この街には「本屋が必要だ」。東京・国立市の「小鳥書房」が、街でたったひとつの書店を持続するために選んだ作戦とは

文芸・カルチャー

更新日:2022/2/1

小鳥書房

街中の書店が減少の一途をたどる中、コロナ禍やオンライン販売が影響し、さらなる衰退が進んでいる……。そんな状況下で、書店という販売スタイルを活かしつつも、新たな場所へと変化をさせて、「本を売る場所」のみにとどまらず、コミュニティの機能を活性化している書店が各地にあることをご存じだろうか。

今回は東京・国立市谷保の商店街「ダイヤ街」で営む「小鳥書房」を訪ねた。その営業スタイルは独特で、店内1階には新刊を中心とした『小鳥書房』『書肆(しょし) 海と夕焼』のふたつの書店、さらに2階には『まちライブラリー@くにたちダイヤ街』が同居する形だ。書店とまちライブラリー、つまり本を売る場所と売らない場所ということだ。こうした相反する関係に挑んだ経緯、そして書店経営が厳しい現状の中で、あえて新刊書店に取り組んだその理由とは――。

谷保の街を愛する店主・落合加依子(おちあいかよこ)さんの情熱と、開店からひた走ってきた今までのストーリーについて迫っていく。

取材・文・写真=永見薫

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たったひとりのために本を届ける――『小鳥書房』を始めた理由

JR南武線谷保駅から徒歩5分。谷保地区は、国立市内でも喧騒から離れたのどかなエリアだ。昔ながらの商店街『ダイヤ街』の角地に、一見すると不思議な本屋『小鳥書房』がある。

小鳥書房

週末ともなれば、馴染みの人から一見客まで訪れ、15坪ほどの店内は賑わう。ユニークなスタイルの営業は今でこそこうした形が確立されたが、元は店主の落合加依子(おちあいかよこ)さんがひとりで店を始めたのだった。

「不思議な形ですよね。本屋がふたつも入っているし、おまけに本を売るはずの店なのに、本を読んだり借りたりすることが目的のまちライブラリーを同居させるなんて。でも本屋の売上には不思議と影響はないんです」と微笑む落合さん。

小鳥書房

そもそも落合さんは書店を始める前、向かいの場所でシェアハウス&コミュニティスペース『コトナハウス』を先に立ち上げている。2015年のことだ。当時は会社員として出版社に勤務し、会社員と二足の草鞋で『コトナハウス』を営んでいた。

谷保の街に住む多くの人たちと関わる中で、「この街に本屋が欲しい」という声を多く聞くように。同時に、勤める出版社で自分ができることにも限界を感じていた。

そして、“だれかのために作る、そんな出版本を”と立ち上げたのが出版社兼書店の『小鳥書房』だった。

決意して立ち上げた落合さんは、出版社と書店を営む場所を探す中で、『コトナハウス』の向かいにあった『スナック萌』が閉店することを知る。

物件の空きが出る前に、萌のママから「かよちゃんにならこの場所を託したいから」と直々に声がかかる。

「あ、この場所この時。今、私は絶対に本屋をやる必要がある」

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その決意は並大抵のものではない。スナック跡地の物件を購入、事業用ローンを組み、内装工事をする。それを担うのは落合さんただひとり。書店経営の経験がない中、背負うものが大きいながらも、とにかく前を見て走ることしか考えていなかった。

「本に関わる仕事をしていたからわかっているんですけど、本屋さんって本当に儲からないんです。でも、それでもこの街の人たちに喜んでほしい、この街の人たちのことが好き。ただそれだけの想いだったんですね」

運営スタイルは、シェアハウス「コトナハウス」と連動した仕組み

「小鳥書房」の運営スタイルは何度か姿を変容させてきたが、現在は店主の落合さんとインターン生で主に店番をしている。同居する「書肆 海と夕焼」の店主である柳沼雄太(やぎぬまゆうた)さんは、会社員との書店経営の兼業で、週末のみ店頭に立っているからだ。
インターン志願者の顔ぶれは、書店の運営について学びたい人、憧れの出版業界で就職したい人、けれどその前に現実を知りたい人、人生に迷っている人、落合さんに惹かれた人など、実に様々な人が訪れる。

訪れたインターン生は向かいのシェアハウス「コトナハウス」に宿泊し、その宿泊料を小鳥書房に支払ってもらっている。こうした宿泊料が、この「小鳥書房」の財源の一部にもなっている。インターン生が店の運営に携わることで、店自体の運営がしやすくなっているのが良い点だ。

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一方インターン生は、落合さんから店の運営に始まり、出版、企画、撮影、取材など、出版編集に関わるあらゆることが学べる。

「学ぶ内容は、訪れるインターン生の状況や、インターン日数で変えています。一人ひとりに適した内容を考え、その時々で提案していますね」

この日インターンに参加していたのは近隣にある一橋大学の4年生、松本ゆい(まつもとゆい)さんだ。

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「就職活動中に自分がどんな仕事に就きたいか、分からなくなってしまって。それで就職を見送り、学生期間を1年延長することにしました。たくさん考えて、やっぱり出版業界に興味がある!と気づいたけれど、いったいどんなことをしているのか気になり・・・。それでインターンに参加してみました」

インターン業務は店番だけではなく、訪れる人とのコミュニケーション、フライヤーの制作、イベントの企画なども担当する。今日のこちらの取材も興味深そうに覗き込む松本さん。

