“正しさ”の呪縛を描く、戦慄の青春サスペンス『あさひは失敗しない』真下みことさんインタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2021/12/1

あさひは失敗しない

著:
出版社:
講談社
発売日:

 注目のミステリー作家8名(五十嵐律人、三津田信三、潮谷験、似鳥鶏、周木律、麻耶雄嵩、東川篤哉、真下みこと)の新作を連続刊行する講談社の「さあ、どんでん返しだ。」キャンペーン。大トリを飾るのは、真下みことさんの『あさひは失敗しない』(講談社)です。「あさひは失敗しない」という母親の言葉に呪縛された女子大生・あさひの絶望と再生を、サスペンスフルに描いた青春小説の創作舞台裏について、著者の真下さんにうかがいました。

(取材・文=朝宮運河)


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あさひは失敗しない
イラスト:石江八

――真下さんのデビュー作『#柚莉愛とかくれんぼ』(講談社)は、SNSの炎上を扱ったリアルなアイドル小説として話題になりました。真下さんはこうした反響をどう受け止められていましたか。

真下みことさん(以下、真下):発売後すぐにツイッターやブログで感想を書いてくださる方がいて、「本当にデビューしたんだ」という実感が湧いてきました。作中のアイドルグループの歌詞を本の巻末に掲載したのですが、ライブアイドルに楽曲を提供されている方が曲をつけてくださったり、小説の外にも世界が広がっていったのが嬉しかったです。

――今年10月に刊行された『あさひは失敗しない』は待望の長編第2作です。プロとして発表する最初の作品ということもあり、色々ご苦労もあったのでは。

真下:『あさひは失敗しない』までに、3作くらいボツになった原稿があります。編集者さんのアドバイスを受けながらプロットを作り直して、4作目でやっと出版してもいいというものを書くことができました。前作から1年半以上空いてしまったので、早くしないと忘れられてしまうという焦りもあって、ツイッターで時々「私のことを忘れないでください」と呟いていましたね(笑)。

――『あさひは失敗しない』は、大学2年生のあさひと母親の関係を軸にした青春小説です。母と娘というテーマには、以前から関心をお持ちだったのでしょうか。

真下:そうですね。わたしが好きな小説には母と娘が題材になっている作品が多くて、自分でも挑戦してみたいと考えていました。当初編集さんには「同窓会で再会した大学生の話を書きたい」と言っていたんですが、書いているうちに同窓会の部分はどこかに行ってしまって(笑)、あさひと母親の関係性がメインになっていきました。

――第1章の冒頭で描かれるのは、外出するあさひのために母親が洋服を選んでやる、という印象的なシーン。世話焼きの母親の言動が、あさひの自主性を奪っているようです。

真下:母と娘を描く場合、どちらかを悪役にする方が物語を作りやすいと思うんですが、そういう描き方にはやや違和感があって。あさひのお母さんは過保護だけど、悪人というわけではないし、あさひにも多少ずるいところがある。善人でも悪人でもない、リアルな母と娘の姿を書きたいという思いがありました。

――母親は外出するあさひのスマホに、位置情報がリアルタイムで通知されるアプリを入れさせます。やり過ぎにも思える行動ですが、娘を心配する気持ちからきているんですね。

真下:善意から出ている行動には、こちらも喜んで受け取らなければという無言のプレッシャーがありますよね。親が子どもの位置情報を知りたがるのは、小学生だったら普通だと思うんです。でも中学生や高校生だったらどうなのか。何歳から「過保護」「やり過ぎ」になるのか、はっきりした基準がありません。だからあさひもおかしいと感じつつ、拒絶することができないんです。

――大学の友人との飲み会に参加したあさひは、慣れないノリに戸惑います。内気なあさひにモデルはいるのでしょうか。

真下:特に明確なモデルはいません。物語を考えていくうちに、ああいう人物が自然に出てきたという感じですね。「陽キャ」な人の輪に加わってしまって居心地が悪いけど、帰ると印象が悪くなるから帰れない、といった経験は、誰にでもあると思います。わたしから見て明るい人でも、きっとさらに派手なグループに加わって落ち込んだことがあると思いますし、わたしにとって居心地のいい空間でも、誰かにとってはアウェイかもしれません。あさひに100パーセント共感できる人はいなくても、随所で「自分と似ているな」と感じてもらえたらいいなと思います。

――アイドルの葛藤を描いた『#柚莉愛とかくれんぼ』といい、真下さんは“イタい青春”を描くのが本当にお上手ですね。

真下:そもそも青春ってイタいものだと思っているので、意識はしていませんでした。青春小説を書いたら、当然のこととしてイタい話になります(笑)。楽しくて明るい青春を過ごしました、と胸を張って言える人なんて、ほとんど存在しないような気がするんです。

