警察とヤクザはズブズブ? 元捜査一課課長×元麻薬取締官×犯罪ジャーナリスト座談会!

文芸・カルチャー

2018/6/8

 ニューヨーク市警の中で、麻薬や銃による犯罪を取り締まるエリート特捜部、通称「ダ・フォース」。そのトップに君臨する刑事デニー・マローンは、市民のヒーローであり、街を統べる刑事の王だった。しかし、ドミニカ人麻薬組織の手入れの際に取ったある行動を機に、転落の一途をたどりはじめる──。

 緻密な取材に基づき、フィクションでありながら圧倒的なリアリティで“堕ちた刑事”を描いたドン・ウィンズロウの『ダ・フォース』が発売された。スティーブン・キングが「警察版ゴッドファーザー」と激賞し、リドリー・スコット製作による映画化も決定した同作を“犯罪のプロ”はどう読み解くのか。元捜査一課課長、元麻薬取締官、犯罪ジャーナリストによる「実録アンダーグラウンド座談会」で、麻薬捜査、警察汚職の裏側に迫る!

『ダ・フォース』(上・下)(ドン・ウィンズロウ:著 田口俊樹:訳 ハーパーコリンズ・ジャパン)

左から
元千葉県警察 刑事課長(警部)・刑事部捜査第一課特殊班長 田野重徳さん
元厚生労働省麻薬取締官 高濱良次さん
ジャーナリスト・銃器評論家・作家・プロデューサー 津田哲也さん

銃器や麻薬の摘発に、情報提供者は不可欠

──まずは『ダ・フォース』で印象に残ったシーンをお聞かせください。

田野:マローンが連邦捜査官のオデルに声をかけられたシーンが印象的でした。マローンが天から地に堕ちる、まさにその瞬間ですね。その心境が如実に表現され、彼が目の前で職質されているような臨場感がありました。

高濱:マローンの仕事には、納得のいく部分と「これはダメだろう」という部分がありました。清濁併せ呑む行動が印象深かったですね。

津田:私が印象に残っているのは、主要な登場人物ではなくナスティ・アスという情報屋です。日本の捜査現場でも、「エス」という隠語で情報提供者が運用されています。エスには大物から小物までいますが、末端の情報提供者がナスティ・アスと重なるんです。彼らは、自分の犯罪を見逃してもらうため、もしくは5000円程度の小遣いをもらうために情報を提供するろくでもないヤツらです。マローンも最初はナスティ・アスを軽蔑していますが、ある出来事を機にマローンに残っていた正義感が目を覚まします。そのきっかけを作った人物として、印象に残りました。

──日本の場合、エスはどのように運用されているのでしょう。

津田:銃器、薬物、組織犯罪の現場で運用されることが多いですよね。

高濱:私もエスを使って情報を入手していました。どれほど優秀な捜査官でも、情報提供者がいなければ我々の仕事は成り立たないんです。

──情報料は5000円程度なんですね。

津田:捜査費として精算できるのが、それぐらいの額だったんです。一時は、裏金の温床にもなっていました。架空の領収書を切らせて、集めた金を警察幹部のお小遣いにしていたんですね。

田野:確かに昔はそういった一面もありました。近年は警察バッシングも受け、エスの運用も組織化されています。謝礼に関しても、情報の質や重要度によって署長決済で「これは1万円ぐらいだろう」「これは2万円だろう」と金額を上げるようになりました。エスと会う時も、事前と事後に署長に報告しています。ミイラ取りがミイラにならないための施策ですね。

高濱:警察も財政がひっ迫していますから、私が現役の頃は自分の月給からやりくりしてエスを運用していました。酒の好きなエスなら酒を飲ませて、飲まないエスには小遣いをあげて。エスを数人抱えていると、10万円ぐらいかかる計算になってしまいます。でも、そうしなければ協力してくれませんから。

津田:しかも、どんな小物だって5000円ぽっちじゃ満足しないでしょう?

