リアルな自分と向き合い、さらに強靭になった「人間・ナノ」の歌――ナノ インタビュー

エンタメ

2018/8/24

 2012年のメジャーデビューから、数々のアニメ・ゲームの主題歌を担当してきたアーティスト・ナノ。そのパーソナリティの詳細は明かされないまま活動を続けてきたが、デビュー5周年イヤーを機に初めて素顔を見せるようになり、2017年5月にリリースされたのが4枚目のオリジナルアルバム『The Crossing』だった。激しく力強いロックサウンドだけでなく、「人間・ナノ」をさらけ出した『The Crossing』の制作を経て、ナノの表現はより豊かになり、より強靭さを増した。ありのままの自分で聴き手と向き合うことを恐れないマインドが、音楽に広がりを与えた。TVアニメ『かくりよの宿飯』第2クールのオープニング主題歌である『ウツシヨノユメ』(8月22日リリース)は、その進化の先に生まれた象徴的な1枚だ。初挑戦となる「和ロック」に加え、かつてなくナノの存在を近く感じられるバラードなどを収めたシングルはどのように生まれたのか。『The Crossing』以降に訪れた自身の変化とともに語ってもらった。

負けず嫌いな気持ちが勝ったから、今の自分はここにいる

──ニューシングルの『ウツシヨノユメ』、表題曲を聴いてビックリしました。ナノさん自身は、今回のシングルに関して、完成してみてどう感じてますか。

ナノ:ぶっちゃけて言うと、すごくぶっとんだシングルになったな、と思っていて。すべてにおいて、今までの自分とちょっと違う要素が詰まっているし、表題曲に関しては、和ロックを自分がやることになるなんて、正直まったく思ってもいなかったので。

──“ウツシヨノユメ”は、自他ともに「まさかやるとは思わなかった」音楽性ですよね。

ナノ:そうですね。なので、最初は不安のほうが大きかったんですけど、やっぱりどこかで「やってみたい」という願望はあって。今回のシングルは5周年を経て、既存のファンの方もそうですし、新しく聴いてくれる人たちにも、「新しいナノに、こんにちは」みたいな。ナノは好奇心旺盛で、常に新しいことを望んでるんだな、ということを伝えたかった作品です。

──表題曲はもちろん、収録された3曲ともに充実感があるな、と思ったんですけども、音楽に向き合う今の自分自身の状態についてはどう感じてますか。

ナノ:以前は、「人を満足させよう」とか「求められてるものをやらなきゃ!」という気持ちが大きかったんですけど、最近は自分の意志を前面に出せるようになれたかな、と思います。「これが自分の音だ」っていう曲作りができているし、今回のシングルは特にそうかもしれないですね。

──TVアニメ『かくりよの宿飯』の主題歌はそれぞれにチャレンジがあってとても面白いなあ、と思ってるんですけど、2クール目でさらに飛躍した感じがします。主人公の葵はふわふわしているようで芯のしっかりした子ですけど、ナノさんの曲が乗る2期のオープニング映像ではさらに意志の力が表情に宿っている感じがあって、その映像と音楽との相性がすごくいいなあ、と思いました。

ナノ:彼女が成長した部分がそこに表れているな、と自分もすごく思います。今回、ただの和ロックというだけではなくて、『かくりよ』の世界、あやかしとか、ちょっと人間には踏み入れられない世界観、想像でしかわからないような世界観が、歌詞のテーマになっていて。古語をいろいろ使ってほしい、というリクエストがあって、いろいろ調べたりしたんですけど、いい感じにハマってよかったです(笑)。自分がすぐに日本語の古語の達人になれるわけでもないので、自分で解釈した古語を歌おう、と思って。だから日本人の解釈とはもしかしたら違うかもしれないし、日本人の言葉の並べ方とは違ったりするかもしれないけど、それがナノらしさになるのかなって思いました。

──歌詞を探したりしている中で、「これだな」って思ったフレーズはあるんですか?

