「この対談が決まって遺書を書いたんです!」元ブルゾンちえみ・藤原史織さんと元メンヘラ女子・スイスイさんが、自分の欲求に向き合う大切さを語りつくす

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更新日:2020/8/22

すべての女子はメンヘラである
『すべての女子はメンヘラである』(スイスイ/飛鳥新社)

 元メンヘラのスイスイさんが、感情を制御するすべを覚え、夫と子をもつ100%リア充ライフを獲得するまでの経緯とノウハウを綴ったcakesの人気連載「メンヘラ・ハッピー・ホーム」が、大幅に加筆の上、新たな書き下ろしを加えて『すべての女子はメンヘラである』(飛鳥新社)という1冊の書籍に! 帯に推薦コメントを寄せたのは、スイスイさんが尊敬してやまない、元ブルゾンちえみの藤原史織さん。刊行を記念しておふたりの対談を行いました。

藤原史織 スイスイ
『すべての女子はメンヘラである』著者のスイスイさん(左)と藤原史織さん

――もともと、スイスイさんが藤原さんの大ファンで、熱いお手紙を送ったことから、帯コメントと今回の対談が実現したんですよね。

スイスイさん(以下、スイスイ) 本当にありがとうございました……! あんな長い手紙を読んでくださって。あれでも、半分くらいに削ったんですけれど。

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スイスイ

藤原史織さん(以下、藤原) 全部送ってくださってよかったのに(笑)。私、手紙って好きなんですよ。「これだけの時間を使って、私に気持ちを伝えようと思って書いてくれたんだ」っていうのが、ダイレクトに伝わってくるから。DMをいただくのももちろんうれしいですが、ファンレターをもらうのって、また違う喜びがあるんですよね。だからスイスイさんからの手紙も、想いがビシバシと伝わってきて本当にうれしかった。私でよければぜひお引き受けさせてください! っていう気持ちにもなりましたし。

スイスイ よかった……。私、この取材が決まった次の日くらいに、生まれて初めて遺書を書いたんです。こんなにも願ったことが全部叶っちゃったら、私、もう死ぬんじゃないかと思って。

藤原史織

藤原 そういう強い気持ちを向けてもらえるのって、やっぱりうれしいですよ。『すべての女子はメンヘラである』の冒頭に、「なぜ、メンヘラは常に彼氏がいるのか問題」っていうのを書かれていたじゃないですか。「彼女を救えるのは俺しかいない!」って気持ちになっちゃう男の人の気持ちも、ちょっとわかる気がする。そこまで自分を必要としてくれているんだ、って実感できるのはうれしいものだし、応えたくもなってしまう。そういうところも含めてこの本は、自分とは全然ちがう世界の話のはずなのに「なるほどなあ」とか「ああ、そういうことだったんだ」とか納得することが多くて、おもしろかったし勉強になりました。

スイスイ 藤原さんは、自分のことをメンヘラだと思ったことはないんですか?

藤原 ない……というより、「メンヘラ」というのがどういうものなのか、ちゃんと理解していなかったと思います。恋愛的にもあまり依存するほうではないから、私とはちがうタイプの人たち、という漠然とした印象だったし、読み始めた最初は「そんなふうに考えるんだ!」と驚くことのほうが多かった。

スイスイ 実は私、帯文を依頼したとき、藤原さんには一から十まで全部共感してもらえると思ってたんですよ。だから、帯文にも「別世界」と書かれているのを読んだときは、本当にびっくりしたんです。わかってもらえると思ってたのに! って。

藤原 そうなんだ(笑)。メンヘラ界でのスイスイさんがどういう立ち位置でどれくらいのレベルなのか、私にはわからないですけど、テレビの世界なら珍しがられる話ばかりだと思いますよ。司会者がみんな「へえーっ! それでそれで?」って食いつくレベル。

