作家・森見登美彦のブレイクに立ち会った編集者が語る、「文芸編集者」の仕事

文芸・カルチャー

2018/11/21

 作家の書く小説の裏にいる、「文芸編集者」という縁の下の力持ちの存在を聞いたことがあるかもしれません。彼らは一体、どんな役割を果たしているのか? その知られざる文芸編集者の世界を、森見登美彦さんのブレイクに立ち会い、万城目学さん、大沢在昌さん、貴志祐介さん、西加奈子さん、門井慶喜さんなど多くの人気作家を手がけてきた『本の旅人』(KADOKAWAの月刊読書情報誌)編集長の小林 順さんにうかがいました。

●文芸の世界は「順番待ち」が大事!?

――「文芸編集者」は他の編集者とどう違うのでしょう?

小林 順さん(以下、小林):作家の書いた「小説」を世に送り出すのが文芸編集者の仕事ですが、一人の作家と比較的長くおつきあいをすることが多いのが特徴ですね。コミックスの場合は漫画家さんごとに出版社が決まっているといわれますが、小説の場合は作家ごとに各出版社の担当がつく形で、有名作家になると10社以上集まってきます。自分もその中の一人として作家と接するんですが、原稿をいただくまでの「順番待ち」がとにかく長いんです。

――ある連載が終わったら、各社で枠を争うと?

小林:そうです。そこで作家とのつきあいが大事になってくるんですね。一般にその作家がデビューした出版社は強いですし、あとはブレイクした本や大きな賞の受賞作を出した出版社もアドバンテージになって、他社より有利なポジションにいられます。あとは編集者と作家のつながりの深さが影響しますね。たとえば他社で大きなヒットのある作家さんに会いに行くと、一応は末席に並んだことになりますが、そこから原稿をいただくにはよほどがんばらないと5年経っても10年経っても…。

――人付き合いのうまい人が向いているんですか?

小林:そういうわけでもなくて、いろんな編集者がいるんですよ。いわゆるコミュニケーションが苦手な人もいます。 そのへんは永遠の謎といいますか。とにかく人あたりがよくて、たくさん話ができる人がいいというわけではなく、なにかのジャンルにすごく詳しいとか、ものすごく愛嬌があるとか、歌が上手とかいろいろで(笑)。

――それぞれに強みがあるんですね。ちなみに小林さんご自身は?

小林:作家の「遊び」へのつきあいがいいことですかね。お酒、ゴルフ、麻雀、マラソン、いろんなことをやりました。作家は自宅にこもって一人でやる仕事なので、外で何かするのは息抜きになるので編集者に声をかけてくることがあるんです。そういう時は、わいわいと一緒に楽しむようにしています。もちろん、資料集めや取材のお手伝いなど日頃からやっているので、そういう部分でも力になれたらと思っていますが。

――いざ書いていただけることになったら、今度は担当として寄り添うと。

小林:異動とかがない限りはそうですね。最初は「どんな作品にするか」という相談から始めます。作家の得意なものをやるのもいいし、新しいことをやるのでもいい。要は作家が持っている才能の引き出しをどうやってあけるかということだと思います。ダメだろうなという案でも「刺激になればいい」とアイディアを見つけて提案することもありますね。

――作家によって進み方は違いますか?

小林:キャリアもありますね。キャリアの長い方は前任の担当とのつきあいを引き継いで、初めから「あと◯社待ち」なこともありますし、作風もある程度固まっていてクオリティもあまり心配ないので、編集者がさほど口を出さなくてもいい作品をいただけることが多いんです。デビューして間もない新人作家の場合は順番待ちこそないものの、自分の持っているものが問われる面白さと難しさがあります。テーマ探しや取材など二人三脚でなんとか作っていくことになります。

●私設応援団もあった! 森見登美彦さんブレイクの裏側

――学生時代から文芸編集希望でいらっしゃったそうですね。

小林:私は大学で造船工学を学んでいたんですが、大学を出た頃は不景気のあおりを造船業がもろに受けている状況でしたから、自分の好きなことをやることにしたんです。本を読むのは昔から好きだったので、文芸をやっている出版社を受けましたがご縁がなくて、小さな専門出版社に入って数式がいっぱい掲載されているような技術関係の本を編集していました。

――当時は「文芸編集」について仕事のイメージはすでにお持ちでしたか?

