音楽は正妻、書くことは愛人!? 尾崎世界観「こういう人間もいるんだと安心してもらえたら」――連載エッセイに大量加筆『泣きたくなるほど嬉しい日々に』

文芸・カルチャー

2019/8/23

 音楽シーンにおいて圧倒的な存在感を誇るロックバンド・クリープハイプ。そのフロントマンとして作詞作曲も手がける尾崎世界観。これまでも、半自伝的小説『祐介』(文藝春秋)やエッセイ『苦汁100%』(文藝春秋)などを発表し、高い評価を得てきた彼が、また新たな試みを形にした。

『泣きたくなるほど嬉しい日々に』(尾崎世界観/KADOKAWA)は、雑誌『ダ・ヴィンチ』で1年間連載したエッセイに、大量の書き下ろし等を加えた単行本だ(装丁に使用されている写真も、尾崎さん自身が撮りためていたものだそう)。「なにが正しくて、なにが不正解か、情報があふれていて、かえって自分の判断に迷う今の世の中。自分の感覚は間違っているんじゃないかと疑問を持つ人も多いと思います。でも、僕も間違ってきた結果、こんな本を書いている。『こういう人間もいるんだな』と、安心してもらえたら嬉しいです」。そんなふうに語る尾崎さんが、今回の執筆を通して見出したこととは? お話をうかがった。

『泣きたくなるほど嬉しい日々に』(尾崎世界観/KADOKAWA)

■原稿用紙10枚のエッセイは、歯磨き粉のチューブ絞り

──『泣きたくなるほど嬉しい日々に』というエッセイは、どのような経緯で執筆されたのでしょう?

尾崎世界観(以下、尾崎) 『ダ・ヴィンチ』での連載が決まったときには、本にすることも一緒に決まっていたんです。連載時のテーマは毎回、自分で決めていました。というか、テーマを相談する暇もないくらい原稿が遅れていて……(苦笑)。一度の掲載につき原稿用紙10枚を目指していたのですが、毎回必死でしたね。「話としてはここで終わりなんだけど、あと3枚ぶん足りない」と。

 だいたいは自分の体験を書いたエッセイなので、自分にもっと経験があったらもっと書けるのでは、と思いました。「こういうのどうかな」と妄想しても、「ダメだ、自分で経験していない」と諦めることも多くて。自分の体験として書く以上、嘘はつきたくなかったんです。

 原稿用紙5枚くらいなら、自分をさらけ出すことでなんとかなる。でも、そこから先、さらけ出すものがない中で書くというのも、自分としてはおもしろかったです。残り少なくなった歯磨き粉のチューブを絞っているときのような……ちょっとだけ出てきたもので書いて、更にまたちょっとだけ出して書いて、という。そうやって絞り出そうとすると、予想外に思い出すこともありました。自分の記憶を掘り返す作業が楽しくて、書いていて勉強になりました。

──エッセイと歌詞の文章に違いはありますか?

尾崎 まず、文字の分量が違います。それから、音楽であれば、嬉しいときは笑って、悲しいときは泣いて、腹が立ったときも泣いてという子どもみたいに極端な表現も許されるんです。でもエッセイは、そこまで感情を振り切っていては書けないんですよ。それでは長い文量を読んでもらえなくなってしまうので。フラットな状態のまま物語を作り、冷静に書かなければいけない。そこは本当に大変でした。

■「なんとも言えない」をなんとか言いたい

──エッセイの中で、「なんとも言えない、その気持ちが何かを突きとめるのが仕事だ」とおっしゃっていますが、どんなふうに言葉や書くべきものを選ぶのですか?

尾崎 昔から、どうでもいいことや、気にしなければいいようなことが気になってしまうので、そういう性格なんだと思うんですけど……今、その性格には感謝していますね。「なんとも言えない」をなんとか言いたいと思って、ずっとがんばっています。

「こんなことばかり考えてしまうのは自分だけなのかな」と思うんです。でも、「自分だけなのかな」と僕が思うということは、同じように「自分だけなのかな」と思っている人がいるということ。そこに訴えかけようと決めてから、少しずつ自分の表現が伝わるようになってきたんです。

 だから、「なんとも言えない」ことを気にする自分の感覚にも感謝しているし、同じように、そう感じてる人にも感謝しています。そういう人たちが、僕のことを救ってくれるんです。ネットなんかで、「コイツの感覚はおかしい」ってバカにされて悔しいこともありますけど。

──そういう「悔しい」みたいな実感が、表現の受け手に響くものとして作品に反映されているのでは?

尾崎 それは最近、よく考えていることです。物語の主人公になるのは、意外と冴えない人が多いんですよね。とくに今の時代はそうだと思うんですけど、物語の中で、いかにも実力があって、人気もあって、幸せそうな人は、だいたい最初に居なくなるじゃないですか?

──(笑)。

尾崎 自分で「主人公感」と言っているんですけど、なにかを作るとき、「ここに『主人公感』があるか」ということは、すごく大事にしています。

──エッセイ『泣きたくなるほど嬉しい日々に』は、尾崎さんの人生の主人公である、ご自身にフォーカスされている印象でした。

尾崎 そうですね。単純に書く分量が多かったので、過去の記憶を引っ張り出してくるしかなかったという事情もあるのですが……。必死に自分の中を探っていると、嬉しいことと同時に、「こんなこと思い出さなければよかった」ということもたくさん思い出しました。忘れていたことがいっぱいあったんだと気がついたんです。そういう記憶を文章にできたことは、本当によかったですね。

 文章にすると、なにか成就したような気分になるんです。納得がいかなかったことでも、文字にして本にすることで、ちゃんとやり返せたな、終わったな、という感覚になります。

 嫌なことを覚えていたとしても、書くことによって救われている。だから、それを読むことによって救われる人がいなければいけないと思っています。

■音楽は正妻、文章を書くことは愛人!?

──今後、挑戦してみたい表現はありますか。

尾崎 僕の場合、まず音楽活動が基本で、そのカウンターに文章を書くということがあります。今、音楽を楽しくやれているのは、文章を書きはじめたからだと思うんです。だから、文章を書くことは絶対にやめたくないし、そこで認められたいという気持ちもあります。このふたつは、ずっと続けていきたいと思っていますね。言ってみれば、音楽は正妻で、文章を書くことは愛人なんです。正妻は正妻で、フラフラ遊んでいるそんな僕のことも好きだと思うし……変な三角関係なんです(笑)。

──誰が欠けてもダメだと?

尾崎 そうです。文章は、僕の音楽活動の攻略本だと思っています。音楽を聴いてもらえるだけでも十分なのですが、本を読んでもらえると、より楽しめる。僕の音楽と文章、どちらも知っていただけると嬉しいですね。

取材・文=三田ゆき 撮影=川口宗道