ナノ:《天上天下》ですね。そこが自分のすべてを懸けたところです。ここが決まったときに、「これでいいや」と思って。自分の中では、今回メッセージとして一番納得がいく言葉だったかな、と思います。かくりよの世界であろうとうつしよの世界であろうと、人間だろうとあやかしだろうと、この「天上天下を乗り越える」というのは、人生の目標、テーマだったりするんじゃないかな、と思ったので。

──それって、ナノさん自身のテーマとすごく近しいところがあるんじゃないですか。

ナノ:そうですね、結局やっぱりそこだったんだな、って思いました。四字熟語で表してみたけど、本質の部分では今までの自分とあまり変わらないなって。

──今回収録されている曲で言うと、アニメ盤のカップリングである“A Thousand Words”は、ナノ的にめちゃくちゃ新しい曲。で、ナノ盤のカップリングの“Gloria”は、とてもナノ的楽曲であると思ったんです。3曲の中で、すごく新しいもの、別の意味ですごく新しいもの、今まで持っていたものを違う回路から出した曲が揃っていて。これって今のナノと今までのナノ、ここに全部あるなあ、という感じがするんですけども。

ナノ:そうですね。5周年を経ての一発目のシングルでこの曲たちを出せるのは、自分でも納得ですね。時系列でいろんな自分が詰まっていて、いきなりすべてが変わるのではなく、ちょっとずつ変化していって、それが全部音に集まっている。進化の形が見えてくる楽曲たちになっていると思います。“A Thousand Words”に関しては、最初はそこまで変わったバラードをやろうという意識はなかったんですよ。ただ、やっていくうちに自然な流れでこういう形になっていって。それこそ、数年前にバラードを書いたときと今とでは、ちょっと内面が変わってるんだな、と思いました。人間って変わっていくんだなって、今回のシングルで自分でも実感したというか。

──その「変わった自分」は、楽曲にどんな影響を与えているんでしょうか。

ナノ:以前は内面的な部分だったり、想像の世界だったり、ファンタジーを大事にしてたんですけど、今はよりリアリティを求めているのかなって思います。リアルの自分、リアルの世界にすごく惹かれていて、それが曲にも表れている気がします。“A Thousand Words”は、日常の中でナノがすぐそこで歌ってるような感じの音になっていて、日常の中の1曲という感じです。そういう曲って、これまであまりやったことがなくて。いろんなアーティストさんがいますけど、ほんとにリアリティだけを歌うアーティストもいるじゃないですか。ストリートライブで聴いてるかのようなサウンド感とテーマで歌う人もいれば、リアルとはまったく関係ない世界で歌ってる人もいる。自分は、どちらかというと、あまりリアリティのないほうで歌ってた気がするんですよ。

──そうですね。それは、アルバムの『The Crossing』以前のことだと思うんですけど。

ナノ:そうですね。で、『The Crossing』から「自分をどんどん掘り下げていくしかないな」と思い始めて、自分の中身をリアルに表現することを意識するようになって。そうするうちに、それが楽しくなってきた、というか。リアルな自分を出すのも、なんかちょっと……怖い、まではいかないけど、感覚がわからなかったし。それは、自分のスタート地点がちょっと特殊だったからだと思うんですよ。もともと、全部をリアルに出して始めた活動じゃなかったし、むしろミステリアスというか、すべてが霧の中にあるようなスタートだったので、それぞれのリスナーさんが持つナノのイメージって、みんなばらばらだったと思うんですよね。想像するしかないから、「自分の中のナノ」を作ってたと思うんですよ。それを壊すのが怖かったんです。ナノがいきなりリアリティをばんばん出していって、みんなをガッカリさせたらイヤだなって思っていたので。だから、なかなか自分を出していくことができなかったんですけど、『The Crossing』のアルバム制作がきっかけになった気がするんですよね。