小林:知り合いにはいませんでしたが、割と古い小説が好きで太宰治とか坂口安吾とかの伝記を彼らの元担当編集が書いていたので興味がありました。現代の好きな作家でも、作品についてのインタビュー記事を読むと担当編集の名前が出てくることがあって、しかも同じ名前が別の好きな作家のところにも出てきたりするので気になっていましたね。

――そして転職されて念願の文芸編集者になられたと。

小林:最初は編集ではなく資材の発注や印刷所や製本所との連絡など、本作りを裏で支える制作担当をやっていました。でも「文芸に行きたい行きたい」と訴え続けて、なんとか(笑)。最初はノンフィクションや学術書が中心で、文芸は補助的な関わりで、たとえば先輩と作家さんの打ち合わせに同席させていただいたりしてましたね。

――森見登美彦さんのブレイクのきっかけになった『夜は短し歩けよ乙女』の担当をされたそうですね。

小林:森見さんのデビューは2003年で、初めてお会いしたのは2004年。まだそのときは新潮社から『太陽の塔』が出ていただけで、森見さんは京大大学院の学生さんでしたから、大学の研究室に直接電話したんです。そしたら研究室の同僚の方が出て「え? 森見くん? えへへ」みたいな反応で、悪いことしたかなと思ったのを覚えてます(笑)。『太陽の塔』は、京都を舞台にしたごく普通の大学生の生活を描いた作品だったんですが、京都が舞台というとトラベルミステリー的なものが多い中で、「普通の生活圏」としての京都を描いたのが今までにない小説だと感じました。年齢が近いこともあって、時代の気分みたいなものがあったのかもしれません。文章もすごくお上手でしたね。

――コンタクトがとれてからは、スムーズに?

小林:テーマが決まらなくて、連載開始までに1年くらいかかりましたね。こちらも文芸編集者としては経験がなくて手探りでしたから。実はたまたま雑誌編集部の先輩も森見さんにアプローチをしていることがわかって、そちらではなんとなくテーマが決まっていたので、一緒にすすめることになったんです。『野性時代』での連載が終わって本にすることころから、どういう装幀にするか、どう売るかというのを私がメインになって考えていきました。


写真は、森見さんと一緒にローカル線に乗車した時のこと

――編集者二人体制は珍しい?

小林:KADOKAWAでは雑誌と書籍の2名の編集者が作家を担当することが多いのですが、もっと事前に情報共有しようよ、という(笑)。それにしても、本づくりが始まってからはいろいろ勉強になりました。実は書店員さんたちの間で森見さんの私設応援団のようなものができていたんですよ。なので森見さんとみなさんが会う機会を作ったり、書店で配布するフリーペーパーに森見さんのコメント原稿をいただいたり、そうやって書店員さんにもいろいろ関わってもらったんです。当時、本屋大賞が盛り上がりつつあり、ようやく「売れる本を作るには、書店員さんと一緒にやったほうがいい」という意識も広がりはじめた時期でした。

――作品は連載中から注目されていたんですか?

小林:よっぽど好きな人じゃないと文芸誌を隅から隅まで読みませんから、それほどでは。ただ単行本が出てからはすごかったです。表紙はイラストレーターの中村佑介さんにお願いしたのですが、これは僕の編集者人生で一番のファインプレーでした(笑)。彼がジャケットを手がけたアジアン・カンフー・ジェネレーションのCDをジャケ買いするほど好きだったんです。

――ご自身のキャリアが浅い時期に、最初からじっくり担当した森見さんの本が書店に並んだときは、さぞうれしかったのでは?

小林:はい。初日から結構売れて、発売2、3日で重版が決まりました。それで「発売即大重版」の帯に変えて、そのあとも重版のたびに新しく目をひくようにしていきましたね。当時はmixiに本の感想を書いてくれている方が結構いたので、「帯に使わせてほしい」とDMを送って、それを裏表紙と帯の裏も使って100人分くらいいれました(笑)。2007年の4月に発表される本屋大賞にもノミネートされましたが、残念ながら僅差の2位で。悔しいから「本屋大賞2位」って大きく入れた帯も作りました(笑)。どうにかして1位の作品よりたくさん売りたいという気持ちでした。

●社会に馴染めない人にも「いい仕事」はできる

――文芸編集の仕事というのは時間のかかる仕事ですが、同じ熱量で仕事をしていくコツはありますか?