スイスイ そう……なのか……。

藤原 最初の、メンヘラレベルを見極めるための「重さ」10段階を説明するところなんて、めちゃくちゃ笑いました。情緒不安定で泣いてキレるなんて重さマックスだろうと思っていたのにまだ「6重」なんだ!? と。でも、そうやって常識が壊される感じを楽しんでいたら、「脱メンヘラトレーニング」のあたりから共感できることが増えていって。「悩まないためのセブンルール」の章では完全に「わかるわかる!」と同調していた。悩んでいるときの自分って、自分でももてあますくらい面倒だし、こんなに感情が乱れるなんて私どこかおかしいんだろうか、って思ってしまうこともあるけど、誰しも多かれ少なかれそういう“メンヘラ気質”をもっているのかもしれないな、と思ったらほっとしました。そんなふうに、重さが何段階であれ、読む人はみんなどこか救われた気持ちになる本じゃないかと思います。

スイスイ 「cakes」で連載していたときも「読んでいたら、自分もメンヘラだってわかった」って声がすごく多く寄せられて。藤原さんみたいに、自分とは無関係の話だと思っていたはずなのに、自分のことのように読んで、一緒に考えてくれる読者が増えていったんです。平気な顔をしていても、みんな実は内面でいろいろ苦しみながら生きているんだ、ってそこで初めて気づきました。連載を始めるまでは、メンヘラだった自分は恥ずかしいものだと思っていたし、過去を生贄にするようなつもりで書いていたけど、それが誰かのために役に立つなら、私自身、とても救われます。メンヘラって、相手が自分に何を捧げてくれたか、自分のために何を失ったかで、愛情を測るところがあるんですけど、私の内側から切り出したものが誰かの血肉になってくれるっていうことに、元メンヘラとしてはすごく幸せを感じるのかもしれません。

自分をジャッジする軸が常に“自分”の藤原さんと、すべての基準が“最強の元カレ”のスイスイさん

藤原史織 スイスイ

――スイスイさんが、メンヘラだった自分を今に生かしているように、藤原さんにも、自分ではネガティブな側面だと思っていたことをプラスに転じた経験はありますか?

藤原 むしろ、今長所だと思われていることは全部、もともと短所だったような気がします。メイクやファッションに興味をもち始めたのも、大学生時代にストレスで30キロ太ったのがきっかけなんですよ。痩せているときならジャージもおしゃれに着こなすことができたのに、太っているとただだらしないだけの人に見えてしまう。今のこの体型でシュッとして見えるにはどうしたらいいんだ!? と日々追求していくうちに、自然と自分に似合うものを見つけられるようになっていった。今、誰になんと言われようと「私にはこれが似合うんです」って堂々としていられるのは、それがすべて、時間をかけて試行錯誤した結果だから。最悪だったことが、強みに変わることもあるのだから、人生ってわからないなあと思います。

――太ってしまった自分に落ち込んだり、痩せなきゃ、と焦ったりはしなかったんですか?

藤原 もちろん、ありましたよ。それまでの私は、目標を成し遂げられないのは努力が足りないからだ、と思っていたし、太っている自分がいやなら痩せればいいじゃん、って言っちゃうタイプでしたから。でも、太ってみて初めて、頑張るだけではどうにもならないことは存在するって気づいたんです。心の問題は「1+1=2」みたいなシンプルさで解くことはできない。いきなり問題を解決しようとするんじゃなくて、自分の中にある悩みや弱さと向き合って、どうすれば解消していけるのか、時間をかけて考え続けることが大事なのかもしれない……と。今は、いやなことがあっても、何かを学びなおす機会なんだと思うようにしています。そうすると、他人にも優しくなれますしね。

藤原史織

スイスイ ……すごい。今、途中まではめちゃくちゃ頷きながら聞いていたんですけど、それでどうして人に優しくなれるのか、全然わからなかった。

藤原 あはははは!

スイスイ 藤原さんって、自分の本能にすごく忠実で、欲望を叶えようと努力しているじゃないですか。そういう人って、自分と合わない相手は切り捨てていくことが多いと思うんです。少なくとも、私はそう。でも、藤原さんは自分本位にならず、ちゃんと人にも優しくできる。そのバランスがすごいなあ、ってずっと思っていたんです。どうしてそんなことができるんですか?

