「この本が、読書体験の入り口になれば」2021年本屋大賞受賞『52ヘルツのクジラたち』町田そのこさんに聞く作品への思いと創作のこと【受賞後インタビュー】

文芸・カルチャー

更新日:2021/4/26

町田そのこ

 全国の書店員がいちばん売りたい本を選ぶ「2021年本屋大賞」が、4月14日(水)に決定した。全国書店員の投票を集計した結果、ノミネートされた上位10作品の中から見事大賞を受賞したのは、『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ/中央公論新社)だ。児童虐待などの重く難しいテーマを扱いつつも、生きようとする人間の力強さと、その絆に希望を見出せる本書について、著者の町田そのこさんにお話をうかがった。

(取材・文=三田ゆき 写真=山口宏之)

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ノミネートされただけで奇跡だと思っていた

──「2021年本屋大賞」受賞、おめでとうございます。

町田そのこさん(以下、町田) ありがとうございます。やっと、実感が湧いてきました。

──受賞の第一報を受け取ったときは、どんなお気持ちでしたか?

町田 外出していて、ちょうど駐車場に車を止めたときに、担当さんから電話がかかってきたんですよ。自分はノミネートされただけで奇跡だと思っていたので、「まさか」という気持ちでした。「大賞です」と聞いたときも、最初は信じられなくて……言葉の意味を理解した瞬間、涙が「ぴゅっ」て、水平に出ましたね。「すごい、ひとってこんなふうに泣けるんだ」と思いました(笑)。

──デビューのきっかけとなった「女による女のためのR-18文学賞」などを受賞されたときとは、違うお気持ちだったのでしょうか。

町田 「R-18文学賞」で大賞をいただいたときは、「作家になるチケットをもらった、それを自分がどんなふうに有効活用できるかだな」と思っていたのですが、「本屋大賞」は、実は憧れてもいなかったんですよ。「本屋大賞」は、「R-18文学賞」の選考委員である三浦しをんさんや辻村深月さん、大好きな凪良ゆうさんのような、尊敬している作家さんたちが受賞するものだと思っていたので、私にとっては遠い存在だったんです。

 受賞の知らせを受けたときは、信じられない気持ちでいっぱいだったのですが、今となっては「私がこの賞に泥を塗ってはいけない」というプレッシャーも感じています。今でこそこうして笑っていますが、受賞の連絡をいただいてから半月くらいは、ずっと胃薬を飲んでいたくらい(笑)。最近は、少しずつ開き直ってきて、「がんばるしかない」と思えるようになりました。

 そう思えるようになったのは、周囲のみなさんがよろこんでくださるからかもしれませんね。「おめでとうございます」と言っていただき、「私、おめでたいことをしたんだ。みんなに祝福されることをしたんだ」というよろこびが、じわじわと感じられるようになってきました。

「自分のつらさを吐き出せないひと」を書いた大賞受賞作

町田そのこ

──今回、「2021年本屋大賞」の受賞作となった『52ヘルツのクジラたち』の、ご執筆のきっかけを教えてください。

町田 デビュー作『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』を書くときに、海洋生物のモチーフを探していて、52ヘルツというほかのクジラが聞き取れない周波数で歌うクジラの存在を知ったのですが、「これは長編にしかならないモチーフだな」と思っていました。私はデビューしたときに、「しばらくのあいだは短編を書いて、作家としての修行をしよう。それから自分で書けると思ったときに、長編を書こう」と考えていたんです。ですから、中央公論新社の担当さんから「長編を書きませんか」というお話をいただいたとき、「このモチーフを使うときが来た!」と。

 私は、自分が子どもを産んでから、虐待問題にも関心を持っていました。虐待されている児童も“声なき声”を上げているひとたちだなと感じ、そういったテーマも52ヘルツのクジラのモチーフとつながって、スムーズに書きはじめることができたように思います。ほかにも、自分なりに「自分のつらさを吐き出せないひと」を書いたつもりです。

──『52ヘルツのクジラたち』は、町田さんにとって初めての長編作品でしたが、これまでお書きになっていた連作短編と、どちらがお好きですか、あるいは書きやすいと思われましたか。

町田 そうですね……『52ヘルツのクジラたち』はちょっとテーマが重いので、海の底を這っているような気持ちで書きました。そういう意味で、『52ヘルツのクジラたち』を書くのはしんどかったということはありますね。ただ、連作短編のほうも、決して明るいことばかりを書いているわけではないので……(笑)。

『52ヘルツのクジラたち』は、長編だからというよりも、単純に扱うテーマが重かったのと、自分なりに虐待問題に対する解決策を見つけようという目標があったので、その点でしんどかったのではないかなと。今後は、自分自身もテンションが上がる、楽しい気持ちになれる長編も書いてみたいなと思います。読んで笑える、笑って元気が出るような本がいいですね。

──お書きになるテーマは、どのように見つけていらっしゃるのですか?

