溝口琢矢「『かがみの孤城』からは、絶対に勇気をもらえると思うんです」

あの人と本の話 and more

2020/7/7

 毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載「あの人と本の話」。今回登場してくれたのは、辻村深月さんの本屋大賞受賞作を舞台化した『かがみの孤城』でイケメンの中学1年生・リオン役を務める俳優の溝口琢矢さん。本誌で選んだ一冊は、中学生のときに読んで衝撃を受けたという米澤穂信さんの『ボトルネック』。なぜ溝口少年に『ボトルネック』が響いたのか、というお話や、ひさしぶりの舞台にかける意気込みなどを伺いました。

溝口琢矢さん
溝口琢矢
溝口琢矢さんが選んだ一冊
みぞぐち・たくや●1995年、東京都生まれ。2007年、俳優デビュー。近年の出演作にドラマ『ノーサイド・ゲーム』、『アリバイ崩し承ります』ほか。『ジョン万次郎』『宝塚BOYS』などの多数の舞台、『カリソメノカタビラ~奇説デオン・ド・ボーモン~』などミュージカルでも活躍。
スタイリング:村留利弘(Yolken) 衣装協力:ジャケット3万5000円(ADANS/Sakas PR TEL03-6447-2762)、シャツ1万4500円(CURLY&CO/Sakas PR TEL03-6447-2762)

 溝口さんにとってひさしぶりの舞台となる『かがみの孤城』。本屋大賞をはじめ数々の賞を受賞した辻村深月さんの原作小説を、脚本・演出家の成井豊さんが舞台化する大注目の作品だ。お互いへの信頼が厚い辻村さんと成井さんが最初にタッグを組んだ『スロウハイツの神様』舞台化の際の対談でも、本作についての言及がある。注目の作品に挑む溝口さんだが、原作を最初に読んだときはただ物語に夢中になったという。

「リオン役が決まってから読ませていただいたんですが、最初は一読者として、役のことは考えずに、純粋に面白く読みました。登場人物みんなに感情移入して、分かるなぁと思いながら。主人公はこころですが、ストーリーとしては、城に集う7人全員に同じくらい分厚い物語がある。夜中に、さわりだけ読んで寝ようかな、と思って読み始めたんですが、がっつり一気に読んでしまって。電子版も買って、本と電子、両方で読みました(笑)。そんなふうに夢中で読んだ作品に関われるなんて、すごく幸せです」

『かがみの孤城』は、それぞれの事情で学校に行けない、7人の中学生の少年少女たちの物語。溝口さん自身も、中学時代、学校に通ってはいたけれど、人間関係がうまくいかず、一人で過ごすことが多かった。ゆえに、物語には、深く共感したという。

「今思うと中学生のときは、とても狭い世界で起こる小さなことで、ものすごく悩んでいました。友人関係もそうですし、家族のことも。でも、当時はそれが僕の世界のすべてでした。傍から見たら小さなことでも、そのとき、その人にとって、それがどれだけ大きいことなのかが大切なんですよね。舞台では、僕がその頃感じていたひりひりした気持ちを忘れないようにしたいです。いじめとかではなくても、誰かとちょっとケンカしてしまったとか、誰だって一度は“学校に行きたくない”という気持ちを持ったことがあると思うんです。そういう気持ちを、うまく引き出せたらと思っています。下手をしたらトラウマになるテーマですが、この物語からは、絶対に勇気をもらえると思うんです。特にいま現役でひりひりしている方は」

 中高生の世界はまだ狭い。未熟な自分、家、学校がほぼ全世界で、どれほどつらくても、自力でそこから逃げることはむつかしい。何もなければ平穏だが、どこかに亀裂が生じれば、たちまち世界は絶望に染まる。溝口さんが本誌で選んだ一冊、米澤穂信さんの『ボトルネック』も、主人公で高校1年生のリョウが、家族の中に自分が存在せず、代わりに1つ年上の見知らぬ「姉」がいるパラレルワールドに迷い込み、明らかに自分よりうまく世界と折り合っている姉の姿を見て、徐々に自分自身に絶望していく物語だ。

「僕に『ボトルネック』が響くのは、ずっと小さいときから兄と比べられていたからなんです。2歳年上の兄がいて、運動神経も、モテ具合も、頭の良さも、兄は全部僕よりワンランク上の上位互換、みたいな感覚をずっと持っていて。僕から見たらかっこいいお兄ちゃんなんですが、いつも比べられていると思っていました。たとえば兄はサッカーが上手なんですが、僕もそれくらいできるよね? と思われる。兄がサッカーをしているとみんなが生き生きしているのに、僕が出るとお荷物、という感覚がすごくあって。実際は、まわりはそんなふうには思っていなかったと思うんですが、当時の僕はそう感じてしまっていた。小学生のときから仕事をしていたので、僕の逃げ道は仕事でした。それが救いになっていました。でも最近家族で集まったとき、兄が僕のことを、好きなことをやっていて自由でうらやましいと話していたらしくて、お互いにないものねだりだったんだなあと(笑)。兄には兄のしがらみやプレッシャーがあったんですよね。『かがみの孤城』で描かれるメッセージにもつながりますが、あのひりひりした時代を経て大人になったから、それに気づくことができる。本当に大人になって良かったと思いました」

 舞台『かがみの孤城』に結集するスタッフ・キャストはほぼ初対面の人ばかりだという。

「今までもいろいろやらせていただいていますが、まだまだだと思っています。僕のモットーは“楽しむこと”なので、お芝居は楽しいんです。でも、自分が楽しくても、観ている人が楽しめないなら、単なる自己満足。2018年にたくさん舞台をやらせていただいて、それを痛感しました。それからは“上手になりたい”と強く思うようになりました。今回こういう期間があって、たくさん映画を観て本を読んで、もう一回芸術に触れ直して、もう一度ちゃんと、25歳のリスタートを切りたいと思っているんです。真面目で、人の道理からは外れない、というのだけが取り柄なので、まずはしっかり自立をして、地に足をつけてお芝居に向き合いたいです。『かがみの孤城』は、ほぼ初めましての方々との出会いなので、作中のリオンと同じ気持ちで、新しい方たちとお会いできる楽しさがあって、それもすごくうれしいことです。自分も客席で観たい! と思える作品なので、“リオンをじっくり観よう”と思ってくださっている方に、観られて恥じないお芝居をしたいです」

取材・文=波多野公美 写真=干川 修

 

舞台『かがみの孤城』

舞台『かがみの孤城』

原作:辻村深月(『かがみの孤城』ポプラ社) 演出・脚本:成井 豊 出演:生駒里奈、溝口琢矢、野田裕貴(梅棒)、木津つばさ、前田航基ほか 8月28日(金)より、東京・大阪・愛知にて巡演

●いじめで不登校になったこころは、ある日、部屋の鏡に導かれた異世界の城で、似た境遇の少年少女に出会う。城に隠された「願いの鍵」を見つければ何でも望みが叶うというが──。

※写真は原作の書影です