中毒性の高い楽曲を生み出す崎山蒼志が選ぶ 今年の1冊とは?

スペシャルインタビュー

更新日:2021/10/4

雑誌『ダ・ヴィンチ』の年末恒例大特集「BOOK OF THE YEAR」の投票がスタート! 今回は2021年にメジャーデビューアルバムを発売した崎山蒼志さんに、今年の1冊を伺った。

取材・文=吉田可奈 写真=キムラタカヒロ

感覚を“肖像”と書く手腕に感銘を受けました

 圧倒的な楽曲センスと、一度聴いたら忘れない歌声、そして心を貫く独特の言葉選び。そのすべてが中毒性を持つ崎山蒼志が今年一番感銘を受けた本は、第165回芥川賞を受賞した石沢麻依さんの『貝に続く場所にて』(講談社)だと話す。

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「こんなにも独特な世界観や文体の本に出会ったのは初めてだったので、本屋で冒頭を読んだ瞬間、一気に惹かれてしまいました。僕自身、歌詞を書く時も感覚的なものを大事にするので、パジャマのことを“夜の皮膚”と喩えたり、プールに入った後の帰り道の感覚や、身体に残るもの、温度などの比喩表現が、ここまで文章にできることに感動したんです。なによりも土地が持っている記憶のことを、“肖像”と言っている感覚がすごくわかるんですよ。僕も幼い頃に訪れたところや、よく通った道を久々に訪れると、当時の感覚を思い出すんです。その感覚を“肖像”と書く手腕に感銘を受けましたし、あらためて表現の可能性に気づかされました」

 この小説では、東日本大震災の記憶と、主人公が現在住んでいるドイツを軸に物語が進められる。作中、主人公は幽霊と会話をしたり、背中に歯が生えてきたりと、突拍子もない展開に見えるが、読むほどにそれらが出てきた意味を理解し、さらに夢中になってしまう。

「物語が日記的で、展開していくというよりも、点描していくような感覚なんです。ものすごく濃縮度の高い物語なので、僕自身、まだ全部を理解しきれていないと思いますし、取りこぼしていることはあると思うんです。でも、感覚ってそういうものですよね。ふと感じる匂いや色、想いなどがそのまま描かれているから、読むたびに発見があって、その時の”肖像”を感じることができるんです」

音楽には救いを、歌詞には希望を込めていきたい

 彼が“書く時は感覚を大事にする”と話す通り、歌詞には五感を刺激する抽象的な言葉も多く並ぶ。その“感覚”はどこで鍛えてきたのかと聞くと、興味深い答えが返ってきた。

「中学生の時に中村文則さんの『銃』を呼んで、衝撃を受けたんです。そこで、自分が感じていた、何にも表現しがたい感覚って、すでにいろんな作家さんが言葉にして書いていたんだなって思ったんですよね。それまでは、上手く表現できないから刹那的な単語でしか表現できていなかった言葉が、ちゃんと言語化されていくようですごく感動したんです。さらに、『銃』は、自滅していくような話だったので、日常で超えてはいけないギリギリのラインがあることを再認識しましたし、すごく考えさせられました」

 決して救いがあるとは言えない結末の『銃』。それを読んだからこそ、歌詞には最終的に光を求めるようになったのかもしれない。

「最近はとくに、コロナ禍ということもあり、暗い内容でも少し明るいことを歌おう、希望が見えるような歌詞を書こうと思うようになりました。とはいえ、過去の曲を振り返ってみても、あまり暗い曲が無いんですよね。たとえ暗い気持ちで書いていたとしても、無意識に音楽にどこか救いを見出しているようなところがあったのかもしれません。それに、僕の声質や曲の作り方ではそこまで暗くなりきれないんですよ。破壊的なものへの興味はありますが、もともと心配性なので、いざ作り始めたらいろんなことを連想しすぎて怖くなっちゃいそうな気がして…。さらに、そんな想いで作った曲をみなさんに聴かせるとなると、果たしてそれが正解なのかわからないんです。なので、しばらくはいまのスタンスで、救いを見出せるような歌詞を、音楽を歌っていきたいなと思っています」