町田 私の場合は、夕方のニュースなどです。家事や、いろんなことに集中している中でもハッと手を止めてテレビを見るニュースって、自分にとってすごく気になる問題なんだと思うんですよ。手が止まって思わず見てしまったときは、そのテーマをずっと気にかけていますね。『52ヘルツのクジラたち』で取り上げたいくつかのテーマも、もちろん手を止めて見て、考えてしまう問題です。

 たとえば、児童虐待のニュースを見たときに、「私だったらどう助けるだろう」「自分ならこういうときどう動くだろう」と、テレビを見ながらもやもや考えてしまう。私は、そうやってお腹の中にたまったものを物語に落とし込むことで、気持ちを整理しているのではないかと思います。書いてみて、「こういう助け方がある」とわかったときに、自分がいざそういったシーンに直面したとき、それまでより一歩でも踏み出すことができるのではないかなと。そんなふうに誰かに手を差し伸べるために、私は小説を書いているのかもしれません。

 これまでに物語にしてきたテーマも、一度書いてはみたものの、もっと深く書けるのではないかなというところもあるので、これから先も、角度を変えて、そのときの自分の筆力に合ったものを書いていきたいなと思いますね。今回の『52ヘルツのクジラたち』についても、“声なき声”を上げているひとの自分なりの助け方をひとつ導き出しはしましたが、「助け方」にはたくさんの種類があるはずです。いつかまた、別の角度から書いてみたいなと思います。

──わたしたち読み手も、町田さんがひとつの解答を示してくださるからこそ、読後に「自分ならどうするだろう?」と考えられるのだと思います。

町田 そうであれば、すごくうれしいです。書き上げたときは自分なりの答えを出せたという気持ちでいましたが、こうして反響をいただく中で、「私だったらこうする」「主人公のやり方っておかしくない?」という議論になれば、それはありがたいことだし、いいことだなと思います。私の書いた物語が、みなさんにとって、そのテーマについて考えるきっかけになるといいなと思いますね。

この本が、読書体験の入り口、読書の幅を広げるきっかけになれば

町田そのこ

──登場する人物のキャラクターは、最初から決めていらっしゃるのですか?

町田 書いている途中から、どんどん肉づけされていく感じですね。行動や台詞を書いたあとで、「どうしてこんなことを言うんだろう、どうしてこんなことをするんだろう」と考えます。そんな書き方をしているので、プロット(あらすじ)を作らないんですよ(笑)。まず一発書きで書いてみて、そのあとで「このひとの、この部分を強調するために、あのエピソードをもう少しふくらませるべきだな」と調整していく書き方をしています。

 どういうものが書きたいか、どういう人間を書きたいかということは頭の中でずっとこねくり回していて、あるときふと、「今なら書けそう!」とパソコンの前に座って書きはじめるという感じでしょうか。ですから、最初の一文が出てくるまでは、ぼーっとパソコンの場面を見ていることもありますよ。でも、その一文が出てくると、不思議と書けるんですよね。だから私は、最初の一文を書き直すことがないのだろうなと思います。

──その一文が、物語の拠りどころになっているのですね。

町田 最初の一文は、すごく大切にしていますし、こだわりがあります。最初に、「なんだこれは?」と感じる文章を書いておくことで、私自身も「私はここからどう書き進めていくんだろう?」と興味が湧きますし、読者さんも「なんだこれ?」と思ってくださったら、そのまま読み進めてくださるかなと。ときどき、「こんな最初の一文にしてしまって、ここからどう転がしていけばいいんだろう」と途方に暮れることもありますが(笑)。最初の一文は、ポロッと出てきたり、難産になったりといろいろですね。最初の一文には本当にこだわっているので、思いつくとほっとします。「これでやっと書ける!」って。

──『52ヘルツのクジラたち』をお書きになるとき、「こんなお話にしたい」という目標設定はあったのでしょうか。

町田 いえ、とくにありません。誰かひとりでもいいので、「明日もがんばろう」とか「クラスの中のひとりでいる子に『おはよう』って言ってみよう」と感じてくれたらいいなと、それくらいの軽さで、読んでくれたひとの背中を「とん」と押してあげられるものにしようとは思っていました。本人としては、そのくらいの気持ちで書いたのですが、今回はすごく大きな反響をいただいて……私のほうが、「どん!」と励まされているような感じがします(笑)。

 この本の発売に合わせてTwitterをはじめたのですが、「ひとりくらいメッセージをくれたらいいな」と思っていたところ、すごくたくさんのメッセージをいただきました。「明日もがんばります」「なにかあったら読み返します」と、私が欲しかった言葉がたくさん届くんですよ。うれしいです。

 Twitter、最初はやり方もわからないし、やりたくなかったんですけどね……。読書記録サービスの読書メーターに書き込まれている感想も、実は怖くて見られなかったんです。でも、「読書メーター オブ・ザ・イヤー2020」第1位をいただいたことで触れてみると、みなさんの感想がすごくやさしくて。「私の書いたものは間違いじゃなかったんだ」「これからも、私の書きたいものを書いていこう」と、私のほうが励まされる気持ちです。

──これから書きたいものとは、どういったことでしょう?

町田 これまでのテーマを深掘りしていくことはもちろん、母と娘の関係性のようなものも書いてみたいなと思います。私は娘を持つ母で、同時に母を持つ娘です。私と娘の親子関係と、私と母親の親子関係って、不思議とぜんぜん違うんですよ。それに私自身、子どもを産み落としたその瞬間、「いいお母さん」になれると思っていたのですが……まあ、なれないですよね(笑)。『52ヘルツのクジラたち』にも母親たちが登場しますが、そういった観点からも掘り下げて突き詰め、どこかで物語にできるといいなと思っています。

──『52ヘルツのクジラたち』は、どんなひとに読んでもらいたいと思われますか。

町田 うーん、難しいですね。「苦しんでいるひとに読んでほしい」とは、おこがましくて言えません。でも、みなさんの関心が集まる大きな賞をいただけたことですし、「ちょっとどんなものか読んでみよう」と手に取ってくださった方が、「本を読むっていいな」「ほかの本も読んでみよう」と感じられるといいなと。読書にあまりなじみがなかったひとも、「あ、本っておもしろいじゃん」と思っていただけるとうれしいです。この本が、読書体験の入り口、読書の幅を広げるきっかけになればと思います。

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