「気持ちの悪い恋愛」を全力でしてもいいじゃないか! 『あげくの果てのカノン』米代恭インタビュー

マンガ

更新日:2017/9/25

例え世の中が非常事態でも、頭の中を占めるのは、妄信的に思い続けてきた恋しい人のこと。「変わっていく」あの人のことを受け止められるのは「変わらない私」だけなのだ──。SF設定にしたことで恋の持つ切実さと異常性が際立つ『あげくの果てのカノン』。

 


好きでい続けることがアイデンティティになる

 異星生物と戦闘の最中にある、荒廃した街。雨の中をわき目もふらずに歩いていく一人の女性がいる──。「世の中はそれどころではないのに、恋のことしか考えていない」(米代さん)女の子・かのんだ。『あげくの果てのカノン』は、かのんと、異星生物を駆除する戦闘員にして国民的ヒーローである〝先輩〟(ただし既婚者)との恋物語。

 かのんの恋は、周囲の人から〝ストーカー”と揶揄されるほどに一方的なものだった。

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「かのんはずっと先輩しか好きじゃないし、世界イコール先輩なんですよね。妄信的な信者のように」

 かのんの姿に、誰もが経験のある片思いのピュアネスさと狂気性とが映し出されていく。

「共感できるという感想と怖いという感想とに二分されましたね。怖いと言われて私はびっくりしたんですけれど(笑)」

 8年ぶりに先輩と言葉を交わしたかのん。それだけで幸せだったのに、先輩は意外にも、かのんを特別な女の子として扱うようになっていく──。

「好意を向けられたことで、先輩を好きでいることが、かのんにとってのアイデンティティになってしまった。でも性行為があったわけでもないからか、恋仲になったことへの自覚は薄いんですよね。先輩の奥さんの存在もわかってはいるけれど、〝データ〟でしかない。不倫への罪悪感より、好きな気持ちのほうが勝るタイプですね。いただいた感想で『かのんは先輩から〝爆レス〟をもらい続けている状態ですね』というのがおもしろかったです」

 爆レスはアイドル用語で、アイドルがくれる大きなレスポンス、というような意味。恋仲になってもなお、かのんは「信仰」を続けていることがよくわかる言葉だ。

変わる僕のために君は変わらないでいて

 一見完全無欠のように思える先輩のことはというと、「ずるくて、心の弱い人として描きたかった」と米代さん。

「自分のすることがかのんにとっての正義である、という無意識の傲慢さがある。何があっても自分から離れない女の子を、先輩は〝見つけた〟のだと思います。もし先輩が普通の社会人だとしたら『この子ちょろいな。遊べるぞ』という感じだと思いますが、戦闘員というSF設定にしたことで、先輩にもかのんじゃなきゃいけない切実さが発生してしまったので……」

 かのんでなければならない理由。それは、かのんが絶対に「変わらない」女の子だから。負傷した体を「修繕」することで心も「変わってしまう」先輩。それでも変わらず、自分を丸ごと愛し続けてくれるかのんがどうしても必要なのだ。

「先輩は、特殊な環境にあって、寄りかかれる人間を作らなければ自分が保てなくなっている状態。かのんもそれをわかっているから、自分は変わっちゃいけない、好きでい続けなければいけないというような強迫観念みたいなものもあるのだと思います」

あげくの果てのカノン コマ
あの人の声も、写真も、何もかも
高校卒業時に告白して、優しくふられた〝先輩”のことを、8年間ずっと想い続けていたかのん。国民的ヒーローとなった先輩が掲載された記事を集め、先輩の使ったコースターを持ち帰り、こっそり録音した先輩の声を聴いては、一人恋心を高めていた──。極端だけれど(ストーカーに非ず!)共感&応援せずにはいられない片思いの姿。(c)米代恭/小学館
あげくの果てのカノン コマ
今の私に、恋より大事なものはない
異星人の襲来により破壊され、雨が降りしきる街。だが主人公かのんの頭の中は、恋する相手のことだけ……。かのんという少女の本質を表すシーン。「もともと街が廃墟になっている設定ではなかったんですが担当さんに『壊してください』と言われて(笑)。このシーンは、そのおかげで思いつきました」(米代さん)

気持ちの悪い恋愛を全力でしてもいいじゃないか!