 そんな彼がメジャーデビューを果たしたのが今年の1月。一体、どんな変化があったのだろうか。

「メジャーデビューをする前は、自分が面白いと思う音楽を、伝わりづらいまま発表してきたところもあったんですが(笑)、いまはもうちょっとまとまったもの、わかりやすさ、安定感もいれたいなと思うようになりました。それは決して、自由さを消すのではなく、より多くの人にどうやって届けるかを重視しないといけないなと思ったからなんですよね。1stアルバムの「いつかみた国」、君島大空さん、諭吉佳作/menさん、長谷川白紙さんとコラボをした2ndアルバムの「並む踊り」は、自分がやりたいことをいまやれる範囲で楽しんでいる、自由研究的なところがあるんです。それをもっと形にして、届けていこうという責任感は生まれた気がします。そのなかで、歌詞は愚直な表現も素晴らしいとは思うんですが、自分のフィルターを通して、自分が感じたもの、こと、空気感を、ルーツでもある“比喩表現”で表していきたいなと思うようにもなりました」

自分と音楽のスタンスをしっかりと理解した彼の、さらに多くの人に届くきっかけとなるであろう新曲「嘘じゃない」は、どうやって作られたのだろうか。

「この曲はTVアニメ『僕のヒーローアカデミア』EDテーマのために書き下ろしました。この“ヒロアカ”は、正義と悪について描かれてはいるんですが、その人なりの正義があるからこそ、悪役にも感情移入してしまうんです。そんななかで、主人公の出久が挫けそうになりながらも前向きに立ち向かう姿に胸を打たれましたし、出久と正反対に見える死柄木というキャラクターの境遇も、同情してしまうようなバックグラウンドがあり、出久と表裏一体にも感じたんですよね。そんな心情を想いながら、歌詞を書いていきました。アニメのために書いた曲だからこそ、“ヒロアカ”を思い出す時に、この曲も思い出してくれたら嬉しいですね」

 彼が描く歌詞には、不思議な魅力が宿る。だからこそ、彼が書いた小説にも興味を持ってしまう。

「たまにエッセイなどのお話を頂き、書くことはあったんですが、小説を書くとなるともっと僕の中に文献が必要だなと思うんです。さらに歴史などに触れるなど、もっと知識を増やしていかないといけないな、と。小説が大好きだからこそ、作家さんの書き上げる労力、才能はすごいと思います。とはいえ、いつかは書いてみたいので、そのために日々インプットを増やしていきたいですね」

「嘘じゃない」

繊細で美しいピアノイントロから始まる、ドラマティックなミディアムチューン。アニメ『僕のヒーローアカデミア』の原作を読み込み作られたというこの曲は、登場人物の心情を汲み取るような、ポジティブで諦めない勇気にあふれた言葉が並ぶ。すべての不安を吹き飛ばすようなサビの高揚感は何度聴いても力強く、気持ちがいい。リーガルリリーを迎えた「過剰/異常」のほかに、訥々と語るように歌う「季節外れ」など、魅力あふれる全7曲。

【プロフィール】

さきやま・そうし●2002年生まれのシンガーソングライター。2018年にインターネット番組の出演をきっかけに話題となり、FUJI ROCK FESTIVALやSUMMER SONICなどの大型フェスに続々と出演。テレビドラマや映画主題歌、CM楽曲などを手掛けるだけではなく、独自の言語表現で文芸界からも注目を浴びている。2021年1月にアルバム『find fuse in youth』でメジャーデビュー。9月29日には映画「かそけきサンカヨウ」主題歌となっている「幽(かそ)けき」も配信となる。

『貝に続く場所にて』

デビュー作にして、第165回芥川賞受賞作。コロナ禍が影を落とすドイツの街、ゲッティンゲン。そこに住む、9年前に東日本大震災を経験した主人公のもとに、津波で行方不明になったはずの幽霊の友人が現れる。その幽霊とのやりとりのなかで、主人公は震災の記憶に戸惑いながらも、向き合っていく。圧倒的、独創的な比喩表現でその風景や感覚を描く文章は、読むほどにその深さに引きこまれる。