ASKA「ダメな自分が憧れている理想像が言葉になって表れている」35年ぶりに散文詩集『ASKA 書きおろし詩集』刊行!【インタビュー後編】

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2019/3/30

 独自のスタイルで紡いだ55編は、歌詞を書く手法に由来するスタイルのもの、エッセイや紀行文を彷彿させるものなど、様々な詩の世界を読む人に見せていく。心の奥の深いところまで潜っていったことを表す言葉は、時にASKAさん本人と重なる。けれど、「これは現実の僕ではないんです」と言う。現実の自分ではないけれど、デビュー当時から抱えてきた思いや、時にさざ波の立った人生とそこから得た人生観は、詩作に大きな影響を与えているという。後編では、ASKAさんが今、向かおうとしている境地、そして言葉との向き合い方について伺った。

自分で自分の背中を押してみる
ひとりで詩を書いていると
ひとりではないことに気がつく

僕にはボキャブラリーの欠如が見られるから
それを補うためにメロディの力を借りる
それも調律
(「調律」より)

――作品のなかには、ASKAさんが言葉を紡ぎ出すとき、どういう世界が見えているかというものも多くありますね。それはご自身に見えている景色や心境を表に出したいという気持ちの表れなのでしょうか。

 人って、女性も男性も含め、他人からハンサムに見られたいと思っているはずなんですよね。歌詞を書いていてもそうなんです。僕の音楽を聴いてくださっている人は、その詞を僕に投影し、“こういう人なんだな”って感じてくれていると思うんですけど、それは文章が見せている“僕”なんです。自分にないから、自分の憧れを、こういう人でありたい、こうなりたい、こういうときには、こういうことをできる人間でありたい、というものを自分は書いているだけだと思うんですね。僕は、ダメな自分を知っているので。そのダメな自分が憧れている理想像が言葉になって表れているのだと思います。そして書いている僕と、読んでいる方が、お互いの自由なイメージのなかで繋がる。そういう意味で言うと、歌詞も散文詩も、まるでクラウドのようですね。

――“これは現実の僕ではない”と、言い切ってしまうところが、ASKAさんらしいですね。

 実は、シンガーとしても、僕は早々にカミングアウトしたんです。デビュー当時、“なんで歌を歌ってるの?”“どういうシンガーになりたいの?”“ポリシーは何?”ということを、評論家の人たちに訊ね続けられていたんです。それを訊くことはきっと1980年当時の評論家の間での流行りだったんでしょうね。それに答えなきゃと、何とか一生懸命答えていたのですが、自分から出てくるのは、どれも作った言葉でした。“なんで音楽やってるの?”と訊かれても、歌っているうちにこういうところで歌えるようになってしまいました、ということでしかないし、“ポリシーは?”と問われても、別に世の中を変えたいわけではない、できればたくさんの人に自分の音楽を聴いてもらいたい、ということだけだったので。

――けれどデビュー当時、その本心は言えなかったのですね。

 あの頃のミュージシャンは、今考えても斜に構え、自分が鋭利に映るようにしていました。でも僕は途中から疲れてしまって、“ポリシーなんかありません”って答えるようになったんです。デビューから5、6年が経ち、僕の音楽を日本の皆さんが一度は聞いてくれたことがあるかな、という時期に入った頃でした。楽曲にしてもフォークからデビューし、それがいつの間にかニューミュージックと呼ばれるようになり、僕はそのジャンルに入っていった。映画音楽やポップスを聴いて育ってきた自分が、そのなかで、売れるためだけに楽曲を書き、歌っていたんです。けれど、そういうことをしていると、どんどん疲弊していくんですね。“これは自分じゃないんだよ”ということを早くカミングアウトして、ポップスの世界に入らなければ、と思ったんです。

十年経って届く言葉がある
百年経って認められることがある

孤独は受動だが孤立は能動だ
僕はどこをくぐり抜けてそうなった
(「ひとりの群衆」より)

――5章に編まれた散文歌からは、ASKAさんの、そうしたこれまでの道のりを、ふとした瞬間に感じてしまう作品もありますね。

 僕はやっぱりいろいろあったから。考え方や作品についてもそうですけれど、それがある種、僕の人生の変わり目だったと思うんですね。あれがなかったらここがない、ということが今、僕の周りでは起こっていて。今の自分の状態を受け入れ、ここに来られていることを喜びと思い、その先にはまた繋がったものがあり……。“これは、あれがあったから”と言えるような人生になればいいと思っているんです。それはすごく思っています。