小林:3年、5年と順番待ちをしているうちに、作家も変わっていきます。すでに決めた方針があっても、「こういうのもありますね」とたまに言ってみたりはします。世の中の流行り廃り、興味関心もどんどん変わっていくので、そのたびごとにちょっとずつアップデートしていくというか。世の中のいろんなこと、社会面の記事とか流行りのアイドルとか、そういうのも知らないよりは知っていたほうがいいとは思います。とはいえ僕はテレビを見ないので、こんな偉そうなこと言っていても、本当に世の中についていけてない。よく芸能人を知らないというので後輩にバカにされます。「ひょっこりはん、知らないんですか?」とか(笑)。

――キャリアが長い編集者だけが有利な仕事というわけではなさそうですね。

小林:そうかもしれません。文芸編集者仲間を見ると、みんなそれぞれ武器がある感じですからね。人と人との関係なので、相手を怒らせたりするのはダメですが、正解はいくつもあると思います。変わった人でもなんとかやっていける。現実社会にはうまく馴染めないけれどいい仕事をしている文芸編集者はたくさんいます。なんか文芸編集者が変な人ばっかりみたいですけど(笑)。

――よく学生が「必要なことを勉強すれば将来の夢が叶う」と思っていたりしますが、こと文芸編集的にはメソッドは確立していなそうですね。

小林:「ない」と言っていいと思います。たとえば専門的に文学の勉強してきた人が有利かっていうと、そんなことはまったくないですし、私のような理系出身者もわずかながらいます。大学でやったことは関係なくて、それよりもいろんなジャンルの本をたくさん読んだとか、そっちのほうが仕事の上では役に立ちますね。たとえば本格ミステリが好きで定番の1000冊くらいを全部読んでいる編集者がいますが、それは他の人は持っていない知識になりますよね。本格ミステリの作家はそういうのが好きで書いている人なわけですから、ちゃんと話し相手になれる。そういうのはどんなジャンルでもあると思います。

――あとは発想力や柔軟性みたいなものも必要そうですね。

小林:たとえば「こういう設定や主人公で、こういうイラストなら売れる」というテンプレ的な発想がまことしやかに語られることがあるんですが、そんなことはありません。むしろ似たような本がたくさんあってもオリジナルを超えることはないし、やっぱり読者は「なにこれ?」という新しいものを求めていると思います。ただし作品が新しいならば、編集者はそれを「今までになかった小説」と読者に見せる必要があり、それにはアイディアがいりますね。

――「この作家を知ってください」と思うか、「この作品で新しい世界を見せたい」と思うか、ご自身の願望はどちらに近いですか?

小林:そこは「作家」ですね。我々がやっていることは、やっぱり作家があってこそですから。ある作家の作家人生に関われるのはあくまで一部分で、全著作のうちの数冊にすぎませんが、だからこそ他社の編集者も含めてどんどんバトンを渡していくみたいな感じがあります。「うちではこの本でこのくらい実績作ったから、次は頼む!」みたいな。そこは文芸編集者の独特なところかもしれませんね。

――それぞれがいろんな面を掘り起こして、作家自身が成長していくことが、文芸編集者の大きな喜び、という。

小林:そうなんです。だから、長く担当している作家が大きな賞をとれば、自分が担当した本じゃなくてもやっぱりうれしいんですよね。大きな賞の発表のときに編集者で作家を囲んだりしますが、それも「みんなで喜ぼうよ」みたいな感覚で。

――最後にこれから先の目標を。

小林:本が売れないと言われる中、つい見失いがちで(笑)。ただ、小説は世の中に必要だと思うんですよ。娯楽でありながら読む人の人生観に深く関わってくるという唯一のメディアですから。この先も小説はなくならないし、長い歴史のバトンを次の人に渡していきたいですね。別に紙の本にこだわる必要はないとは思います。でも「作家と編集者が一生懸命作った本は面白い。そういう本がたくさんあるのに、それを知らずにいたままではもったいない」と、いつも思っています。

取材・文=荒井理恵

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