怪談マニアもゾッとした! 予測不可能な展開とどんでん返しに騙される…話題の小説『火のないところに煙は』裏話

文芸・カルチャー

2018/9/7

『火のないところに煙は』(芦沢央/新潮社)

 これは実話か、それともフィクションか? 刊行直後から各メディアで話題騒然の、芦沢央さんの小説『火のないところに煙は』(新潮社)。読者の背筋を凍らせる、あまりにもリアルな恐怖の生まれた背景とは? 著者・芦沢央さんにお話を伺いました。

■主人公は「ミステリー作家・芦沢央」
フィクションから現実に滲み出す怪異

――6月の発売以来、『火のないところに煙は』の勢いが止まりません。ネットを見ても「面白くて怖い」といった絶賛コメントが多いですね。

芦沢央さん(以下、芦沢) ありがたいことです。『火のないところに煙は』はわたしが初めて怪談に挑戦した作品なので、「怖かった」という反応をもらえたのは嬉しい。怪談に詳しい方にも満足してもらえたみたいで、ほっとしています。書店員さんの中には「怖すぎて注文できません」という方までいて(笑)、書き手冥利に尽きますね。

――これまでミステリーの分野で活躍されてきた芦沢さんが、怪談にチャレンジしたわけは?

芦沢 読者としては昔から怪談やホラーが大好きで、いつか書いてみたいジャンルではあったんです。ただなかなか機会がなくて。2年ほど前に新潮社の雑誌『小説新潮』から「神楽坂怪談」というテーマで短編を書いてほしいと依頼されて、これを逃す手はないと引き受けました。

――それが収録作の第1話「染み」ですね。芦沢さん本人が登場して、知人の恐怖体験談を聞くうちに……というドキュメンタリータッチの作品。リアルな筆致に思わず「実話では?」と疑ってしまいますが。

芦沢 そう思ってもらえると大成功。でもフィクションなので安心してください(笑)。「神楽坂怪談」という特集だと、ファンタスティックな設定の小説が並びそうな気がして、あえて現実に寄せた怪談を書いてみました。ホラー小説の中には作家さんご本人が登場する、「モキュメンタリー」っぽい作品がありますよね。ああいう作品が大好きで。

――モキュメンタリーというとノンフィクション風に書かれた創作ですね。映画化された小野不由美さんの『残穢』のような。

芦沢 そうです。あるいは三津田信三さんの作品ですとか。怖さが作品の中だけにとどまらず、現実にまで滲みだしてくるような作品を、自分も書いてみたいと思ったんですよ。

――なるほど。「染み」は広告代理店に勤める女性が、ある占い師との出会いをきっかけに、恐怖に見舞われることになる作品。地下鉄のポスターにまつわる怪異には、思わずひるみました。

芦沢 それはよかった。地下鉄内のポスターは身近な存在なので、東京を知らない方にも伝わりやすいかなと。神楽坂に地下鉄の広告集積所があることは知っていたので、うまくお題に絡められてよかったです。作中の「神楽坂の母」という占い師はまったく架空の存在なんですが、後から担当さんに「ちょっと前まで神楽坂によく当たる女性占い師がいたんですよ」と聞いて、自分でも後からじわじわ怖くなってきました。

■怪談を書くからには「怖いのは人間」にはしたくない

――その他の収録作も、芦沢さん本人が怪談を取材していくというパターンですが、実にバラエティに富んでいますね。

芦沢 怪談という枠組みの中で、どれだけ多くのバリエーションを出せるのか、自分なりに工夫してみました。それと毎回心がけたのは、いきなり怖いシーンが出てきて終わり、という短編にはしないことです。ミステリーとしての「仕掛け」や「どんでん返し」をちゃんと用意して、その先にもうひとつ怖い展開が待っている、という作りにしたいと。

