神フレーズはいかにして生まれた? 『残酷な天使のテーゼ』ほか、手掛けた楽曲1000以上。最後の職業作詞家・及川眠子インタビュー

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更新日:2018/8/17

『ネコの手も貸したい 及川眠子流作詞術』(及川眠子/リットーミュージック)

 ここまで作詞の神テクを大盤振る舞いしていいのか!? と話題騒然の『ネコの手も貸したい 及川眠子流作詞術』(リットーミュージック)。手掛けた楽曲数は1000曲以上、日本レコード大賞を受賞したWinkの「淋しい熱帯魚」、「新世紀エヴァンゲリオン」の主題歌「残酷な天使のテーゼ」、やしきたかじんの「東京」など、ジャンルを超えてヒットを連発してきた及川眠子先生。ポンキッキの体操ソングから大地真央のミュージカルソングまで、守備範囲の広さと言うか、守備範囲というタームが通用しない変幻自在の作詞ぶりは、まさに“最後の職業作詞家”の呼び名に相応しい。そんな及川眠子先生が、作詞家を目指す次世代に向け、30年以上のキャリアで培った基礎テク、上級テクを指南すべく出した教則本『ネコの手も貸したい』には、まさに神フレーズが満載だ。そんな神フレーズの数々の謎に迫るべく、一問一答式でコメントして頂きました!

Q1「わたしはよく人から“最後の職業作詞家”というふうに言われる」と言っていますね。

「今は、色んなジャンルの物を書けるって言う作詞家があんまり出て来づらくなったからね。私はド演歌以外のジャンルはほぼやっているかな。ジャンルを問わず、どんな状況でも80点以上を叩き出すのが職業作詞家です。だって職人だもん。例えば、うどん屋の例えで言うと、今日はちょっと何かこう寒いからつゆの温度を1度上げようとか(笑)。それができたほうが作詞家としてやりやすいし、苦労しない」

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Q2作詞家の職人性について教えてもらえますか。

「詞を自分の思い先行だったり、字面で見て歌わないで書いてはダメ。音を聴いて何やってるかと言えば、音の数をカウントしているだけだったりね。6・4・5で嵌めるんだなとか。譜面に6・4・5とか書いて。今シンセで弾いてるから、ラララで歌ってないから。譜面見て聞きながら、ここ6音、ここ4音…ってそれに嵌めて行く。で、それだと歌えないよ。声にした時に、どういう風に相手に届くかって言うことを考えないと。また歌手一人一人の癖があって、例えば、本には書かなかったんだけど、コリアンの子って、“ざじずぜぞ”や“つ”とかがダメなのよ。だからなるべく“ざじずぜぞ”を持って行かないとか、“つ”とかが“せちゅない”になってしまう。“メルセデス・ベンチュ”になるの。でも“せつない”を別の言葉に置き換えることはできるわけじゃない。だから歌手の癖だったりとかを全部考慮というか配慮しながらやって行かないと。いい詞なんてないから。いい歌があるだけだから、そこにたどり着けないと思っている。でもみんないい詞を書きたいのよ。いい詞だと評価されたいの。でもいい詞だと評価されても歌としてダメだったらダメなの」

Q3「良い詞なんてものはない。良い歌があるだけだ」とは、何度も言われていますね。

「歌の詞っていうのは、詞だけで成り立つものではない。やっぱり歌が基本になる。だから100点の詞を書くのは簡単だけど、100点の歌にするのは難しい。私の詞は雑だと言われるんですよ。Winkの『淋しい熱帯魚』にしても字面だけ見ると分からないと。そういう時は、とにかく歌ってみてと言うんです。字面の良い詞は歌えなかったりするんです」

Q4詞も自己表現だと思うのですが、表現者としての部分と作詞家の職人性の間の葛藤とかはありませんか。

「葛藤はない。私は音楽が好きだから。物を書きたいんだったらポエマーになれば良かったわけだし。ただ音楽が好きで音楽として聴かせたいという思いが強い。だから歌いづらいとか、嵌めづらいって言うのは、もう何の抵抗もなく直す」

Q5「量はそのうちに質を生む」と書いていますが、今までに書いた詞の数は。

「作詞家になると決めてからデビューするまでの10年間で、2000作以上書きました。全部捨てちゃった。あんなもの恥ずかしくて。今も下書きも全部捨てる。過程を見られたくないの」

Q6作詞家になりたいと思ったのは中学生の時、最初は好きな洋楽に訳詞を付けていたそうですが、どんな洋楽ですか。

「The Bandとかキャロル・キング、リトル・フィート、ボブ・ディラン。これが作詞のトレーニングになったの。洋楽の詞は情報量が多いから、言葉の選択の練習になるんです」

Q7本書に「詞と小説は別のベクトル。詩は一つの点に向かっていく」とありますね。

「そう。だから、小説は書かないのかとよく聞かれるんだけど、詞は小説が何百枚もかけて表現することを、何分かの詞で書けるのに書かないよ、と答えます」

Q8「人に想像させるものを書く。それこそが創造である」というフレーズはどういう意味なんでしょうか。

「説明したらダメってこと。詞は言葉数が決まってるからね。メロディーを生かすとか、色んな条件の中でやって行く。説明だけに終始している詞ほどつまらないものはなくて、短い中でどうやって想像させて行くか。そして想像させることで普遍性に繋がっていく。自分もこういう事があるよねと。誰かの曲を聴いて、自分のことを歌っているように感じることがあると思います。それが本書でも言っている“すき間”と“普遍性”の効果。想像の余地を作ることで、詞の世界が広がる。つまり聴く人がイメージする余地が生まれるんです」