藤原 いや、私も「この人とはもう無理」って見切りをつけることはありますよ。でも、なんていうんだろう……優しくするというよりは、世の中には白と黒だけじゃなくて、グレーも存在するんだってことを知って、昔よりは許容できる幅が広がった、っていうほうが近いかもしれません。

スイスイ グレーか……。確かに、私にはないですね……。あともうひとつ、私とは違うなと思ったのが、藤原さんって常に自分からの視線を意識されているんですよね。太ったとき、どうしたらシュッとして見えるだろう、というのは、自分で自分をどうとらえることができるのか、ってことじゃないですか。私は、常に元カレからの視線が軸になっていて。

――本にも登場する、20歳のときに別れた「ラスボス」さんですね。「メンヘラとしての全パフォーマンスをフルコースでぶちまけさせてもらった」相手で、脱メンヘラを決意するきっかけにもなった方。

スイスイ そう。私は未だに、元カレにどう見られるかだけが大事で。服は元カレの好みにあわせて選んでいるし、真ん中分けの髪形にすることが多いのも、元カレが好きだったから。

藤原 それは私にはない感覚ですねえ。私の尺度は全部、自己満足できるかどうかだから。人にどれだけ褒められても、自分で納得してなきゃ、全然うれしくない。

スイスイ 褒められてもうれしくない!

藤原 たとえば、キャリアウーマンのネタは、自分でも自信作だと思っていたものが評価されてうれしかったけど、その後テレビに出ていて、うまくやれていないなあ、しっくりこないなあ、と思っていたときに「おもしろいですね!」とか言われても、応援してくださる気持ちはうれしい反面、素直には喜べなかった。だからこそ、スイスイさんの実体験は、ラスボスさんへの想いも含めて、わからないことだらけでおもしろかったんだけど。まあ、巻末に突然、ラスボスさんの寄稿が登場したときは、怖かったけど……。

スイスイ 怖い!? 私、あれはみんなが感動して泣いてくれると思ったんですが。

藤原 最後まで突き抜けてるなあ、と思いました(笑)。でも、読後感としては“私と全然関係ない人が悩みを解決した話”とは思えなかったんですよね。むしろ、脱メンヘラしていく過程には頷くことが多かった。やりたいことが見えないときは、「なんとなくしている行動」を絶っていく行動ファスティングをするとか、「死ぬまでにやりたいこと100」を書きだして自分の本当の望みを見極めるとか。私の場合は日記を書いたり、ひとりで何もしない時間をつくったりするんだけど、余計なものを生活から排除して自分の根本を見つめなおす、っていう意味でやっていることは同じだから。スイスイさんがこの本で提唱している方法は、自分が何をしたいか、どうなりたいかわからなくて悩んでいる人たちを、きっと導いてくれるものだと思います。

やりたいことを見つけられないのもつらいけど、自分の欲望と目が合ってしまうのも苦しい

スイスイ

スイスイ 自分のやりたいことがわからないのもつらいけど、わかってしまうのも時には苦しくないですか? 藤原さんが、ブルゾンちえみではなく藤原史織として生きていくと決めたのを知ったとき、思い出したことがあって……。

 カンボジアのプノンペンに、町中のゴミが集められた集落があるんですが、大学4年のとき、そこに住む人たちを支援するNPO団体の取材に同行したんです。そのなかに、バイト代を貯めて年に何回も通っているという日本人の男の子がいて。なんて志が高いんだろうと思っていたら、彼は「ゴミ山なんて見なきゃよかった」と言ったんですね。「ゴミ山の存在を知らなければ、救いたいなんて思わなかったし、そのための努力もせずに済んだ。ダラダラと普通の大学生活を送ることができたのに」って。やりたいことの見つからなかった当時の私には、すごく贅沢な悩みに聞こえたけれど、今ならその気持ちがすごくわかる。自分の欲望と一度目が合ってしまうと、もう逃れられないんですよね。

 藤原さんも、そうなんじゃないかって思ったんです。ブルゾンちえみとしてそのままやっていくこともできたし、そのほうがラクなこともあったけど、一度「これじゃない」とわかってしまったら、もう後戻りはできなかったんじゃないか、って。

