不安こそが“没頭”を生む! 「“夢をもって生きよう”にイラッとする人に読んでほしい」吉田尚記アナインタビュー

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更新日:2018/3/23

 今年2月、新刊『没頭力「なんかつまらない」を解決する技術』(太田出版)を上梓したニッポン放送アナウンサーの吉田尚記さん。本書で「人生の究極の目標は“上機嫌”でいること」と言い切った吉田さんは、“没頭”こそがその目標を実現するとして、具体的かつ実践的なメソッドを展開していく。倒すべきラスボスは「なんかつまらない」という漠然としながらも、すべての気力を削いでいく不安な感情。そんな不安に立ち向かうための“没頭力”とはどんなものなのか。ダ・ヴィンチニュース読者に向けて語ってもらった。

■学生時代に感じた生きづらさが原点

――「はじめに」で、本書は吉田さんにとって「本当に書きたい切実な問題」だったと書かれています。その切実さはどこから来ているものなのか、改めて教えてください。

吉田尚記さん(以下、吉田):この本の原点になっているのは大学4年生のときの僕自身の体験なんです。僕はとりあえず世間でやったほうがいいとされていることはきちんとやるタイプ。結構、真面目な学生だったんですよ。ちゃんと授業に出て勉強をして、大学3年生の段階で卒業に必要な単位は取り終えていたし、ニッポン放送に就職も決まっていました。それで大学4年の1年間は週に1度ゼミに出て卒論さえ書けば、あとは何をしてもいいという自由を手にしたんです。

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 ところが、そこで僕は「この1年を何か有効なことに使わなくてはいけない」という思いにとらわれてしまった。そうすると、いったい何をしたらいいのかまったくわからなくなってしまったんです。それこそ仲間を集めて自主映画を撮ってもいいし、ひとりで半年かけて世界一周旅行に出てもいい。何だって自由にできるはずなのに全然何もやる気がしないし、何をやっても身が入らない。この状況がとても辛かったんです。はたから見れば恵まれている状況ともいえるから誰にも理解してもらえないこともわかっていて、「なんかつまらない」という気持ちをひとりで抱え、めちゃめちゃ鬱々としていたんですね。

 今でこそ僕は人から「楽しそう」とよく言われるぐらい毎日楽しく過ごせていますが、当時の辛さが原体験として強烈にあるんです。そして、その頃の僕と同じように“とりあえずきちんとしている”のに「なんかつまらない」と感じて息苦しさを感じている人ってすごく多い気がします。それは大学4年生の僕が感じていたものと根っこが同じ。だからみんなにも人生のどこかで挽回してほしい――それが僕にとって切実な問題だったんです。そこで僕は自分の何が変わったんだろうと考え始め、同時に「この人は“答え”を知っている気がする」という人たちに会いに行ってお話を聞かせてもらいました。この本はその“答え”をまとめたものなんです。

――そこで吉田さんが導き出したのが“没頭”というキーワードだったんですね。

吉田:何かに夢中になって没頭しているときは「なんかつまらない」という感情を忘れてますよね。そこで「没頭」ってどういうことなのか調べていくうちに、マーティン・セリグマンというアメリカの心理学者が、人間が幸福を感じる3つの要素として「快楽」「意味」のほかに「没頭」を挙げているのを知りました。没頭が幸せの要素のひとつだと知ったときに「これだ!」と思って。大学4年のときと違って今の僕が毎日楽しいのは、何かに夢中になって没頭している時間が多いからだとわかったんです。

――その“没頭”という状態を自分でコントロールしようという発想が新しくて面白いと感じました。

吉田:ミハイ・チクセントミハイという心理学者が“フロー”という概念を研究しているのですが、僕のいう“没頭”はこの“フロー”のことなんです。チクセントミハイによると、フローとはひとつのことに時間を忘れるほど集中して行動をコントロールし、世界と一体化していると感じるような状態。スポーツ選手が「ゾーンに入る」というのも同じですね。予防医学研究者の石川善樹さんに聞いたお話だと、このフローに入るための研究が進んでいて、今では多くのプロアスリートがハイパフォーマンスを獲得するために意識的にばんばんフローに入れるようになっているんだそうです。それってすごくないですか? じゃあ、その方法をアスリートじゃなくて僕たちのような一般の人にもわかりやすく整理して、誰にでも再現できるようにメソッド化してみようと思ったんです。

――ありがちな精神論ではなくということですね。

吉田:もともと「夢をもって生きよう」みたいな精神論、すごく嫌いなんですよ。何の解決にもならないですよね。そういう精神論的な物言いにイラッとする人にぜひ読んでほしいですね(笑)。

■“没頭”する対象ではなく、“没頭”そのものに価値がある

――ただ、「そもそも没頭できるものが見つからない」という人も結構多そうです。

吉田:何か物事に没頭できない理由って、例えば「作業がつまらない」とか「やる意味がわからない」とか「お金にならない」とか、いろいろとあると思うんですけど、実はこういうのは没頭モードに入る妨げにならないんですよ。

 花輪和一さんのマンガで映画化もされた『刑務所の中』という作品があります。花輪さんが実際に刑務所に入ったときのことを基にした物語で、その中に主人公が懲罰房で封筒貼りをするシーンが出てくるんです。それってはたから見たらものすごくつまらなくて、やる意味も見いだせなそうな作業ですよね。もちろん、懲罰ですからお金が稼げるわけでもありません。でも、そこで主人公は自分で「今日は新記録を目指そう」と決めて一生懸命に作業をして、それがとても楽しそうに描かれています。これが没頭なんですよ。