 米代さんにとって恋愛は「すごく尊くて美しいもの」であり、「すごく気持ち悪くて、不健全なもの」でもある。

「〝一途に好き〟って素敵なものとして扱われやすいですが、実際は超重いし、暴力だとも思うんですよ。先輩は高校時代に一度断った後にも自分に一途でい続けたかのんに爆レスをあげたけれど、普通は、付き合うつもりのない相手から一途に思い続けられたら、何度も断るという罪悪感を背負わなければいけなくなる。そこに考えが至らない時点でかのんも残酷なのだと思います。先輩は先輩でかのんのことを〝道具〟として自分に一番いい形でフィットさせるために、甘い言葉を報酬のように与えていたりするし……。二人の関係は、超不健全だと思います(笑)」

 けれど、健全でなくとも、歪んでいたとしても、これこそが二人にとっての恋なのだと、読んでいるうちにわかってくる。

「そうなんです。健全な恋愛をしている人が実際世の中にどれくらいいるのかな?とも思うんですよ。気持ちの悪い恋愛を全力でしてもいいじゃないか!と言いたい。恋愛するのに冷静ぶってどうするの?って思います」

日常の中にある、一番異常で一番身近なものが恋愛

 こんなにも読者に強い感情を喚起させる恋愛を描く米代さんだが、意外なことに恋愛ものを描くことに苦手意識があったのだという。

「この話を描くために、恋愛についてめちゃくちゃ考えました。そうしたら実生活でも、常に相手のことを冷静に見たり、計算したりするようになって……恋愛ができなくなりました(笑)。私も恋愛に思考が支配されてしまうタイプだったんですが」

 ただ題材として「恋愛ほどおもしろいものはない」とも思っている。

「矛盾と複雑さをはらんでいるからだと思います。普段はすごく理性的な人が、ある日突然、全く理性的に考えられなくなる──リミッターが外れてしまうみたいなことって恋愛独特のものだと思うんですよね。すごく無防備で、生物として危うい状態になる(笑)。私の描きたいものの一つとして、〝日常の中に非日常を設定して、それを現実の社会とどうすり合わせるか〟というのがあるんですけど、恋愛は日常の中にある一番異常で、一番身近なものなのかな、と思います」

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あなたが「神さま」でなくなっても
頭の中で神格化されてしまった先輩に、初めて触れるかのん。のちに先輩自身から「神さまとか笑わせるなよ」と否定されるが、かのんはそれをも受け入れさらなる恋心に変換していく。「かのんくらい妄信的だったら、むしろ『神様が言っていることが真実。私がそれを否定していいはずがない』みたいにも思えるかなと」(米代さん)
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「変わる僕」を許さないのも愛なのか
〝修繕”に伴う「心変わり」を止めるため妻・初穂は研究に没頭するが、先輩はそれを「変わる僕」は許されていないのだ、ととらえ、夫婦の思いはすれ違う──。「変わること、変わらないこと」も本作の大きなテーマ。「今後、変わらないかのんと変わっていく周囲にひずみが生まれ始めます。今の段階では、〝生きていくうえで、変わらなきゃどん手詰まりになっていく”と思いながら描いています」(米代さん)

文=門倉紫麻
(C)米代恭/小学館

 

米代 恭
よねしろ・きょう●東京都出身。2012年「アフタヌーン四季賞」佳作を受賞した『いつかのあの子』でデビュー。ほかに『おとこのことおんなのこ』(「ふぞろいの空の下」改題)、『僕は犬』がある。『あげくの果てのカノン』は15年から『月刊!スピリッツ』で連載中。