 この一冊に収めた散文歌を書くきっかけができたのも、時間ができたからですから。あのとき、こうべを垂れたまま、何もしない静謐な時間を送っていたら、自分はダメになると思いました。そこでまず音楽を作ろうと、レコーディングを始めたんです。そのなかで、先ほどお話しした経緯(前編)のなか、詩を書くようになった。あれがなかったら、こういうものはできていないんです。これをポジティブと言ってはいけないのですけれど、来し方を振り返り、“人ってそういうもんだよ”という境地に達することができたら――と、そう思っています。

――作品から滲み出てくる、ASKAさんのその境地への歩みは、読んだ人にとっても、力や救いになります。そしてその歩みは、生み出していく言葉にもきっと変化として表れているのでしょうね。

 今、言葉にすごく敏感になっていて。言葉って、よく言われる、狙いの言葉というのかな、そういうものに傾倒する時期もあるんです。でもそれを通り過ぎると、自然体になっていくんですよね。谷川俊太郎さんの今の詩がまさにそうだと思うんです。

 僕は2014年まで、毎週、谷川さんの詩が送られてくるウェブマガジンをとっていたんです。振り返ると、そのときの谷川さんは、今の谷川さんになるために、何かくぐり抜けていた時期なんじゃないのかなと思うことがあって。

 今の谷川さんの詩は、普通の言葉で、普通の日常を、ちゃんと心が語っている。その作品を読むと、いかに自分が言葉のインパクトに囚われてしまっているか、ということを痛感するんです。僕は全然、まだまだ谷川さんのいらっしゃるところへは行けないけれど、少なくとも教えはこうむりました。

 実は昨夜も、谷川さんの作品集を読み続けていたんです。止まらなくなってしまって、気付いたら朝方まで読んでいました。時系列で作品を追っていくと、谷川さんの言葉のスタイルが変わっていくのが本当にわかるんです。

歌をつくるということは
女性のお産のようなものだろう

もうこんなたいへんな思いはしたくないと思いながら
時間が経つと忘れたように文字に向かっている

僕の歌は
大きな告白の欠片だ
(「僕の歌」より)

――この一冊は、アーティスト・ASKAの、作家というひとつの扉を開いたものにもなりました。どんな気持ちで“言葉”に向き合っていたい、いきたいと考えていますか?

 たとえば人間愛を語るとしたら、ちっちゃなコップを持つ自分の手の柔らかさから始まることもありますし、大きな意味での世界の人間愛もあるでしょうし、そういう気持ちで、言葉に向き合い、書いていけたらいいなと思います。今、ファンクラブの会報で、毎月、一編ずつ作品を発表しているんです。それが今、僕のライフワークのようになっていて。本を出したからといって、“作家”と構えることなく、自分のリズムで、“書きたい”という心境になったとき、これからもずっと書いていきたいなと思っています。

――最後に読者の皆さんに、メッセージをお願いします。

 詩を編んだ後、あとがきを書くことにしたのですが、実はそれだけで5つも書いてしまいました(笑)。そのなかから選んだものにも記したのですが、“詩を書くのは好きだが、どこか恥ずかしい”という想いが今も正直あります。けれど今回、声を掛けていただいた制作スタッフの方々のご協力のもと、こうしてひとつの作品として、世の中に送り出すことができた。それが心からうれしくて。僕はずっと歌を歌ってきたので、いわば言葉の融合、歌の世界と散文の世界が混ざり合った作品を発表できるということに対しても。それも35年ぶりとなるので、読んでいただけたら幸いです。

取材・文=河村道子 撮影=三宅英文
スタイリング=東野邦子(NEUTRAL) ヘアメイク=咲川倫子

ASKA
あすか●1958年、福岡県生まれ。1979年、音楽ユニット・CHAGE and ASKAとして、シングル「ひとり咲き」でデビュー。ソロ活動も並行し、1991年「はじまりはいつも雨」はミリオン・セールスを記録。同年のアルバム『SCENE II』もベストセラーに。2009年よりソロ活動に専念。2017年自主レーベルを立ち上げ2枚のオリジナルアルバムをリリース。2018年末、ベストアルバム『Made in ASKA』『We are the Fellows』、ソロ活動初期に出した2枚のアルバムのリミックス盤『SCENE-Remix ver.-』『SCENE II-Remix ver.-』をリリース。2019年2月からスタートした全国ツアー「ASKA CONCERT TOUR 2019 Made in ASKA-40年のありったけ-」開催中。大好評により追加公演決定。

■特設サイト
https://www.futabasha.co.jp/introduction/2019/aska/