――第2話「お祓いを頼む女」がまさにそうですね。短編ミステリーとしても読み応えのある作品でした。

芦沢 ホラー映画を見ていて「どうしてわざわざ殺人鬼のいる方にいくの!?」って、じれったく感じることがあるじゃないですか。少しでもああいう展開があると、受け手の心が物語から離れてしまって、怖さを追体験できなくなる。怪談やホラーではひとつひとつ物語の分岐点をつぶして、どうしてもこっちに進まざるをえない、っていうルートに登場人物を追いこむことが大切だと思うんです。そうした論理的なプロットの運びは、ミステリーでの経験が役立っていると思います。

――第3話の「妄言」も怖いですね。憧れのマイホームを手に入れた夫婦が、隣人トラブルに巻きこまれてゆく、という身につまされる話です。

芦沢 特にオチの部分が、同業者の間でも妙に評判のよかった作品です。これまでのわたしの小説からのイメージだと、「でも一番怖いのは人間だよね」っていう展開を予想されると思うんですが、今回はそうはしないよう意識しました。誰かの悪意がひどい結果を招いているわけではなく、むしろ何とかして助けようとしてくれる人が何人もいるのに恐ろしいことになっていく方が怖い気がして。

――一軒家の住人が連続した悪夢にうなされる「助けてって言ったのに」、古アパートでの心霊現象を扱った「誰かの怪異」もそれぞれ魅力があります。特にお気に入りの収録作は?

芦沢 うーん、どれも気に入っていますが、「誰かの怪異」はかなり早い段階から書きたいと思っていた作品でしたね。東日本大震災の後、東北の被災地でたくさんの怪談が生まれ、語られたと聞いています。幽霊は怖い怖いと言うけど、受け手の状況によってはそれが救いになることもある。「誰かの怪異」ではそうした怪談の多面性、豊かさみたいなものを表現できたので、自分でもよかったなと感じていますね。

■「幽霊を見た」という人たちが全員嘘をついているとは思えません

――ところで芦沢さんは、霊や魂の存在を信じているのでしょうか。

芦沢 どちらとも断言できないという立場ですね。わたし自身ははっきり幽霊を見たことはありませんが、祖母や飼っていた犬が死んだ際、「虫の知らせ」のような体験をしました。知り合いには何人か幽霊を見たという人がいて、その人たちが全員嘘をついているとは思えない。自分が見えないからといって、百パーセントいないと決めつけることはできないなと思うんですよね。

――いるかいないか分からないから怖い。今回の作品もそうしたバランス感が絶妙です。

芦沢 幽霊が百パーセントいる、という前提でも書いていません。怪しい出来事に遭遇したら、まずそれが合理的に説明がつくかどうか検討してみる。そうすることで、いくら調べても説明のつかない現象を浮かび上がらせたいという思いがあります。こうしたスタンスは、小野不由美さんの『ゴーストハント』の影響が大きいですね。

――五つの短編が最終話「禁忌」でつながり、作中の芦沢さんも怪異の当事者となってしまいます。この構成も秀逸でした。

芦沢 それぞれ独立した短編として書いたものですが、うまく一本にまとまってくれました。わたしに起こった怪異として、車に轢かれかけたエピソードを紹介しています。あれは呪いや祟りとは関係なく、実際にあった出来事なんです。執筆中、そのことを思い出して「使えるな」と(笑)。通常のミステリーと違って、普段の生活から伏線を拾いあげるような作業で、とても面白かったです。

――読み終えた後、本のカバーに「ある仕掛け」があることに気づいて、悲鳴をあげました。

芦沢 こういうアイデアは、スタッフの皆さんが知恵を出し合ってくれたものです。この本の書評を、登場人物の榊にさせようという案もそう。読者を怖がらせるために、大人がこっそりいたずらを仕掛けているようで、とても楽しい経験でした。

――ちょっと気が早いですが、今後も怪談やホラーを書く予定はありますか?

芦沢 はい。普段より自由な気持ちで取り組めた気がしますし、何より楽しい経験でした。ここしばらくはミステリー系の新作が続きますが、機会があれば必ず、また怪談やホラーに帰ってきたいと思います。まずは『火のないところに煙は』で、物語が現実世界にじわじわ滲みだしてくるような怖さを、味わってもらえたら嬉しいです。

取材・文=朝宮運河