藤原 まさにそのとおりですね。そして確かに、やりたいことがある、というのはある面でとても苦しい。なんの我慢もせずに好き放題生きているように見えるかもしれないけれど、実現させるためには決断しなきゃいけないことや捨てなきゃいけないものがたくさんある。その結果、失敗すれば「ほらやっぱり」と馬鹿にされるし、成功すれば華々しい部分だけを見て妬まれる。

 でも、私は神の恩恵を受けてこの場所に立っているわけではないし、他の人が選んだものを捨てて、選ばなかった道を歩んできただけ。ただそれは、スイスイさんの言うとおり、目が合ってしまった欲望を無視できない性格だったから……。妥協して生きることができないから、どんなに苦しくても、誰に何を言われても、欲望を貫くために必要な選択を重ねるしかなかったんです。

スイスイ 私も一度「書きたい」と思ったら、もう書かない人生を選ぶことはできなかったし、書くために何ができるかを考えるしかなかった。今は小説を完成させたいと思っているんですけど、正直、放り投げたくなるくらい、書けなくてしんどい。でもどうしても諦めることができないんです。向いていないってわかっているのにやめられない、ってことも、ありますよね?

藤原 あります、あります。

スイスイ そういうとき、どれくらい続けますか? 私、半年くらい「向いてない……」って思い続けているんですけど。

藤原 仕事なら、契約が終わるまでとか、〇月までに成果が出なかったら、とかかな。明確なデッドラインがないんだとしたら、それをやり続けている人生と、やめて違うことを始めた人生と、どちらが自分にとって心地いいだろうってことを考えてみる。どっちのほうが後悔がないかな、って。あとは、自分で自分に問いかけますね。「やめたら、ほんの少し残っている楽しいこともなくなるんだよ? いいの?」とか「去年の今頃もいやだいやだと愚痴を言ってたよね。来年もまた同じことを言うつもり?」とか。

藤原史織 スイスイ

――ちょっとブルゾンちえみ風ですね(笑)。スイスイさんは、迷ったときに元上司を脳内に召喚して叱咤してもらうと書いていましたが、藤原さんの場合は、常にもうひとりの自分と対話している感じなんですね。

スイスイ 藤原さんは、いつか会いたい憧れの人として、ウィル・スミスを挙げているじゃないですか。ウィル・スミスにこう思われたい、みたいなのは行動の指針にはならないんですか?

藤原 それはならない……かな。ウィル・スミスにどう思われるか、じゃなくて、ウィル・スミスに胸を張って会える自分であるかどうか、が大事なんだと思います。だから脳内の自分も「そんなことでウィル・スミスに会えると思ってるの?」とケツを叩いてくる。だから、自分の声をちゃんと聞くというのも、自分をちゃんと好きでいるためというか、本当はこんなことしたくないのにとか、モヤモヤ燻ぶり続ける自分がいやだから。

スイスイ ああ、それはわかります。でも自分のやりたいことを無視しないで、叶えてあげるために向き合う覚悟をすることが、本当の意味で自分を愛することなんじゃないかな、って最近思うようになってきて。昔は、無視してたんですよ。行きたかった大学に落ちたときは「別に悔しくないし、やりたかった勉強もそこまでのことじゃなかったし」って自分を騙して平気なふりして、「本当はロサンゼルスに留学するのが夢だったんだよね」って言い始めたりしてた。でも本当はロサンゼルスになんか全然行きたくなかったし、留学している人がカッコよく見えたから真似しただけ。そうやって、なんとなく叶えられそうな妥協や人の真似を重ねているうちに、本当は自分が何をしたかったのか、どんな人になりたいのか、全然わからなくなっちゃったんです。そうなると、自分に自信をもてなくなるし、メンヘラも悪化するんですよね。

藤原 そういう人、すごく多いと思います。カンボジアの話と重なるけれど、自分の声をちゃんと聞くって、逃げ場のないことでもあるから。でもスイスイさんは、自分の声を無視する苦しさも、聞く苦しさも、どっちも知っている。そのうえで、欲望には忠実になったほうが楽しいことを教えてくれているから、多くの人の心に言葉が響くんでしょうね。

嫉妬や怒り、自分のネガティブな感情を見据えることで、本当の自分が見つかることもある

藤原史織

――藤原さんは、自分の本当の声を無視して、苦しかった経験はありますか?