高濱:今日び5000円じゃねぇ。昭和50年代なら3000円や5000円で喜ばれましたが、今の時代5000円じゃ「ありがとう」とも言いません。1万円以上やらないとね。

津田:お金だけでなく、犯罪をお目こぼししてもらうというメリットもありますよね。

高濱:協力者になるにもいろんな理由があるんですよ。金が欲しい、捜査官を信頼してその人のために協力する、敵対関係の売人を潰すなどさまざまです。それを見抜くのが難しい。エスの中には今でも薬物事案に関わっている人間、現役のヤクザと付き合いのある人間もいます。一歩運用を間違えると、我々が逮捕される側になってしまいますから。

暗闇の中で組長が発砲! 立てこもり事件で味わった極限の恐怖

──情報提供者をはじめ、裏社会の人々と接触するうちに染まっていくこともあるのでしょうか。

津田:組織犯罪対策部や捜査4課のように、ヤクザ者を扱う課は同類じゃないと仕事にならないんですよ。ガラが悪くて危ない刑事ほど仕事ができる。諸刃の剣みたいなところがあるんです。高濱さんのいた麻薬取締部は高学歴のエリートですし、そこまで努力したのでなかなか悪事に手を染めません。しかし薬物や銃器に関わる警察官は、そもそも素行の良くないタイプ。朝まで飲んでそのまま出勤し、遅刻も当たり前という人たちなんですね。大阪府警なんて、ヤクザ以上にヤクザみたいですから(笑)。

──それでも、仕事に関しては優秀なのでしょうか。

津田:そういう警察官のほうが、ヤクザ者と打ち解けるでしょう? 銃器の捜査なんて、摘発数を上げるためにヤクザと取引することもあります。彼らと友達にならなければ、そんな関係は築けません。それで成績が上がればヒーローになり、自分でもそのやり方が正しいと思い込んでしまうんです。正義と悪がごっちゃになってしまい、「非合法でもなんでもやってしまえ」となるわけです。

高濱:我々も、若い頃はヤクザに近づこうとしましたね。私は大阪の西成という、組事務所が30近くあるエリアを担当していました。ああいうところで捜索すると、生ぬるい態度ではナメられるんです。私も若い頃には、相当厳しく取り調べしました。そいつらが拘置所、刑務所に送られた時、「誰にやられたんだ?」となり、「麻取(麻薬取締部)のアイツにやられた。えげつない男だよ」と話が伝わります。そうやって恐怖感を植え付けないと、我々の身の安全を保てないんです。『ダ・フォース』でも、マローンが新入りの刑事に「あいつを殴ってこい」と被疑者を殴らせる場面がありましたよね。その気持ちはわかります。我々は暴力こそ振るいませんでしたが、極道を苛め抜いてきました。だから街なかで会っても対等に話ができるんです。そうじゃなければ、こっちがやられますから。この恐怖感は、一般の方にはわからないでしょうね。

──『ダ・フォース』でも、執筆中に殉職した168人の警察官への献辞がありました。日本では殉職する方はほぼいませんが、それでも命の危険を感じることも多いと思います。

田野:私の場合、ヤクザ組長のアパート立てこもり事件で危険な思いをしました。人質はいなかったのですが、地元署の警察官がドア越しに2発ほど撃たれて負傷したとのこと。私は機動捜査隊として応援派遣を受け、ベランダの配置につきましたが、やがて真っ暗になって周囲の様子もわからなくなったんです。そんな中、ほかの捜査官から「ベランダのほうに行ったぞ!」という声が上がり、一瞬頭が白くなりました。そのうちベランダのほうに誰かが来たような感じがして、どこに向けて撃ったのか1発パンという銃声が聞こえて。結局は組長が自分自身を撃ったのですが、そんなことはわかりません。拳銃がどこを向いているのかわからない状況で、あんなものに向かっていく人間はどうかしていると思いましたね。毎年訓練をしていましたが、ああいう現場では前に出られません。銃口がまっすぐ前を向いているのか、下を向いているのか、撃鉄が起きているのか、何もわからない。そんな場面で自分の命を懸けられる人間は、日本人には絶対いないと思いました。その時間が5分だったのか1時間だったのか、恐怖のあまり覚えていません。ちなみに、その日は私の34歳の誕生日(笑)。35年間の警察人生で、最も怖かった現場でしたね。

高濱:私も40代の頃に、拳銃を所持した武闘派暴力団の幹部が麻薬を密売しているという情報を得て、摘発に向かったことがあります。1月4日でしたが、街なかの家族連れを見ながら「帰ってくる時は棺桶に入っているかもな」と侘しい気持ちで現場に向かいましたね。拳銃がある現場では、いつ撃たれるかわからないという恐怖感があります。捜査官もみんな神経がピリピリしているので、扉が開いた瞬間に隙を見せずに被疑者に飛びかかりました。拳銃を取られたら、誰かがやられます。ですから映像を見るように瞬間的に相手を見分け、本犯を取り押さえるわけです。何十回となく拳銃を持ち、防弾チョッキを着けて現場に行きましたが、やはり自分からは拳銃を撃てません。日本とこの本に書かれたアメリカでは社会構造が全く違いますが、人間である以上、拳銃に対する恐怖感は共通すると思います。

警察官が堕ちるきっかけは“色”と“金”

──みなさんの身近に、汚職によって転落した方はいましたか?

