俳優・小林聡美が50代の暮らしを綴るエッセイ発売記念。「土っぽいところから育ってます」〈インタビュー〉

文芸・カルチャー

PR公開日:2024/4/1

 いつも変わらぬ自然体が素敵な個性派俳優・小林聡美さん。このほど日々のちょっとした気づきを集めたエッセイ『茶柱の立つところ』(文藝春秋)を出版された。50代も後半となり、さらに肩の力の抜けた小林さんの毎日は、同世代にとっては共感に溢れ、下の世代にとっては「こういう感じ、いいかも」と思える素敵なものだ。50代という年齢になったから見えたこと、感じること――そんな小林さんの「今」についてお話をうかがった。

小林聡美さん

50代になると、あまり気を使わなくてよくなる

――まずは一冊にまとまっていかがですか?

小林聡美(以下、小林):書いた時点ですでに「過去」の話なので、出来上がったものをしみじみ読み返すというのはあんまりしないんですけど、ひとまず形になってホッとしています。エッセイを書くのは「作品を作り上げていく」みたいな感覚もあって。装丁もすごく素敵なので、うれしいなあと(笑)。

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――日々の何気ない感覚とかすごく親しみやすくてよかったです。書くネタはどんなふうに発見していくんですか?

小林:発見は発見しようとして発見できないですからね。自分がびっくりしたこととか、「ああ、そうだった」って気がついたこととかは忘れないように携帯にメモしたりとか。3/4くらいは書き下ろしでコロナの頃から書いているんですが、つくづく「新しいことをしてないな」と。なかなか新しい発見も難しい年齢になってきました。

――50代後半になって「今までとモノの見方が変わる」という発見もありそうです。

小林:そうですね。こだわっていたつもりではないけれど、自分なりに便利だからとか好きだからとずっとやってきたことが、若い人とは全然違うというのがわかったりすると面白いなって。たとえば携帯の使い方とか、音楽の聞き方とか。あとは自分より上の世代の人たちから体調の具合の話を聞いたりした時に、なんとなく想像できる体感にもなってきました。

――20、30代より過ごしやすいと思います?

小林:どうなんでしょう。そんなに意識したことないですけど。ただ割と30代はこれまでとは環境が変わったりする時期で忙しかったりするので、40代くらいから自分のペースで考えたりやったりすることができるようになってきたかもしれません。20代30代って社会的な関わりの面でも勢いやエネルギーがあるからいろいろできちゃうし、無理もできちゃうし、知らなかったことをどんどん知れて新鮮だし楽しいし、なんか体も心も「忙しいのが楽しい」みたいな時代だったと思いますけど、40代から楽になってきて、50代ともなるともうあんまり気も使わなくてもいいし、みたいな。ほんと気にならなくなるというか、気にしないでいいんだと思えるようになりますよね(笑)。

――同世代として完全に同意です(笑)。アンチエイジングについてはどうですか? 先日、30代の美容師の子が「ボトックスやろうかと思って」って言ってて驚いたんです。

小林:30代で!? まだ全然キレイなのにね…でも確かに自分のことを考えても30代って20代の元気さとか若さとかの余韻をちょっとひっぱってる時期かもしれませんね。「老い」を受け入れる最初の段階で、「こんなところにゴミみたいなのがついてる!?」とかシミを発見してとまどう世代のような気がするし、生き物的にもまだそういう感覚が敏感なときなのかと。そのうち老眼で細かいものが見えないから、気にならなくなるんですけどね(笑)。もちろん「ここは譲れない」という美意識は大事にしていきたいですけど。

――「自分の基準」がはっきりしているんですね。それは昔から?

小林:どうでしょう。気合を入れすぎてボロが出るのは恥ずかしいから、最初からそのへんは低くしとくとか(笑)。

小林聡美さん

大事なのは「ピアノ」と「猫」と「友人」

――今、シンプルライフが注目されていますが、本で知る小林さんの日常もシンプルですよね。今の状況は失敗を繰り返した結果なのか、昔から同じような感じなのか、どうでしょう。

小林:そんなに性格は変わってないし、自分の好みもそんなに変わっていないので、年齢で変わってきたというのはあまりない気がしますね。物にも執着はあまりないですし。もちろん気がついたら物が溜まってることはありますけど、「これがほしい」って何かを集めるとかもしないですね。物は捨てるのに時間も手間もかかるし、体力も気力もいりますから。ただやっぱり20代、30代は物がほしくなる年齢だとは思うんですよ。遭遇するのもはじめての物が多いですから。私もそのくらいの頃は食器に興味を持っていつの間にか集まっちゃったこともありました。ただ私の場合、離婚した時に荷物を持たずに出たので、それですっきりしたところもあって、なのであんまり参考にはならないかもしれない(笑)。

――巨大なリセットですね(笑)。生き方とかも変わってしまいそうです。

小林:大きかったのは父親が亡くなったりしたことかな。結局、最後は何も持っていけないんですよね。「これまで大事にしていたものってなんだったたんだ?」とか思うし。でもやっぱり「かわいいな」とかときめくことも必要だし、我慢ばかりしちゃうのもつまらないし…そのへんは正解がないところかもしれません。