藤原 私は、どちらかというと、自分の声が聞こえている――やりたいこともやりたくないこともわかっているのに、実行に移せない環境に身を置かれたとき、心や体を壊しやすくて。大学時代、30キロ太ってしまったのもそうですし、ブルゾンちえみとしての活動をやめることにしたのは、そのシグナルを感じとったから。またあのときのようなどん底に落ちるわけにはいかない! と思うことができたから、激太りをしたり病気になったりする前に、行動に移すことができた。“今の状態を続けるのはよくない”と少しでも感じとったら、次にどうするべきかがわかっていなくても、まずは“やめる”という道を選んで、自分を救い出してあげたほうがいいと思います。

スイスイ そういうときに「死ぬまでにやりたいこと100」を書きだすのは有効なんですよ。100個書くってけっこう大変で、だんだん似たようなことばかりになってくるから、余計に「自分はこういうことを望んでいるんだ」と理解しやすい。あとは、誰かに嫉妬したときも自分の欲望を知るチャンスで。

 私、「この人の本が売れませんように」とか「この人の新しい試みがどうか成功しませんように」とかすぐ祈っちゃうんですけど(笑)、その人の何に嫉妬しているのかを分析するだけで、なりたい自分が透けて見えてくるんです。「ああ、本当は私もこういう系統の本を書きたいんだな」とか「こういう成功を手に入れたいんだな」とか。だから、自分の汚い気持ちが見えたときは必ず「どうしてそう思うの?」って自分を事情聴取するようにしています。

藤原 すごくいいですね。たいていの人は、失敗や不幸を祈って終わりだと思うけど、感情って欲望の裏返しですもんね。誰かを嫌う気持ちを探ってみると、実は自分の中にあるいやな部分を相手に映し出していただけ、ってこともありますし、それがわかるだけで怒りもおさまったりする。

スイスイ 藤原さんが「またどん底に落ちるわけにはいかない!」って思ったみたいに、私も「二度とあの頃に戻りたくない!」というつらい時代があるから、どうすれば回避できるかを考えるようになったんです。だからやっぱり、メンヘラだった過去は私にとって、黒歴史じゃなくて宝。あのつらい経験があったからこそ、今があるなって思います。

藤原史織 スイスイ

――こうして、藤原さんとの対談も実現しましたし。

スイスイ そう! もう今日は、プレゼントさせていただいたサングラスもつけてくださっていて、その姿を見られただけで幸せ……。

――ピンクのクリアサングラスを、撮影前に渡されていましたね。今日の衣装にあわせたのかな? っていうくらいお似合いで、びっくりしました。

スイスイ 1カ月前にインスタのストーリーで、クリアサングラスを探してるとおっしゃっているのを見てから、藤原さんに似合うものを日々探していたんです。インスタを見る限り、かなりいろんな種類のサングラスをお持ちだから、絶対かぶらないものをと……。

藤原 まさにこういうのがほしかった! というデザインと色で、めちゃくちゃうれしかったです。これから愛用させていただきます。

スイスイ うれしい……。私、今後の人生で折に触れて藤原さんに感謝し続けると思うんですが、定期的にファンレターを送っても大丈夫ですか? 半年とか1年おきに、唐突に届くと思いますが……。

藤原 もちろんです。大歓迎!

スイスイ よかった! 今日は本当にありがとうございました!

藤原史織 スイスイ

取材・文=立花もも 撮影=島本絵梨佳
スタイリング=奥田ひろ子
衣装=ワンピース 7万6000円/Alice + Olivia/ルック 03-6439-1669、
イヤリング 4900円/smeralda/info★smeralda.jp ※★を@に変換してください、
その他 スタイリスト私物

この記事で紹介した書籍ほか

すべての女子はメンヘラである

著:
出版社:
飛鳥新社
発売日:
ISBN:
9784864107488