──今振り返ると、すべてが霧の中にある状態のときは、どういう気持ちで過ごしてたんですか。

ナノ:当時はそれが当たり前だったので、考えたこともなかったんですけど。今振り返って思うと、それはそれで音に集中していた自分もいたし、余計なことを考えずに、自分で自分を磨いていた期間だったかなって思います。自分を自分で知らないと表に出られないから、いろんなものを歌って、いろんなことをやって、自分を固めていって、ようやく表に出るときに「はい、ナノです」って言えるような状態じゃないと、誰も納得しないな、と思っていたので。だから、初めて表に出てみたときに、デビュー当時と比べると、「これがナノです」って自信を持って言える自分になってたと思います。

──逆に言うと、形が定まっていなかったり、道がしっかり見えていない状態にいたからこそ、霧の中で自分を磨くことができた、ということでもあるんですかね。

ナノ:そうですね。ほんとに手探りの5年間だったなって今は思います。進んではいたけど、手探りで進んでた感じ。でも今は、手探りではないなって思ってます。明確に自分がつかみたいものをつかめるようになってきたし、手を伸ばせるようになってきたと思います。『The Crossing』には新曲が8曲あって、その作詞をしてる途中で、どんどん自分がわかってきた気がしますね。「自分が伝えたかったことはこういうことだったんだ」とか「自分の性格って実はこういう感じなんだ」って、自分で再発見し始めたのが、アルバムの曲作りの段階だったと思うんですけど。でも、ほんとに固まったなって実感できたのは、今年の5月に「Symphony of Stars」っていうオーケストラコンサートをやったときなんですよ。

──なるほど。1年以上かけて自分の中に浸透していった『The Crossing』というアルバムは、今のナノさんにとってどういう存在なんでしょうか。

ナノ:それ以前のアルバムを聴いて、「ナノってこういう人だ」っていう答えは出ないと思うんですよ。だけど『The Crossing』は聴くと確実に、「ナノってこういう人なのかな」って、ちょっと見えるというか。答えが出たり、出かかったりするアルバムだなって思うし。今までで一番ナノらしい作品ですね。「人間ナノです」っていうアルバムだったかもしれないですね。

──それこそ『The Crossing』には“Milestone”という曲があったけど、マイルストーンって一足飛びに行くのではじゃなく、途中途中にちゃんと足跡を残していくということで、それってとても人間くさい話だなあ、と思いながら当時歌詞を読んだんですけども。

ナノ:そうなんですよ。ただ、以前はリアルの自分を出す、イコール恥ずかしい、ダサいと思っていて。自分のリアリティはカッコいいものでもなんでもないと思ってたし、“Milestone”は特にそうなんですけど、カッコつける要素が全然ないし。いい意味で、初めて自分のダサさを出せたのがあのアルバムだったんですよね。今聴くと、ちょっといい感じにダサい部分もあるなって思います(笑)。

──(笑)それは当時、恥ずかしさもあった?

ナノ:当時はね。当時はまだダサい自分を見せるのが恥ずかしい、みたいな気持ちがあったけど、それができてすごくすっきりしたし、そのあとの自分のダサさも怖くなくなったし。コンプレックスもあったんじゃないかと思います。ミステリアスで、表に出てなかった分、ダサい自分を表に出さなくてもいいわけじゃないですか。そういう5年間を過ごしてきたので、慣れてなかったというか。

──ナノさんが考える「ダサい自分」とは、どういう姿をしてるんですか。

ナノ:自分の曲はけっこう前向きで、常に「自分に勝つ!」とか「光をつかむ!」みたいな部分がすごくあるし、実際それを心底信じてますけど、いつもできてるかといったら、できてないところがあるのも本音で。だけど、できないときがあるからこそ、それを望んでる自分もいて。過去の自分なんて、正直言ってコケまくってるし、苦戦と失敗の連続の人生を生きてきてると思ってるんですよ。以前だったら、そこは人に見せたくなかったし、常に前向きでめげずに生きてるんだ、っていうナノを信じてくれてるリスナーさんがいると思っていて、ダメダメな自分を誰も望んでないって思ってたんですよね。

