松井玲奈「変わったフェチを持った人が出てきたら面白い」――初の短編集『カモフラージュ』執筆秘話

文芸・カルチャー

更新日:2019/4/19

 現在役者として活躍中の松井玲奈が、初の短編集『カモフラージュ』を出版。昨年、『小説すばる』で発表した『拭っても、拭っても』を含む、恋愛モノからホラーテイストまで、バラエティに富んだクセありの6編を収録。小説家としての一歩を踏み出した彼女に、作品への思いや執筆時のエピソードを語ってもらった。

■人間って誰でも化けの皮を被ってると思うんです

――まず、小説を書くことになった経緯から教えていただけますか?

松井玲奈(以下、松井):文章を書くことは元々好きで、その中でも、エッセイは自分に合ってるな、と思っていました。ただ、小説を書きたいという気持ちは全然なかったんです。想像もしてませんでした。私の文章を読んだマネージャーさんが、小説を書かせたら面白いんじゃないか、と思ってくれたみたいで、水面下で小説の話が進んでいて。書いてみない? と言われたのが、去年の5月ぐらいです。経験がない未知の領域なので、不安が大きかったんですけど、「松井なら書けるかもしれない」と思って背中を押してくれたので、出す出さないはともかく、まずは挑戦してみようと思い、書き始めました。

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――タイトルを『カモフラージュ』にした理由は?

松井:人間って、誰でも化けの皮を被っているというか、そういうモノに覆われて生きていると思うんですよ。この短編集に収録されてるどの作品の登場人物も、何か1つ被ってるモノがあって、それを破ったり、脱したりして、新たな自分に出会ったりするんです。そのイメージに一番ピッタリくる言葉は何だろう…と考えたときに、この‟カモフラージュ”というワードを思いつきました。

――作品のジャンルはバラバラですが、どの作品も食べ物が出てくるのは共通してますよね?

松井:書き始めるときに、何か1つ、通しのテーマを決めることにしたんです。私は、映画でも本でも、食べ物が出てくる作品がスゴく好きなので、“食”というのを軸に置いて、そこから派生させて書きました。

 出てくる食べ物は、自分が好きなモノというわけではなくて、この作品には何が合うかな? 面白いかな? と考えてチョイスしました。例えば『拭っても、拭っても』には餃子が出てくるんですけど、私、肉がそんなに得意じゃないので、実は餃子は何年も食べてないんです。だから、人に食べてもらって、「餃子食べてるときってこんな感じなんだ」って観察して書きました(笑)。

――もう1つ、共通してるな、と思ったのは、出てくる男性が、2人ぐらいを除いて、だいたいクソな男だなぁ、と(笑)。『拭っても~』の理不尽な理由で主人公をフった潔癖症の彼氏とか、『ハンドメイド』の不倫相手とか、他にも…。「この男、キラいだわ~」と思いながら読みました(笑)。

松井:ありがとうございます!(笑) 嫌いっていうよりクセのある男の人が出てくる話が好きで、そういうキャラクターが生まれてくるんだと思います。だから、『拭っても~』に出てくる後輩くんのような大型犬みたいなタイプは、漫画とかで読むのは好きなんですけど、いざ自分が書くとなると、どう動かすべきなのか、とても難しかったんです。

 私の中では、かなり脇役のつもりだったので、最初は、彼と主人公とのくだりは、もっと短かったんですよ。でも、編集さんに、「彼とのエピソードは、まだ続きがあると思うから、もうちょっと長く書いてほしい」と言われて、「まだあるんだ!?」ってなりました(笑)。

■あったらいいな、ではなく、イヤだな、が、発想の原動力

――物語を考えるときに、「こんなことがあったらいいな」より「イヤだな」ってところから始めることが多いそうですが。それは意図的に?

松井:たしかに、マイナスからの発想が多いですね。意図的ではなく、これは私の人間性なんだと思います(苦笑)。できるだけ楽しいこととか人のいいところも見つけたいんですけど、重箱の隅をつつくようなことを日々考えながら生きてるので(笑)、そんなお話が多くなるのかも。

『拭っても~』は、私が街中で見た一場面が発想の発端です。前を歩いてた女の子の踵に貼られた絆創膏を見て、「イヤだな」と思ったんです。スゴくキレイな子なのに、踵に絆創膏が貼ってある…隙というか彼女の穴みたいなものが見えて、とてもイヤだったんです(笑)。

――「イヤだな」の最たるものとも言える『ジャム』ですが、デビュー作の『拭っても~』より前に書かれたとのこと。こんなホラーテイストのお話は、どこから発想が?

