元夫からの僅かな慰謝料とビストロ勤務の収入で細々と暮らす女――あの直木賞作家が覚悟した「一度しか書けない話」とは?

小説・エッセイ

2017/10/12

書けても恥、書けなくても恥――。作家デビュー10周年を迎えるにあたり、桜木さんが選んだのは「作家へと化けてゆく女性」が主人公の物語。一人の強烈な女性編集者との出会いによって、小説への欲に目覚め、無数に傷つき、血を流しながらも、母ミオが墓場まで持っていった秘密、さらには母の人生そのものを書くことに向き合っていく主人公・令央。その物語は、読み進むほどに、これは桜木さん自身の話ではないのかと錯覚してしまうほど。そして、それこそが、この『砂上』で桜木さんが覚悟したことなのだという。

著者・桜木紫乃さん

桜木紫乃
さくらぎ・しの●1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」でオール讀物新人賞受賞。07年『氷平線』で単行本デビュー。13年『ラブレス』で島清恋愛文学賞。『ホテルローヤル』で直木三十五賞受賞。『ワン・モア』『氷の轍』『裸の華』『霧(ウラル)』『それを愛とは呼ばず』『起終点駅(ターミナル)』『ブルース』『蛇行する月』等著書多数。

 

「『ワン・モア』という作品が終わってから、ずっと担当さんと温めていたんです。ただ、最終的にさあ書こうとなったとき、〝これは実話じゃないかと邪推されるようなお話を書きませんか?〟という提案をいただいて。ああ、それは面白いかもねということから今回の話が始まったような気がします。でも、だからこそ、この『砂上』は、2回は切れないカードを切ったと思っています。この先、書き手の登場人物が出てくることがあったとしても、こんなふうに、家族との精神的な別れを経て主人公がデビューするまでの話というのは、二度は書けない。それぐらい今回は、生の自分が入っています。前作『裸の華』の踊り子さんにしろ、どんなに違う職人さんの話を書いても、どうしても自分が入っていくんだけれど、今回は職業も同じで、ちょっとやりすぎたかなと思うくらい自分の感覚が入ってしまった。そのやりすぎた箇所が読者にどう伝わるのか不安もありますが、でも、ちゃんと手の内を見せられていたとしたら、少しは書いた甲斐があるなと思います」

掘り下げれば下げるほど美しくなる生き方にしたかった

主人公の中に、物語の中に、桜木さん自身の手の内=生をすべてさらけ出しながら、〈赤裸々とは似て非なるリアルな作り話〉として成立させる。それはおそらく、まったくのフィクションを書くよりも、ある意味、過酷で辛い作業だ。しかも今回は、連載終了後、桜木さん自身も、2度の改稿を課したのだという。

「その2回の改稿でいちばん変えたのは、母ミオのところ。連載時とは、まったく変わったと思います。連載当初は、もっと母と娘の葛藤とか屈託とか分かりやすい二字熟語もありましたし、さらに改稿のときも迷ったんです。私は使ったことがないけれど、流行りの言葉で言えば、毒親・毒母、そういう方向で行くのはどうでしょうという提案もあって――。

でも、それを際立たせたら、なんか違うんじゃないかなと。何より私は、この人を嫌な女にしたくなかった。誰にでもちゃんと事情があって、娘が小説を書くようにならなければ掘り下げられなかった彼女の過去が分かっていく。それで何か嫌なものが出てくる人じゃないよなと思ったんですね。掘り下げれば掘り下げるほど、だんだんこの人が美しくなっていく。この人の生き方が美しくなっていく。柊ミオが、自分の思った通りに生きて、女3人揃って、ようやく親が死んでも泣かない女を一人生むことができたと。その方向性が自分の中で固まっていった。そこを書いて、今年の年明け、担当さんに改稿1本目を出すときは勇気がいりました。