 チクセントミハイはフロー状態(=没頭)を構成する8つの要素を挙げています。そのうちの3つが「没頭するための条件」になっていて、それを僕なりに解釈して簡単に説明すると(1)「自分なりのルールを決める」、(2)「結果が得られるまでのスパンを短くする」、(3)「自分のスキルよりちょっとだけ難しいことに挑戦する」ということなんです。この3つが満たされていれば人は没頭モードに入りやすい。そこで実際に「何をしているか」という内容は関係ないんですね。『刑務所の中』の封筒貼りは、主人公はこれまでの記録を塗り替えるという自分なりの目標を立てることで(1)と(2)の条件を満たしていますし、封筒貼りは(3)の条件にも当てはまっていて、まさに没頭を生みやすい状況になっています。

――どんなことであっても没頭の対象になり得るということですね。

吉田:そうです。そして、僕は没頭することでパフォーマンスや効率を上げるという成果ではなく、没頭という状態そのものに価値があると思っているんです。刑務所で封筒貼りに没頭していても誰も褒めてくれないかもしれませんが、その瞬間だけを取り出せば、「なんか辛いなぁ」と思いながらいやいや練習をしているオリンピック選手よりも、ひょっとしたら充実した楽しさを感じているかもしれないじゃないですか。対象が何であってもいいので、没頭というモードを手にすることで人生がうまく回っていけば、それでいいと思うんです。没頭の時間を増やすことで人生から「なんかつまらない」をなくして、「意味」や「快楽」にとらわれることもなくなる。

 あるゲームマニアはめちゃめちゃ仕事ができて社交性もあるちゃんとした大人なんですが、ゲームのために大きな家に住んでモニターを8つも設置して、毎日仕事を超スピードでさっさと切り上げた後は複数のゲームを同時進行でプレイしています。とにかく毎日ゲームにものすごい没頭している。この話をすると笑う人もいるんですが、何の問題もないというか、むしろ理想的な生き方だと思うんです。

――本書に“僕は「好きなことばかりして生きていけると思うな」という台詞には、「好きなことばかりしないで、生きているつもりなのか」と返したい”という言葉がありましたが、まさにそれを実践しているような生き方ですね。

吉田:この本のサブテキストとして「常識ってなに?」というテーマがあるんです。「お母さんに勉強しなさいといわれて、逆に勉強をやる気がなくなった」という経験がある人はきっと多いですよね。これ、なんでなんだろうとずっと気になっていたんですが、この問題について放送作家の倉本美津留さんは、「ここでいうお母さんとは、常識のことである」とおっしゃったんですね。つまり、常識や世間的に正しいとされているからという理由で何かをやろうとしても、モチベーションは上がらない。もちろん、それは没頭にもつながりません。逆に常識から外れていて周りから「は?」といわれるようなものでも、自分にとって揺るぎない目標を持つことが大事だし、それが没頭につながれば勝ちなんです。倉本さんはミュージシャンとしても活動していて、「ビートルズを超える」というものすごいことを本気で目標にされているんですが、それって常識とか世間の当たり前からは出てこないものですよね。

■“不安”に勝つのは“没頭”しかない

――本書はツイキャスやニコニコ生放送で吉田さんが実際にお話ししたことと当時の視聴者のコメントで構成されていて、吉田さんの没頭モードが再現されているようなライブ感がありました。

吉田:やっぱりラジオアナウンサーなのでひとりでモノを書いているときよりも多くの人に向かって喋っているときのほうが没頭モードに入りやすいんですよ。実際にやってみて、視聴者の皆さんのコメントのレベルが本当に高いことにもずいぶん助けられました。「俺よりいいこと言ってるな」と思うことが何度もあったぐらいです(笑)。ゆるいことを言ったらすぐに突っ込まれますから緊張感もありますし、視聴者のコメントが新しい発見につながったこともいっぱいあります。そういう意味でもリアルタイムで数多くの編集者がついてくれているような感覚はあって、やっぱりひとりで何か考えるよりもみんな一緒に考えて練っていったほうが良いものができるという実感はありましたね。

――吉田さんはアナウンサーという枠にとらわれずにさまざまな形で活動の場を広げていますが、やはり“没頭力”がそういった活躍の源になっているのでしょうか。

吉田:この本を作る前までは没頭というキーワードにはたどり着いていませんでしたが、もともと「面白そう」と感じたものはどんなものでもやるというスタンスなんです。それで、いざ何か新しいことや難しそうなことを始めようとすると不安や緊張があるんですが、実はそれが没頭を生み出す最初のステップなんです。

 この本の核心部分のひとつなんですが、没頭に入るためには「(1)不安→(2)開き直り→(3)没頭」という3段階の流れが必要になっています。最初の「(1)不安」のステップで交感神経が働き、そこから「やるしかない」という「(2)開き直り」でリラックスして副交感神経を働かせることで、交感神経と副交感神経の両方のスイッチが入っている「(3)没頭」が生まれるんですね。

 人は不安を感じると安穏に逃れようとしがちですが、結局それでは不安はなくならないんですよ。不安から逃れるのではなく、没頭に転換していくことで不安に勝つ。『没頭力』はその提案をする本なんです。不安が没頭のきっかけであることがわかれば、不安に呑み込まれることはありません。学生時代の僕のように不安を感じて生きている人に「この不安は没頭の入り口なんだ」と知ってほしいですね。

取材・文=橋富政彦 撮影=海山基明