──実際は、霧の中でめげたりもしてたっていう。

ナノ:めげてましたね! 裏ではめげてたところがあったと思います。でもそれは、自分の前向きさやハングリーなところには勝てなかったんですよ。結局、自分の負けず嫌いな気持ちのほうが勝ったから、今の自分はここにいるんだなって思ってます。

──実際、そうやってナノさんが闘ってきたという事実は、音楽を聴く人からすれば、ダサいことでもなんでもないと思うんですよ。むしろそこに対して踏み出したところは、カッコいいことだと思う。

ナノ:結局、想像だけで歌詞を書くことにはリミットがあって。人生は常に経験の積み重ねで、日々生きていくと、嫌でもいろんなことが積み重なって、経験として蓄積していくけど、想像って尽きると思うんですよ。自分の中でも、『The Crossing』で新たな自分を探さなきゃいけないなと思っていて、それがリアルな自分なんだなって気づいてからは、自分が書けることの幅が広がったと思います。

自分をわかってもらうことが怖くなくなったら、もっと人をわかりたくなった

──『The Crossing』のときに、ナノさんが「ずっとひとりで歩いてきたと思ってきたけど、ひとりだったことは一度もなかった」と言っていて、すごくいい言葉だなあ、と思ったんですけど、アルバムと5周年イヤーでそのことが改めて確認できたんじゃないかな、と。その経験は、ナノさんにどんなものをもたらしたんでしょうか。

ナノ:ほんとに、「ひとりじゃないんだ」ってわかった瞬間から、それこそ怖くなくなるし、ひとりじゃないからこそ、まわりと調和しながら歩かなきゃいけない、ということにも気づいて。以前はもっとマイペースだったと思うんですけど、今は自分ひとりで何か目指すのではなくて、みんなで目指したいという気持ちがすごくあります。それによって人生が広がったというか、楽しくなったし、孤独感もないので、全部プラスになったなってすごく思います。人と触れることに喜びを感じるというか、自分をわかってもらうことが怖くなくなったら、もっと人をわかりたくなりましたね。

──名言ですね(笑)。

ナノ:ははは。

──サンノゼのライブ映像も観させてもらったんですけど、お客さんの熱量がすごかったし、圧倒的なステージでした。

ナノ:今まで経験したライブの中でも、圧倒的に熱いライブでしたね。もう、とにかく気持ちよかったです。初めて「ただいま!」って言えた会場だったので、その気持ちがまず最初に出てきて。計画も考えも計算も、全部ぶっとんじゃいました。ただただ、楽しんで帰ろうって思うライブでした。

──自分がこれからやりたいライブの形が見えた部分もあるんじゃないですか。

ナノ:そうですね。自分が今まで目指してた、望んでいたものに一番近いライブができたので、すごく納得のいくライブでした。

──5周年以降、「人間らしさ」を追求したことで見えた一番大事なことは何ですか?

ナノ:やっぱり、最終的には自分を信じることかなって思います。もちろん、いろんな人の意見を聞いたり、いろんな人を巻き込んで進んでいきますけど、結局答えを出すのは自分でしかないし、自分を引っ張っていくのは自分でしかない。だけど、自分に自信を持ってないとそれができない。今までは自信がなかったから、それができなかったし、人に頼ることもできなかった。でも、自分の芯をしっかり持って、自分に自信を持つこと、自分を信じることが今はすごく大切だと思っているし、まわりにも共有することで自分も進化できると思うし。やっぱり、自分を信じることですね。

──では、音楽の作り手として、歌の歌い手として、これから目指していきたいことのビジョンを教えてください。

ナノ:自分は、人はいつも輪に立っていると思っていて、輪がどんどん広がっていくイメージを持っているんですよ。だから、今の自分が立っている輪が広がっていくような活動をしていきたいですね。これでいいんだって納得することは、たぶん一生ないと思うんですけど、それでいいと思ってます。もっと強くなりたいし、もっといろんな人とつながりたいし、自分の音で、歌で、人に力を与えたいです。

取材・文=清水大輔 撮影=北島明(SPUTNIK)
スタイリング=下田 翼 ヘアメイク=もとこ