住所不定生活にピリオド。赤松利市が、被災地で肉体労働をしながら書き継いだ『アウターライズ』は、今の日本へのアンチテーゼ!

文芸・カルチャー

2020/3/10

 2018年、第1回大藪春彦新人賞を受賞した「藻屑蟹」で“住所不定、無職”の大型新人作家として鮮烈なデビューを飾った赤松利市さん。その後も迫力のアウトロー小説『鯖』、衝撃的私小説『ボダ子』、スカトロ純愛ファンタジー『純子』と、一作ごとに新しい世界を切り拓いてきた、活字好き最注目の作家だ。

『アウターライズ』(赤松利市/中央公論新社)

 3月9日に発売された新作『アウターライズ』(赤松利市/中央公論新社)が扱っているのは、東北地方での正断層型のアウターライズ地震の発生と、“東北独立”というセンセーショナルな題材。東北地方が〈東北国〉として独立を果たしたもうひとつの2020年代を舞台に、防災と復興、そしてこの社会のあるべき姿を読者に突きつける。

 東北の被災地で土木作業員をしている時代に構想され、長い歳月をかけて紡がれたという壮大な物語が、ついに姿を現す。議論を呼ぶこと必至の渾身作『アウターライズ』に込めた思いを、著者の赤松さんにうかがった。

被災地で肉体労働をしながら書き継いだ物語

――赤松さんが“62歳、住所不定、無職”の新人として、鮮烈なデビューを果たして約2年。今では各社から引っ張りだこの流行作家となりました。毎日相当お忙しいのでは?

赤松利市さん(以下・赤松):忙しいですね。平均して一日15時間くらいは書いています。ま、書く以外に楽しみはありませんから。デビュー作の「藻屑蟹」を書いた頃は、ホームレス同然のアルバイト生活。いつ死んでもおかしくない暮らしだった。それが今では屋根のあるところに寝られて、お腹が空いたら食べられて、作家という職業に就かせてもらっている。恵まれた境遇だと思いますよ。もうこれ以上、望むものはありません。

――先日ツイッターでは、ついに住所不定生活にピリオドを打つと宣言されていましたね。

赤松:昨年『犬』という作品で、大藪春彦賞を受賞することができました。3月にはその賞金をいただけるので、部屋を借りるお金に充てようと思っています。これまでずっと漫画喫茶で執筆していたんですけど、新型肺炎がこれだけ流行っているなかで、いつまでも漫喫で生活するのは怖いなと思ってね。

――3月9日には待望の新作『アウターライズ』(中央公論新社)が発売されました。筆が速いことで有名な赤松さんですが、これはかなり長期間にわたって執筆された作品だそうですね。

赤松:東日本大震災が発生した翌年、石巻で土木作業員をしている時代に書き始めたものです。昼間は地面を掘り返しながら文章を考えて、夜宿舎に帰ってからそれを文字起こしする。当時はパソコンを持っていなかったですし、携帯電話に文章を打ち込んで、自分宛にメールしていました。少しずつメールボックスにたまった文章が、この作品の原型なんです。

――それはハードな執筆環境ですね……。

赤松:ヘトヘトで眠りたいんですけど、憑かれたように文章を打ち込んでいました。私は今でもよく執筆途中の小説の続きを、夢に見るんです。翌日書くつもりの文章が、パソコンのモニターとして夢に出てくる。私の執筆は、文字起こしに近いんです。それは肉体労働をしながら、頭の中で文章を反芻していた癖が、今も残っているからじゃないかと思います。

――『アウターライズ』は完成までに何年かかっているのですか。

赤松:第一稿ができるまでに6年。東北での土木作業員、除染作業員、東京での風俗の呼び込みと職を転々としながら、少しずつ書き進めました。そんな作品なので、あらためて読み返してみるとあちこち粗がある。今回、中央公論新社さんが本にすると言ってくれたのをいい機会に、文章を大幅に手直ししました。

アウターライズ地震はいつ起こっても不思議じゃない

――舞台は東日本大震災の10年後。巨大なアウターライズが東北地方を襲います。あの大震災を生き延びた人々は、再び地震と津波の脅威に晒されることになり……、という衝撃的なストーリー。このアイデアはどこから生まれてきたのですか。

赤松:被災地で土木会社に勤めていた仕事柄、東北の各市町が作成した復興計画に目を通すことが多かったんですが、不思議なことにどの自治体の復興計画も似たり寄ったりの金太郎飴なんですよ。地域によって事情が異なるはずなのに、明らかにおかしい。どういうことかと思っていたら、ある人が「復興予算をもらうためです」と教えてくれた。中央の勘定科目に合わない計画は、予算を申請しても認められないというんです。そんなバカなことがあるか、と思った。

――なるほど、被災地復興のあり方に、違和感を持たれたわけですね。

赤松:せっかく災害に強い町作りができるチャンスなのに、適切な予算の使われ方がしていない。これじゃ復興ではなくて、復旧だろうと。その根底には、東日本大震災と同規模の地震はそう起きないだろうという思い込みがあるんです。それは被災地の方々にしてもそう。震災直後は「この瞬間、また津波がきたらどこに逃げよう」と考えていた人が、数年経つと「あれは1000年、500年に一度の災害だから」と口にするようになっていたんです。

――作中にも書かれていますが、東北でアウターライズ地震が起きる可能性は、実際にゼロではないそうですね。

赤松:そう。明治の三陸地震から昭和の三陸地震が起きるまで37年しか経っていないし、2004年のスマトラ沖地震の8年後には大規模な地震が発生している。いつ東北でアウターライズ地震が発生しても、おかしくはないんです。しかし私たちはつい「こんな悪いことは二度も起きないだろう」と思ってしまう。そういう風潮に警鐘を鳴らしたかった。それがこの物語を書いた、最初の動機ですね。