――自分に自信がないあさひは失敗することを恐れ、母親や友人の言葉に「正解」を求め続けます。

真下:あさひは極端ですけど、自分だけで正解を判断できる人っていない気がします。多かれ少なかれ、みんなジャッジを他人に預けている。あさひが明るいキャラの子たちに惹かれるのは、世間の正解がそちらだと思っているからです。一方で、自分の好みを押しつけてくる友達の律子とも離れられない。律子は律子でひとつの正解を示してくれる存在だからです。

――そんなあさひを縛っているのが、母親がくり返し口にしてきた「あさひは失敗しない」というおまじないの言葉です。

真下:失敗しないと言い聞かされて育ったあさひは、常に正解を出すことを求められているんです。そのせいで世間の正解に依存してしまう。プロットを作っている段階でこのフレーズが頭に浮かんできて「これで1本書けるな」と思いました。あさひにとっては呪いの言葉でも、作者にとっては道しるべのようなフレーズでしたね(笑)。

――恋愛経験がないこと、処女であることを「正しくない」と感じたあさひは、飲み会で一緒になった翔太の家を訪ねます。この夜をきっかけにあさひの人生は大きく変わってしまう。彼女の内面と行動が、サスペンスフルに描かれていきます。

真下:語りの仕掛けがあった『#柚莉愛とかくれんぼ』と比べて、今回はシンプルな作りの物語になっています。ミステリー的な仕掛けを使うより、ひとりの登場人物と向き合って、内面に入り込んだ方が面白いものになるんじゃないかと思ったんです。前作ほどトリッキーな話ではないので「さあ、どんでん返しだ。」キャンペーンに入れていただくのも恐縮なんですが、結末まで読んでいただければ「そうか、こういう話だったのか」と驚いてもらえると思います。

――物語の中盤、あさひはある事件の当事者になってしまいます。真下さんは犯罪や事件を書くことに関心がおありなんでしょうか。

真下:そういうわけではないんです。でも、生きていると、事件ってつきものですよね。先日もサラリーマンの方が電車の席にスマホを置き忘れていたんです。すぐに気づいた方が声をかけたんですが、一歩間違えば「スマホを落としただけなのに」的な事件になっていたかもしれません。油断しているととんでもない目に遭うぞ、という気持ちで生きているので、広い意味での事件は書き続けると思います。

――なるほど、日々危機感を抱きながら生きているわけですね。

真下:ほとんど妄想レベルの心配なんですけど、大学で飲み会に参加しても「急性アルコール中毒で死んだらどうしよう」とか。皆さんが普通に過ごしている場でも、ひとりでスリルを感じているんですよ(笑)。免許を取るときに「かもしれない運転」をしましょうと教わって、自分が長年やってきたのは「かもしれない人生」だったのか、と気がつきました。

――ところで真下さんは、シンガーのみさきさんとのユニット「茜さす日に嘘を隠して」でも活動されていますよね。小説以外の表現ジャンルに今後進出していくご予定は?

真下:アイドルをプロデュースするのが人生の目標です。でもまずは小説をコンスタントに刊行して、「真下みことプロデュース」という形でお客さんを呼べるまでにならないといけませんね。アイドルのプロデュースはメンバーの人生を左右してしまう仕事なので、気軽にできることではありません。小説でタイプミスしてもわたしが恥をかくだけですが、アイドルのプロデュースで間違いがあったら大変なことですからね。

――そちらの活動も期待しています。『あさひは失敗しない』をこれから手にする読者に、さらに一言お願いします。

真下:あさひと自分は似ていないという方でも、必ずどこか共感できる部分があると思います。これは自分のことだと思った方は、この物語が何かから逃れる支えになるかもしれません。ぜひお手にとっていただけると嬉しいです。

――真下さんはどんな「どんでん返しミステリー」がお好きですか。

真下:我孫子武丸先生の『殺戮にいたる病』が大好きです。大学に入ってすぐくらいの時期に初めて読んだんですが、真相が分かった瞬間、放心状態になるような衝撃を受けました。それから何度も読み返しています。力を感じる文章で、再読するたびに発見がありますね。わたしが薦めるまでもない名作ですが、まだ読まれていない方はぜひ。映画だと『エスター』が好きですね。これもサイコスリラー系で、ラストにどんでん返しがある。わたしはこういう作品が好きなのかもしれません。

――『殺戮にいたる病』と『エスター』。なるほどというセレクションですね。最後に「さあ、どんでん返しだ。」キャンペーンのトップバッターをつとめた五十嵐律人さんにメッセージを。

真下:五十嵐さんは同じ2020年のデビューで、勝手に同期作家だと思っています。デビュー作の『法廷遊戯』を読んだら巻末に次作予告が載っていて、びゅんと前に進まれた気がしました。新作の『原因において自由な物語』の巻末には、次回作は連載ですと書いてあって、同期としては背中が遠いんですけど(笑)。五十嵐さんのご活躍を見ていると、わたしも頑張ろうと思えるので、いつも感謝しています。次の作品も楽しみにしております。

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