいたことで、もしかしたら僕の中に「言葉」への興味が潜在的にあったのかもしれません。動画でも、僕なりの言葉で小説を紹介することを心がけていて、どういう言葉だったら伝わりやすいのか、興味を持ってもらえるのか…と言葉を絞り出していく時間も結構好きですね。

——小説によって、自分の中に眠る潜在意識がくすぐられることもあると。

けんご:そう思います。活字への興味にしても、読書への興味にしても。読んでみてダメだった…っていう方は無理することはないと思うし、僕の小説紹介が何かのきっかけになればいいなと思います。

取材・文=吉田あき

けんご
1998年9月17日生まれ。福岡県出身、東京都在住。小説紹介クリエイター。
TikTokやYouTubeで、わずか1分程度で小説の読みどころを紹介する動画を次々に投稿。
作品の的確な説明と魅力的なアピールに、SNS世代の10代〜20代から絶大な支持を得ている。

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