Q9『直し』ができないと、職業作家にはなれません」とありますね。また、ディレクターに「起き上がり小坊師」に例えられるほど直しに直しを重ねたそうですが。

「プロになりたかったから。デビューしたての頃やってた仕事はそんな感じだった。今は違うけど。それに、最初は下手だったもん。下手だったし、完璧なものじゃないと思ってたし。作詞家って請け負いだと私は思ってるから、例えばレンジャーもの何かやった時に、レンジャーものって結構直しがあるの。何で直しがあるかっていうと、いっぱい船頭がいるから。プロデューサーがいて、ディレクターがいて、メーカーがいて、メーカーはあんまり言わないんだけど、あとはスポンサーがいて。さらにああいう戦隊モノとかアニメもそうなんだけど、思い入れが強いのよ。本当にみんな作品に思い入れがあるわけよ。そうすると私はエヴァもそうだけど、通りすがりで仕事をもらっているわけね。思い入れはあっちが勝つわけ。だからあっちのいう事を聞くの。思い入れのある人間のほうが勝ちと言うか、そっちがジャッジして当然じゃん。何で私が主張するの?っていう。いや詞としてどうのこうのと変なこと言ったらこっちも反論しますけど、嵌り悪いよとか。でも、私はこういう気持ちで書いたんです!とか言う子がいるのよ。いや、あんたが責任負わないでしょ?ってことなの。だから私は責任負う人のいう事を聞くよって。映画は監督の物だし、舞台は演出家のもの、だからあなたたちのいう事を聞きますと。そこで自分のやりたいことやるとなったら、プロデュースやるしかない」

Q10詞の直しの基準は何でしょうか。

「これは単純に歌って気持ち良いか気持ち良くないか。歌なので、歌いながら書くって言うのが基本です」

Q11「等身大の歌を歌いたいなら自分で歌を書けばいい」と本書にありますが。

「“私らしさを書いて下さい”とか言われても、あなたらしさはあなたが一番わかってるから、あなたが書けば? と思うわけ。もうひとつ、作詞家に頼むのはシンガーが多いのでアーティストではない。だからシンガーとしての自分を演じるみたいな部分があったりする。それがシンガーとしての成長を促していくと思うのね。ほら、いつまでも『50になっても友達以上恋人未満…どうしていいのか分からない僕』みたいなので、ずーっと来るような人(笑)もいるでしょう。そういう歌で行きたいのなら、自分で書けば、と。私はアイドルをレギュラーでやってることが多かったんで、CoCoって最初は私立の女子高生ってイメージでやってて、それが売れたら次も同じ。ただ3作目で同じことをやると、もう下がるしかないじゃない。じゃあ、3作目どうするかで、5歳ぐらい設定年齢を上げる。Winkなんかもそう。一緒に育てて行くっていうか、年齢上げて行ったりとか、成長させていくんだけど、常に本人たちのちょっと上に置いてあげる」

Q12本書の帯には、「この本の登場により作詞で悩む人がゼロになる。それくらい手の内を明かし過ぎてくれる太っ腹聖書!」とゴールデンボンバーの鬼龍院翔さんの言葉があります。その鬼龍院さんについては、「私が衝撃を受けた詞」のひとつとして本書で取り上げていますね。

「ゴールデンボンバーの鬼龍院くんの書く物って半径500メートルの世界なのよ。わりと自分の中をまさぐって、あんまり色んな要素で書いていない。これ、ネタにしている物はそんなに多くないなってのは分かるんだけど、切り口が自虐的な自分って部分からブレない。あの子の最大の武器ってコンプレックスだと思うわけ。物書く人ってみんなそうなんだけど、彼のコンプレックスって共感される。最初ニコ動で見た時、自転車でプールに飛び込んだりさ。馬鹿じゃないかと思って、でも凄い一生懸命やってるから好きになった(笑)。歌聴いたら、この子たち、音楽ちゃんとしてるじゃん(笑)って」

『ネコの手も貸したい 及川眠子流作詞術』は、作詞のレクチャー部分はライターの成田全さんによる及川先生へのインタビューで構成されている。取材時間は、延べ13~14時間にも及び、本当に教師と生徒のような形で行われたという。編集を担当した成田全さんにも、本書の裏話を聞いてみた。

「本の構成は、先生と曲をどれにしましょうかと話し合って決めました。『残酷な天使のテーゼ』『魂のルフラン』『淋しい熱帯魚』『東京』は最初から入れましょうねと話していました。『絶対!Part2』あたりはどうしようかと話し合っていたのですが、『詞先』の曲がひとつ入っていないと駄目だねと話して入れました。『10年経てば』では、中級テクニックの『こぼし』など、歌の技術的なことを入れるのにちょうどいいのではないのかと話して決めました。僕が取材を通して一番びっくりしたのは、及川先生が詞を付けた歌には、『音符の音』と『普通の音』が一緒に入っていること。普通にしゃべっている音の抑揚と音符の抑揚にほぼ同じ言葉が入っているのです。歌だからと変な抑揚になっていない。本書で紹介している曲を改めて聴いてそう言えばと思いました。色々聞いてみると、抑揚が変な詞がない。先生は、『魂のルフラン』の時も、最初の歌いだしの音、『♪タタタタタタタ』を聞いて、『わたしにかえりなさい』という音にしか聴こえなかったと言うんですよ。驚きますね」

取材・文=ガンガーラ田津美