純粋すぎる恋は「狂気」を生むのか?『青野くんに触りたいから死にたい』【椎名うみインタビュー】

マンガ

更新日:2017/9/25

恋をしたら、そしてそれが思春期の初恋だとしたら誰もが相手のことしか見えなくなってしまうはず。たとえその相手が、決して結ばれることのない「幽霊」だったとしても……。『青野くんに触りたいから死にたい』の天然少女・優里の純粋すぎるがゆえの一途な恋は、おかしい? おかしくない?

 


優里ちゃんはおかしい、と思って描いてはいません

 公式サイトに掲載された第1話が30万PVを突破し、コミックス発売前から大きな話題に。作者の椎名うみさんの元にも、優里と同世代の10代女性をはじめ、たくさんの読者から感想が届いたという。

「とてもうれしかったです! 10代の女性は『優里ちゃんがかわいい』『自分にもこういうところがある』と言ってくださる方が多いですね。男性は謎解きの部分を楽しんでいる方が多いですが、共感したと言ってくださる方もいます」

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 確かに「恋をすると誰もがこうなるよな」と共感しつつも、〝死んでいる〟青野くんに迷いなく真っすぐに突き進んでいく優里ちゃんには、狂気めいたものを感じずにはいられない──そう椎名さんに伝えると、「ずっと不思議に思っていたことがあるんですけど……人が『おかしい』とか『狂気を感じる』のって、どういう部分になんでしょう?」と言われてハッとする。自分の感情にだけ正直に生きたり、その人のこと以外はどうでもよくなって極端に視野が狭くなったりする状態を「おかしい」と呼ぶのだろうか──?

「なるほど……少しわかった気がします。もしかすると、私自身が恋愛でも友情でも、その人と対面している時は、すごく〝その人とだけ〟のような状態になっているのかもしれないです。だからといって何もかもを捨てているわけではなくて……。だから優里ちゃんがおかしいとは私には思えないし、そう思って描いてはいないです。読んだ方が、おかしいと思うのは、まったく構わないんですが、私自身がおかしいと思って描いたら、このお話は〝嘘〟になってしまうと思うので。もちろん幽霊と人間の恋愛というのは現実にはないので、〝ちょっとおかしい〟とは思いますけど(笑)。私はたくさん恋をしてきたというわけでもないですし、一般的な恋というのが何かもわからない。でも優里ちゃんと青野くん二人の恋だったら描けるなと思ったんですよね。恋とはこういうものだから、というよりも、優里ちゃんと青野くんだから、この恋はこうなっているんだと思います」

優里ちゃんは感覚の人 青野くんはロジックの人

 本作が初連載となる椎名さん。これまで描いてきた短編とは違う作り方をしているのだという。

「『青野くん』を描くまでは、しっかりプロットを立てていたんですよ。面白いと思ったマンガを分析したりして、感情で描くのではなくて論理的に……ロジックにハンドルをとらせてマンガを描きたいと思っていました。でもことごとくネームが通らなくて(笑)。なので『青野くん』では余計なことは考えず、感覚にハンドルを取らせてロジックはそれに追従する、みたいな感じにしてみたら、描けるようになりました」

 読んでいても、まさに優里ちゃんの感情の高ぶりがダイレクトに伝わる作品だが、青野くんの謎に迫るミステリーとしてロジカルに組み立てられてもいることもわかる。

 椎名さんいわく、優里ちゃんは「ロジックよりは感覚の人」。

「軽率というか、直感で動いてるんじゃないですかね。動物っぽいというか(笑)」

 一方の青野くんはというと、

「青野くんは優里ちゃんの逆で、ロジックの人。理性的ですね。でもたまに衝動的になる時もあるのかなあと」

 誠実でやさしい青年だが、突然「優しい奴ほど人を傷つける方法をたくさん知ってるんだよ」と言ったり、優里ちゃんに「憑依」する時には別人のような表情を見せたりと、不穏な空気も漂わせている。

青野くんに触りたいから コマ
「あなたに触るために死ぬ!」恋する気持ちが爆発する
青野くんの死を知り、自らも死ぬしかないと思った優里の前に幽霊の青野くんが現れるも、抱きつくこともできず、やはり死を選ぼうとする優里。「最初にこのシーンが浮かんで、ここから物語を考え始めました。優里ちゃんの感情が振り切れる瞬間が描きたかった」(椎名さん)。優里という女の子の一途さ、激しさ、純粋さがよくわかる。(c)椎名うみ/講談社

青野くんに触りたいから コマ
好きな人と抱き合えた、喜びと悲しみと
二人が触れ合うために青野くんが考え出したのが優里ちゃんの枕に重なること。抱き合えた喜びを感じると共に、優里は青野くんではなく「わたしの匂い」だけを感じる……という悲しみも描かれる名シーン。

人間関係の「プラス」の面を描きたい

『青野くん』とこれまでに描かれた短編を併せて読むと、椎名さんが人と人との関係性、とりわけ理解し合うことの難しさを描いてきたように思えてくる。

「本当に描きたいのは、人と人との関係の〝プラス〟の面なんです。でもプラスを描こうと思ったら〝マイナス〟のことを描かなければいけないですよね。絵を描く時に、強い光を描こうと思ったら影をすごく黒く描かなくてはいけないのと同じで。だから私の描くものは人間関係のマイナスの部分が描かれているのかなと思います」

 どれだけディスコミュニケーションが描かれても読後感がいつも明るいのは、椎名さんの目がプラスの面を向いているからなのだ。

「青野くんと優里ちゃんもそうですけど、基本的に、人と人との間にはわかり合えることも、わかり合えないことも、両方あると思っているんです。以前、『アナと雪の女王』の話になった時、担当さんが『最後までアナがエルサの苦しみを理解していなかったのが寂しかった』と言っていて。でも私は、それってめちゃくちゃ希望があるなあ、と思ったんですよ。理解ができたら一緒にいるのは当たり前。でも『理解ができないままで一緒にいる』というのが、恋愛でもそれ以外でも、人間関係のキモのような気がしていて……。そういうことを描いていけたらいいなあと思っています」

青野くんに触りたいから コマ
わたしの体を、使ってください
優里の「わたしで試してみる?」という提案で、憑依を試みる青野くん。普段とは全く違う表情になり、ズルズルと優里の中に入っていく……。このあたりからホラー&ミステリー色を帯び、目が離せない展開に。

青野くんに触りたいから コマ
ただあなたのそばにいられたら…
幽霊である青野くんと一緒にいることで自分が「どうにかなっちゃう」としても「そばにさえいられれば他には何もいらない」と優里が決意する、美しくもゾクリとさせられるシーン。椎名作品の特徴でもある、感情が振り切れた瞬間の表情に注目。

文=門倉紫麻
(C)椎名うみ/講談社

 

椎名うみ
しいな・うみ●神奈川県出身。2014年「ボインちゃん」で「アフタヌーン四季賞2014 秋のコンテスト」四季賞を受賞。15年『アフタヌーン』にて同作でデビュー。短編「セーラー服を燃やして」「崖際のワルツ」を発表した後、16年『アフタヌーン』で『青野くんに触りたいから死にたい』を連載開始。