『サザエさん』がお手本、 こだわりが生んだ傑作『ヘンテコノミクス』制作秘話【インタビュー】

アニメ・マンガ

2018/3/10

『ヘンテコノミクス』(佐藤雅彦、菅 俊一:著、高橋 秀明:画/マガジンハウス)

 人間はときに不合理な選択をしてしまうことがある。2017年にノーベル経済学賞を受賞した学者の研究分野として話題の学問「行動経済学」の理論を学べる『ヘンテコノミクス』(佐藤雅彦、菅 俊一:著、高橋 秀明:画/マガジンハウス)は、そういった人間の不合理をマンガでわかりやすく表現し、大きな注目を集めている。

 昨年11月の発売以来、Amazonランキング上位の常連。重版を重ね9万部を突破した。本書は、かつてNEC「バザールでござーる」や湖池屋「ドンタコス」などの超メジャーなCMも手掛けた東京芸術大学大学院映像研究科教授の佐藤雅彦氏と、開催時に話題となった21_21 DESIGN SIGHT「アスリート展」の展示ディレクター・菅俊一氏、マンガを描くのは初となるアートディレクターの高橋秀明氏の3人によって、生み出された。

 ダ・ヴィンチニュースは、『BRUTUS』副編集長の矢作雄介さんと、書籍を担当した書籍編集部の瀬谷由美子さんに、『BRUTUS』連載時から書籍化に至るまでの“ヘンテコノミクス制作秘話”を伺った。

■『サザエさん』を目指して奮闘した連載、そして単行本化

――『ヘンテコノミクス』大好評ですね。ここまで反響が大きくなった理由はどこにあったと思いますか。

瀬谷由美子さん(以下、瀬谷):理由は本当にシンプルなんですけど、「面白い」に尽きると思います。原作者の佐藤さん、菅さん、高橋さんのお三方が、「行動経済学」というテーマそのものを本当に楽しんで、リサーチを重ね、マンガに落とし込んだ結果、誰が読んでも納得する説得力と、面白さに繋がったのだと思います。読者の方から「子どもと一緒にハマりました」とか、「経済学って難解と思っていたけど身近に感じた」と言っていただけて、大人から子どもまで間違いなく楽しめるものができたかなと。あとがきにも書いてあるように、佐藤さん、菅さん、高橋さんの目指す『サザエさん』に近づけられるようにという思いがありました。

――『BRUTUS』での1年間の連載を経ての書籍化でしたが、もともと『BRUTUS』の読者層を意識しての構想だったのでしょうか。

矢作雄介さん(以下、矢作):最初は佐藤さんから「こういうものを作りたい」というお話をいただいたのですが、われわれの媒体を選んでくださったということは、おそらく大人が楽しめる企画にという認識があったのではないかと思います。そのなかでどれだけ幅広い層に対して、分かりやすく表現を作りこんでいくか…連載期間はその試行錯誤の連続でした。

――連載当時から、相当、反響があったんじゃないですか。

矢作:いや…それが23回あった連載期間中は、知人に会ったときにコソッと読んでるよーと声をかけてもらうぐらいで。今がすごく売れているとすると、連載中は台風の目の中にいるような印象でした。無風状態といいますか、黙々と作っていたという印象が強いんです。

――それは意外ですね。その後、2017年のノーベル経済学賞が“行動経済学”で著名なセイラー教授に授与されて。

瀬谷:当時は、まさか行動経済学がノーベル賞をとるとは思っていませんでした。連載が終わって、書籍の発売日が見えたタイミングの発表だったので、私としては“来たー”という感じでした。

矢作:僕が担当していた当時は、まだ「行動経済学」という言葉自体が一般的ではなかったし、このテーマを扱うのはかなり早かったのかもしれませんね。

■3人ともマンガ未経験者だった

――ノーベル賞受賞が『ヘンテコノミクス』の追い風ともなったわけですね。そもそも、なぜ行動経済学で、“マンガ”だったのでしょうか。

矢作:作者の佐藤さん、菅さんのなかで行動経済学を新しい表現方法で、となったときに、マンガという表現がうまく合わさったのではないでしょうか。アートディレクターの高橋さんを始め、誰もマンガを描いたことも作ったこともないなかで、まずはマンガのつくり方を考えるところからスタートするような状態でした。

――高橋さんが今までマンガを描かれたことがないって信じられません。

瀬谷:ほんとに描けちゃうのがすごいですよね。実は私、高橋さんに聞いてみたんです、本当は学生時代に描いてたんじゃないですかって(笑)。

■一コマ一コマ、検証と修正のくりかえし

――誰もマンガを制作したことがなかったというのがまた、すごいですよね。でもマンガだからこそ、読みやすかったです。

瀬谷:キャラクター一人一人に味がありますよね。実は一コマ一コマすごく練られているんです。この完成形に至るまで何度もラフを修正して、試作が上がって、完成してもまだ、もっと面白い方法があるんじゃないかと。

矢作:佐藤さん達は、相当、研究されていましたね。マンガだけど、毎回行動経済学のこのテーマを伝えるという課題のようなものがあって、1テーマを4ページで伝えきるというのは、キャラクターとストーリーとの兼ね合いもあって、本当に大変な作業でした。

瀬谷:連載が終わってからの道のりがまた、大変でしたよね。単行本化にあたって改訂につぐ改訂で。コマの隅々までチェックして、もっと文字を大きくしたほうがいいんじゃないか、ここの台詞を逆にしたらどうだろう…とか。

矢作:だから最初の制作で立ち会ったとき、びっくりしませんでした? 僕らが想像するレベルがコレぐらい…というのがあったとしたら、佐藤さん達の求めるレベル、時間のかけ方は別次元だなと。大げさじゃなく、一コマ一コマのをこと細かく検証し、修正していくような作業です。それでどう印象が変わったか、読む目線によってどう感じるかっていうのを、また話し合う。

――今時そこまで妥協ゼロっていうのも、なかなかないような…。

瀬谷:でも、それだけみんな愛情を持って、作品に向き合っていました。佐藤さんが、楽しそうにラフを描かれて、これどう? と提案されたものをもとに話し合って。毎週、合宿みたいで楽しい現場でした。

――それだけ愛着があると難しいとは思いますが、なかでもお気に入りの回はありますか?

瀬谷:えー、選べない!(笑) どれも面白さが違うので、その質問だけは回答できないです!

矢作:難しいですね。大変だった回なら、いっぱいあるんですけど(笑)。

瀬谷:読者にアンケートを取りたいくらいです。でも1話目からヘンテコノミクスの世界に入っていただけると、読み進める楽しさが味わえると思います。私はマンガとマンガの間にある、コマ漫画やコラムの部分も気に入っています。作っているときは踊り場と呼んでいたんですけど、各話の息抜きとして余韻を味わってほしいなと。佐藤さんたちも、この踊り場の“中村平八”や“文豪たぬき”をいたく気に入っているんですよ。

息抜きにもなりつつ、より理解を深めてくれるのがいい

――このお三方で、ぜひまた続編をやってもらいたいですね。最後に、これから『ヘンテコノミクス』を手に取る読者に向けて、メッセージをください。

瀬谷:たくさんの驚きや発見が詰まった本だと思うので、先入観抜きに、心を「無」にして読んでほしいですね。読者の方からの感想で、「この本を買うことが行動経済学だった」というものが何通もあったのですが、読み終えた時にそれを実感していただけたら、本当に嬉しいです。

取材・文=片岡あけの