松井:小説を書くことになった頃、(ピーテル)ブリューゲルや(ヒエロニムス)ボスの作品とか、人間の形が変わったり口から何かいろいろ出てくる、みたいな絵をいっぱい見てて…。そのイメージがずっと頭の中にあって、どうしたらそれを物語としてカタチにできるかな、と考て、ストレスが溜ったときに、それが自分の形になって口から出てきたら面白いな、と思いついたんです。

 ストレスを感じて人間を吐き出す、というのは、日常生活で誰かに愚痴を言ったりだとか、話をして発散する、ということとリンクしていて、もちろん私もそういうことがあるにはあるんですが、そのときの自分の状況を反映させて書いたわけではないんです。頭の中にある映像をいかに正確に文字に起こせるか、スプラッターホラーの映画が好きなので、グチャグチャッとしてたりヌメッと人が出てくる表現がうまくできるかどうかをずっと考えながら書いてましたね。「うわぁ~吐きそうだ…」と気持ち悪くなりながらも、楽しんで2週間ぐらいで書き上げました。

――全部、自分の子供みたいなモノだから、どれも好きだと思いますが、中でも一番のお気に入りを挙げるとしたら、どれですか?

松井:どれも同じぐらい思い入れもあるし好きなんですけど、しいて言うなら『完熟』です。桃にフェティシズムを感じる男性が主人公のお話です。その時期に桃をよく食べていて思いついたっていうのと、見ていた映画に柔らかい果実が出てきて、それがスゴくセクシーだな、と思ったことがリンクして、ちょっと変わったフェチを持った人が出てきたら面白いな、って。

 それと、人間って、恋人同士や夫婦、家族でも、他人の部分って絶対あって、だからわかり合えないというか、ずっと平行線になってしまうこともあるな、その平行線の部分を書けたら面白いなと思ったんです。短期間でバババーッと書き上げたんですけど、ほぼ直しナシで、嬉しかった。とてつもない安産の作品、という意味で、この作品です。

――逆に一番難産だったのは?

松井:『リアルタイム・インテンション』。闇鍋がテーマの作品なんですが、最初は、寝て起きたら真っ暗で強制的に食べさせられる、みたいな話だったんですよ。それが二転三転、何度も書き直して、何人かで食べているのを生配信して炎上するって内容に落ち着きました。

――好きな作家さんとして、島本理生さんを挙げられていますが、今回、書くにあたって影響を受けた部分はありますか?

松井:島本さんの作品は、話の流れとか、物語としてスゴく好きなんですけど、読んでると、お話の中に出てくるモノを食べたくなっちゃうことが多いんです。そんな“食”が出てくる場面が特に好きなので、私の作品も、コレおいしそうだな、と感じたり、読み終わったときに、例えば『いとうちゃん』に出てくる明太子パスタを食べてみたいなって思ったりしてもらえるように書きたいな、と思いました。

 他には、『リアルタイム~』は、森見登美彦さんの作品のようなポップでテンポよく物語が転がっていく感じにしたかったんですけど、全然違う感じになってしまい…(笑)。さすが森見さんだな、と思いました。

■書けなくてパニックになったとき、絵本を読んだらリセットできました

――小説もお芝居も“出す作業”ですよね? 自分の引き出しに入れる作業は、どうやってされているんですか?

松井:日々アンテナを張って、意識的に入れるようにはしてるんですけど、ドラマの撮影と原稿の〆切が重なってしまい、何度も書き直しになったときがあったんですよ。それで「うわぁ~っ!! お芝居でも出して、書くことでも出して、私の引き出しには何もない! 入れる時間もないーっ!」とパニックになっちゃって…。

 そんなときに友達に会ったんですけど、待ち合わせが本屋さんの前だったんです。そこから別の場所に行くんだと思ってたら、本屋さんに入っていくから、なんでこんな所に…私が書くことで苦しんでるのに! ってブチギレそうになって(笑)、絵本のコーナーに連れて行かれたんです。絵本ってスグ読めるじゃないですか。だから短い時間で新しいアイデアが浮かぶかもしれないし、リフレッシュになるかもしれない、そう考えてくれてたんです。その体験によって、自分をリセットすることができて、そこからまた書き進められるようになりました。

――最後に、読者の方々にメッセージをお願いします。

松井:短編なので読みやすいと思いますし、いろんなジャンルのお話があるので、楽しんで読んでいただきたいです。それで、どれか1つでも面白いと思ってもらえたら嬉しいです。ぜひ手に取ってみてください。

取材・文=鳥居美保 撮影=片山拓