もしこれが通らなかったら、この本、年内に出してもらうのは難しいんじゃないかなと。でも『ああ、こっちの方向だったんですね』という返事をもらえて、ありがたかったです。母と娘のどろどろした関係じゃなくて、最初からそんなの無かった親子関係の話。少し大人しい話になるけれど、桜木の場合はこれでいいんだなって。じつは〈肯定〉なんて大きな話じゃなくて、〈認める〉というのでもなくて、自分がここにいるのはこの人のお蔭だと言語化しないで分かってもらえる話になっていればいい。そういう方向性にできたのは、担当さんが了解してくれたから。でも、そう変えなければ、一冊にはならなかった話だとも思います。1回目でガラっと変えて、2回目のとき、ミオの造型に一貫性を持たせるために、ずれてるところをならしていく。それは私にとっては、とても勉強になる作業でした」

そして、連載時とはまったく違う母ミオの物語が生まれた。しっかりきっちり自分の落とし前をつけて生きた女。娘たちにちゃんと女の生き方を教えて逝った、一人の女性の美しい生きざまの物語に。〈あたしはずっと、何度もお母さんになって、ママって呼ばれ続けるんだ〉 娘と二人、金色の砂を探して砂丘を歩きながら豪快に笑い飛ばす。その台詞も、景色も、ほんとうに美しい――。

砂丘の景色に託したのは作家としてのひそかな覚悟

「一つ、大事にしなきゃいけない景色として、今回は最初から砂丘がありました。三人称なので会話に人間関係を拾わせていくんだけれど、この中で、女性編集者の小川乙三が令央に言うように、景色と一緒に人の心も動く。その人がどこにいるかの芯=景色が必要で。だから、北海道以外の土地を書くときはちょっと緊張するんですけれど、できるかぎり家から出たくない私としては珍しく(笑)、静岡の中田島砂丘まで取材に行きました。原稿を書いた後は、気持ちも目玉もからっからなので、そこを湿らせて、またかたちにしていく。原稿も水を含むとかたちになる、でも乾くと指から滑り落ちてしまう。そこを砂丘が上手く表現してくれたらいいなあと。あ、ダメだ、なんかカッコイイふうなこと言って誤魔化しちゃダメですよね――。ただ、そういうふうに、今回は、砂の上に絵を描いていたようなイメージはずっとありました」

カッコイイふうな言葉で誤魔化してはいけない――。インタビューに応える言葉もまた、『砂上』の令央に、乙三に、重なる。

〈砂は令央の手でさまざまなものへと姿を変える。固めることの出来る水と腕を持たなければ、いつまでもかたちにならず、この手からこぼれてゆく〉

物語の終わり、編集者の乙三と打ち合わせをしつつ、令央が自らに刻みつける思い。それもまた、桜木さん自身が自らに刻みつけてきた言葉なのかもと思う。さらには、乙三が令央に向けて放つ、こんな言葉も。〈書き手が傷つきもしない物語が読まれたためしはありません〉

「今回初めて言語化できたのですが、乙三のその言葉は、デビュー前から、私が自分に言い聞かせてきたことでもあります。読者は現実の予習復習として、誰かの傷が読みたいはずだ。だから私もいつも、少なからず傷つきながら書いている――。そして、10年経っても迷っているし、つねに自分が書くものに自信がない。それは、令央とも、これから小説を書き始める人とも何ら変わらない気持ちです。だから、この『砂上』には、もし小説を書きたいという人がいたら、一緒に書いていきましょうよ、一緒に勉強していきましょうよ、という思いもあります。でも、それにしたって、令央は恵まれてる。乙三のような編集者がいたら誰でも1本は小説が書けるんです。そのくらい彼女は小説に対する愛情のあるひと。そして、そんな乙三の言葉の中には、私がこれまで編集者から集めた語録もかなり入っています。『砂上』のような場面で言われたわけではないけれど、いい言葉としてストックされてたもの、それを今回のキャラクターがちゃんと背負って、物語のために出してくれた。それはとても嬉しいことの一つ。小川乙三に『あなたのもってる楽器、いい音は出るのに一曲も弾けないようだったら困りますよね』って凄まれたら、私だったら震え上がりますね(笑)」

取材・文:藤原理加 写真:川口宗道