津田:有名なところでは、北海道警に拳銃の摘発数を上げるために覚せい剤の密売に手を染めた警察官がいましたよね。私の著作のモデルになった、大阪府警の銃器対策課の方も覚せい剤使用で捕まっています。でも、彼らも根っから悪いわけではありません。マローンと同じように、警察官を志した時は正義感にあふれていたはずです。でも、崩れやすい人がそういった部署に回され、染まってしまう。今はありませんが、銃器対策課の中にあった情報というセクションでは身分を隠して潜入捜査も行なっていました。そうなると、ヤクザに対して同じ立場で接しないといけません。目の前に覚せい剤を出されたら、自分も打たないと信用されない。極端な話、入れ墨まで入れなければならないというところまで行ったそうです。本人の自己弁護化もしれませんが、それが道を踏み外す原因だと話していました。

高濱:確かに、優秀な捜査官ほど手柄を立てるために手段をいとわない面はあります。そこから汚職に発展するケースもあるでしょうね。

津田:ヤクザや犯罪者と親しくなっても、警察側がコントロールしているうちはいいんです。でも、相手が優位になると、ヤクザに雇われて犬にされてしまうこともあります。実際、誘惑も多いようですしね。

高濱:捜査官にも家庭がありますから、マンションを買った、子供の教育資金が必要だとなれば金が不足します。そのうえで、仲間や情報提供者との付き合いもあります。場合によっては、買収される可能性もあるでしょう。暴力団と警察官の間には、やはり汚職の構図はあります。現場の人間は、いわば刑務所の塀の上を歩いているようなもの。一歩間違えると塀の中に転がり落ちてしまうんです。自分がだんだん泥にまみれていくような、現場の苦悩はよくわかります。ただ、クリーンにしようとするあまり、有能な人間を地方に飛ばしてしまうと今度は極道から情報を取れません。組織力が落ちてしまうんです。けして汚職を認めるわけではありませんが、クリーンにしすぎると場合によっては治安が悪化する可能性もあると思います。

──必要悪なんですね。

津田:ヤクザ者と接触しても、上層部に管理されていれば問題ありません。ただ、非行に走る警察官は単独行動が多いんです。

高濱:優秀で「自分はなんでもできる、上司も認めている」と思うとひとりでコソコソし始めます。そこで金を受け取ったり、女を抱かされたりしてしまうんです。

津田:堕ちるきっかけは色と金ですよね。

高濱:マローンも、警察官になったばかりの頃は正義感に燃えていたんです。コーヒーの1杯もごちそうになってはいけないと思っていました。それがコーヒーどころかヘロインは奪うわ金は持っていくわ。いつしか初心を失い、周りの環境に染まっていきました。

津田:『ダ・フォース』はニューヨーク市警が舞台ですが、日本に通じる部分もあります。アメリカは世界一の銃社会ですが、ニューヨークはアメリカの中でも銃規制が厳しく、作中でも規制の緩い州から密輸されるシチュエーションがあります。日本と同じような舞台設定であり、捜査のやり方、考え方は共通した部分があります。海外の小説だから現実味がないというわけではない。警察の知識があれば、日本人でも面白く読めると思います。

田野:現場の捜査官は、誰しも正義を抱いて仕事にあたっています。ただ正義感が強いほど、正義の限界や矛盾に直面し、大きなストレスを感じるんです。私も現役時代、同僚を逮捕したことがありますが、なんとも言えない気持ちでした。それまで普通に暮らしていた人間がいきなり留置所に入るわけです。まさに人生の節目ですよね。仕事柄、捕まる側と捕まえる側、双方の気持ちに察しがつきますが、そんな私からしても心理描写が巧みに感じられました。

高濱:「初心忘るべからず」というけれど、警察官になった当初の純粋な気持ちを維持するのは難しい。「コーヒー1杯ぐらいならごちそうになってもいいか」と考えるか、「たとえコーヒー1杯でもダメだよな」と反省するか。現職の警察官にも、この本を読んで自分自身に問い直してほしいですね。

 綿密に取材を重ね、犯罪現場、捜査の裏側をつぶさに描くドン・ウィンズロウ。そのリアリティは警察組織で働く人間、犯罪に手を染める人間の心の機微にも宿り、彼らの葛藤、苦悩、焦燥をありありと浮かび上がらせている。だからこそ、犯罪を熟知したプロの心をも捉えて離さないのだろう。堕ちた刑事マローンの人生を、その最後の決断を、ぜひとも見届けてほしい。

取材・文=野本由起 写真:川口宗道