――物語前半にあたる「第一章 襲来」では、関西出身の土木作業員・中山欣也や、市役所の防災企画室室長・双海洋介、3・11で家族を亡くし〈復興マルシェ〉で働く浮津静子などさまざまな人の視点から、新たな巨大震災の恐怖がリアルに描かれてゆきます。

赤松:第一章は、津波の恐怖を感じてもらいたかった。ここに登場する人たちは、災害時にやってはいけないことをやっているんです。車で避難したり、津波の様子を見に行ったり。津波が迫っている中、車で逃げるのは一番やってはいけないことなんですよ。車のタイヤなんて、浮き輪みたいなものだから。

――ところが、ほどなく震災による死者が東北全体でわずか「6人」であることが判明。社会に衝撃を与えます。なぜ東北の人々は、被害を最小限に抑えることができたのか? これが物語の大きなポイントです。

赤松:作中で描かれる津波対策は、こうすれば被害をゼロに近づけられるんじゃないか、という自分なりのシミュレーション。実際、3・11でも日頃の防災訓練の結果、ひとりの死者も出さなかった岩手県洋野町のような例がありますし。一方、立派な防潮堤があっても、大勢の犠牲を出してしまった町もある。被災地の現状を目にするうちに、大切なのはハードよりも、ソフト面での防災対策じゃないか、と思うようになりましたね。

もう東北独立しかない、と言う人たち

――その後、東北地方は日本からの「独立」を宣言。3年間の鎖国状態を敷き、日本とは異なる理想社会を作りあげてゆきます。東北独立というスケールの大きなアイデアはどこから出てきたものですか。

赤松:被災地で土木作業員や除染作業員をしている頃は、理不尽な差別を受けるのは日常茶飯事でした。大手ゼネコンは安い賃金で、労働者を使い捨てる。作業中に怪我しても、救急車も乗れない。搾取されるばかりでほとんど人間扱いされていません。しかし思ったんです。大きな目で見ると、この東北全体が中央に差別され、搾取されているんじゃないか。大手資本のショッピングモールが出店してきて、地方経済を衰退させてしまう。大企業の工場では、東京とは比べものにならない低賃金で人々が働いている。「もう東北独立しかない」という切実な声を、私は当時複数の人から聞きました。ここで名前は出せませんが、地方自治体の重要なポストに就いている人たちの言葉です。

――実際に被災地で耳にした言葉だったんですね。

赤松:これまでにも東北独立を扱った小説は何作かあるんです。有名なのは井上ひさしさんの『吉里吉里人』と、西村寿行さんの『蒼茫の大地、滅ぶ』。しかしこの2作はどちらも東北独立が失敗して終わっている。それなら私は成功した例を書こう、と思ったんです。

いつしかこの国はめちゃくちゃにされている

――「第二部 開国」では、3年の鎖国を終えた東北国に、日本のマスコミが初めて足を踏み入れます。そこで彼らが目にしたのは、格差や貧困にあえぐ日本国内とはまったく異なる社会のあり方でした。

赤松:今の日本を見ていたら、誰しも「おかしいぞ」と思うやないですか。安心して働けないし、働いても安定した収入を得るのは難しい。じゃあ、おかしくない国ってどんなんやろう、と考えた結果が東北国です。私は経済の専門家ではないので、これが実現可能かどうかは分からない。しかし可能性はあると思います。東北国のベースにあるのは、ミヒャエル・エンデの国家論なんですよ。

――ほう。ミヒャエル・エンデといえば、『モモ』『はてしない物語』で知られるドイツの児童作家ですね。

赤松:ええ。あちこちで言っていますが、エンデの『モモ』は私の生涯の一冊ですから。東北国の発想は、エンデが書き記している国家や社会のあり方を、私なりにまとめて具現化したものです。

――取材を続けるジャーナリストたちは、被害者6人という奇跡に隠された秘密に、少しずつ迫ってゆきます。パニック小説としても、ユートピア小説としても、ミステリーとしても読むことができる『アウターライズ』ですが、赤松さんがこの作品で一番訴えたかったことは何ですか。

赤松:「最近の世の中はおかしくないですか?」、ということですね。コロナウイルスの対応を見ていても、日本政府のやり方はめちゃくちゃですやん。不要不急の外出を控えろ、テレワークをしろというけど、非正規雇用で働いている人はどうしたらいいんですか。消費税は上がる、そのくせ年金の支給年齢は引き上げられる。若い人たちはこれでは絶望して当たり前だと思います。東北国はこの国へのアンチテーゼ。日本はこのままでいいのか、と考えるきっかけにしてほしい。

――東北でまた東日本大震災規模の地震が起こる、というあらすじを読んで、ひょっとすると違和感を覚える読者もいるかもしれません。そういう読者に対しては、どう答えますか。

赤松:違和感を覚える方がいるのは、当然と思います。やっと復興した東北、まだ傷が癒えていない東北を舞台に、こんな小説を書いていいのか、という意見もあるでしょう。でも、私は自分の東北愛に照らして、書いてもいいと判断しました。私は関西人ですが、被災地で暮らすうちに東北人の明るくたくましい性格と、素朴な響きの東北弁が大好きになった。『アウターライズ』は決して、東北を舞台としただけの作品ではありません。私なりの東北愛の物語。それは読んでもらえれば、きっと伝わると思いますね。

取材・文=朝宮運河 撮影=下林彩子