――ズバリ今の自分の人生で大事にしているものを3つあげるとしたら。

小林:難しいですね。ピアノと猫と…うーん、友人たちかな。80代の先輩から「60過ぎたら山小屋で男も女も雑魚寝できるからラクで楽しいわよ〜」みたいに聞いてたのを、最近は「確かにそうかも」って思うんですが、若い頃と違って性別に関わらず「なんかあったら助けるよ」みたいな感じで仲良くできるようになってきた感じがありますね。ひとりでいるのも好きですけど、やっぱり人と関わって生きていきたいし、どうしてもひとりでできることには限りがありますし。家族とかいたらそれはそれで大変なこともいろいろあるでしょうけど一方で助かることもすごくたくさんあるとも思います。ただ私にはそれがない分、いろんな人に助けてもらって、私もいろんな人を助けながら生きたいねって思います。

――ちなみに50代までにやっといたほうがいいことって何だと思いますか?

小林:うーん、どうだろう。結局「健康」でいることくらいかな。たいていのことはいつからでも始められますからね。私がピアノを始めたのも50代です。ずっと楽器をやりたいと思っていたんですが、ピアノは中でも究極な気がしていて、逆に敬遠していたんです。でもやるなら、少しでも早い方がいい、今しかないと思って。来来世くらいはピアニストになっていると思います(笑)。

小林聡美さん

いろいろな時代を「見てきた」からこその幅の広さ

――お話ししていて、小林さんの等身大の安定感が本当に素敵だなーと感じます。これから先の「素敵な年の重ね方」ってどんなものだと思いますか?

小林:楽しんでいる人たちがいいですよね。楽しんで生きてる人たち。

――確かに。「楽しんで生きる」経験は、これからもエッセイを書かれる上でも大事そうです。

小林:そうですね。まだまだこれからもスマホみたいな新しい出来事がたくさんあるだろうし、そういったことをちゃんと感じたり受け止めたりしながら歳を重ねていけたらと思いますよね。「人生100年」だったらまだ折り返しですから(笑)。まだまだ進化することがあるだろうし、それに慣れていかなきゃいけない覚悟はしています。

――その前向きさって完全に非デジタルでもない50代の強みかも。しかもきっちりバブルも見てきた世代なので、経験値の幅みたいなものもやたらある気もします。

小林:いろいろ見てきて面白かったっていうのはありますよね。今やってる阿部サダヲさんの『不適切にもほどがある!』なんか見てると、「あんな野蛮な時代だったのか!?」とか思いますよね(笑)。不良の格好とかもすごくてなんかの扮装みたいですけど、実際にこういう人いましたし。

――いました、いました! うちの中学は廊下をバイクが走ってました!

小林:校内暴力とか、あんなかわいらしい感じじゃなくて怖かったですよね(笑)。実際、あんな時代を生きてきたわけで、今やこんなにクリーンな世の中になってきて、これからどうなっていくのか…(笑)。

――その意味では、感受性の幅自体はかなり広がったのかもしれないです。

小林:そうですね。今、いろんなことがあっても「ああ、あんな感じかな?」って想像がつくみたいな。

――たぶん上の世代の人たちなら「眉をひそめる」みたいに思うことを、今の50代は「ああ、これ、なんか昔いたわ」みたいな。そういう柔軟性はすごく高いかもしれません。

小林:私たち世代の親と子どもの関係ってまさにそうじゃないですか。私たちが子どもの頃と、昨今の親子関係は全然違いますよね、本当に友達みたいで、さっぱりしていて仲がいいし。あんまり家庭の居心地が良すぎて家を出たいとか思わないだろうし、そうするとますます子どもが減って、このままだとほんとに日本がなくなるのかも、それも自然の摂理かな…なんて思ったりします(笑)。

――確かに…。でも、小林さんをはじめ、この世代の書くエッセイって、そういう柔軟な感性に注目すると面白いかもしれません。

小林:経済が上り調子のときに生まれた子どもたちだし、日本の経済が裕福なときもいろいろ見てきたし、その一方で突如ビルが崩壊するとか信じられないこともいろいろ見て来たし、確かに幅は広いかもしれませんね。

――それに、生まれた時はまだ日本は「貧乏」でしたから。

小林:まだ戦争から20年ですからね。傷痍軍人も渋谷とか上野にいましたよね…きっとこれからも変わっていくんでしょうね、いろいろ。

――それをけっこう楽しめる?

小林:はい。もう土っぽいところから育ってますからね。ワクワクというか、ちょっと楽しみでもあります。

取材・文=荒井理恵、撮影=後藤利江

小林聡美さん

ヘアメイク=福沢京子、スタイリング=藤谷のりこ
ブラウス¥63,800、ジャケット¥82,500、パンツ¥63,800/すべてミナ ペルホネン(03-5793-3700)

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