「こうして目の前で取材を受けている姿を見ることも、彼女にとってはかけがえのない経験なのです」と落合さん。

本を売る場所に本を売らない場所が同居?まちライブラリーがオープンしたことでの変化

店を始め、店番のスタイルが定着してきた2020年初夏のこと。以前より落合さんと顔見知りだった一橋大学の名誉教授・林大樹(はやしひろき)さんが店を訪ねる。

なんでも研究室を空けるために、自身の蔵書を移してまちライブラリーを作りたいとのこと。落合さんにはなぜかそうした街の悩みごと、困りごと、相談が集まってくる。それだけ街の顔になっているのだろう。林さんの来訪も、もちろん相談のためだ。

人の良い落合さん。「じゃあうちの2階でやってみたらどうですか?」気付いたらそう口走っていた。そして2020年9月、それまでギャラリーとして使っていた2階はあっという間にまちライブラリーへと変化した。

小鳥書房

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「あ~……後先考えずに応えてしまっていたと思っていました(笑)」とその時のことを思い出しながら笑う。

しかし、「2階の家賃を毎月いただけることで、本屋の経営的はとても安定したし、1階と2階で人の交流が生まれて、それまでにない客層も増えました。結果的にはよかったです」と続ける。

当の林さんは、まちライブラリーが書店に同居することをどう思っていたのだろうか。

「書店に影響が出る、とか何も考えていなかったんですよね(笑)とにかく大量の本を処分するのは忍びないし、かといって自宅に持ち帰るのはあまりにも至難なほどの膨大な本…。大学からこんなに近所で、おまけに街の人が集う場所を借りられて本当にありがたいんです」と本音をこぼしてくれた。

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2階には蔵書スペースはもとより、交流スペースもある。書店を訪れた人、街に住む人、林さんの教え子である一橋大生など、様々な人がここで寛ぐ。大学生たちは自主的にライブラリーの運営を手伝っているそうだ。今日この日も熱心に議論する学生もいれば、林さんに相談する学生も。

単なる書店としてだけではない豊かさと書店としての財源も生まれたことは良好な風を運んでくれたと言えるだろう。

落合さん自身の転機。共に店を営む救世主が現れる

孤軍奮闘していた落合さんに、心を寄せ合う仲間が増えたのちの、2021年1月末。さらなる転機が訪れる。突然大病を患った実家の母の介護だ。

「とにかく焦っていました。もし母の介護に忙しくなって、このまま私が動けなくなったらお店はどうなるのだろう……そもそも収入も入ってこなくなる。本屋を手放した方がいいのか。ひとりでずっと悩みましたね」

その時に思い出したことは、以前「本屋をやりたい」と想いを吐露しに「小鳥書房」を訪れた「書肆 海と夕焼」の柳沼さんのことだ。

小鳥書房

「ここまでひとりで頑張ってきましたけど、そもそもこの広い空間で一つの本屋しか営業しちゃいけないなんて理由もないよなって思って。それに彼のその純粋な“本屋をやりたい“という想いが、店を始めた時の自分に重なって。彼となら一緒にやれるのではないかと思い、1階の半分を使ってもらうことにしました」

2021年4月、小鳥書房の中を店前と店奥で区切る形で、ふたつの店で営業を再び始めた。

ふたつの書店はジャンルがそれぞれ異なる。どちらも新刊、古書ともに扱うが、『書肆 海と夕焼』は文学や古典作品、『小鳥書房』は、妖怪、民俗学、人文書、絵本、自社で出版している本も置く。

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「ふたつのお店が全く違う本を扱うので、訪れるお客さんの姿も変わり、それがまた面白いんです。お互いの書店ブースを行き来して、新たな発見もしてもらえるし、変化が生まれました」と喜ぶ落合さん。

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50年続ける本屋を目指して。お店を営むには多くの人の手や知恵を借りることがあっていい

これまで落合さんは「何としてでも、ひとりでやらなくてはならない」と知らず知らず肩に力が入っていたのだろう。林さん、そして何より柳沼さんが加入したことで、相談する相手も増えた。

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「二人でお店のこと、本のことなど話しているとあっという間に3時間くらい経っているんです。それに僕は落合さんとキャラクターが全く逆のタイプ。逆だからこそお互いに補い合え、また僕自身が勉強になっていてとても楽しい」と柳沼さんは話す。

どうかその志の通り、谷保の地で50年本屋さんが続いてほしい。しかし、ひとりで店を頑張る必要はないのだ。誰かを頼っていいし、今までと同じ手段である必要もない。街に根付いているからこそ、街の人たちが皆支え、助け合い、なくてはならない場所を作り上げようとしているのだ。これほどまでに支えてくれる仲間がいる、それは落合さんのこの街が「好き」という想いが届いているからなのだろう。

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店名:小鳥書房
住所:東京都国立市富士見台1-8-15(ダイヤ街内)
連絡先:070-1500-1568
営業日:水〜土 13:00〜19:00
定休日:日・月・火
HP: https://www.kotorishobo.com/
Twitter:https://twitter.com/kotori_shobo

店名:書肆 海と夕焼
HP https://bs-sea-sunset.stores.jp/
Twitter:https://twitter.com/bs_sea_sunset_

施設名:まちライブラリー@くにたちダイヤ街
連絡先:090-9001-6957
HP  https://www.facebook.com/machi.library.kunitachi/
開館時間:水~土 13:30~18:00
定休日:日・月・火