大木亜希子「知性を持って生きれば、人は何度でも立ち上がれる」3冊目の著書で記す、小説家としての一歩

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/6

大木亜希子

 芸能界を経験した後、ライターに転身。元アイドルのその後の人生を取材したノンフィクション『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)や、自分の半生を綴った『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)で話題を呼んだ大木亜希子氏が、3冊目の書籍『シナプス』で小説家としての一歩を踏み出した。これまで歩んできた道や今後のこと、そして人生への思いについて語ってもらった。

(取材・文=川辺美希、写真=山口宏之)


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書くことで自分を表現するしか道が残されていなかった

――SDN48を卒業した後に、執筆を仕事にしようと思った理由は何だったのでしょうか。

大木:10代から大人に囲まれて仕事をしてきて、自分は喋ることがそれなりにうまい人間だと、大きな勘違いをしていたんです。でもアイドルを辞めて社会人になったときに、私は偽りの自分で生きることがストレスで、それが私と社会の軋轢になっているとわかりました。「本当の自分」ではないところで八方美人になり、偽りの自分が他者から受け入れられても、生きている実感が得られないし相手にも失礼で、何も気持ちよくないなって気付いたのは25歳で、その時点でもう、周囲に感じよくしてしまう自分のアイデンティティは変えられなくて。だから、文章で表現するしかなかったんです。

――本当の自分を表現するための方法として、書くことしか道がなかったわけですね。

大木:書くことでもうひとつの自分を表現するしか、残された道がなかったんですよね。「偽りの自分」で相手を喜ばせることを10年以上もやってきたから、今さら本当の自分がどういうものか分からないし、それ以外の道を知らなくて。あとは、失恋も関係しています。芸能事務所を退社し「普通のライター」としてセカンドキャリアを歩み始めるようになった頃、どんな自分でも受け入れてくれると思えた男性と出会いましたが、うまくいかなくなって、心が追い込まれてしまったんです。きっと私みたいに、見た目の印象と本当の自分が違って、それでも一生懸命、人にいい顔をしたり、社会的地位がある人と無理に付き合ったりしている人って、たぶん多いと思っていて。これは社会全体で起きていることだと思ったし、そういう私の経験を、書くことで伝えなければと思いました。

――本当の自分じゃないところで生きている、評価されている人たちの気持ちを代弁する方法が、文章で表現することだったんですね。

大木:おっしゃるとおりです。ただそれは、壮絶な戦いでした。最初にフリーライターとして書いた「29歳、人生に詰んだ元アイドルは『赤の他人のおっさん』と住む選択をした」というウェブ記事がバズって想像していた数千倍の反響があり何万リツイートもされて、複数の会社から出版依頼をいただいて、「私のこの感情って受け入れられるんだ」と思ったんですよね。でもその後、「こいつはアイドルとして売れなかったから、ライターとして自分の人生を切り売りしている」とか「売名行為」とか、批判もたくさん浴びました。私自身は、心を込めて文章を書いています。でも一方で、どんなに自分が気持ちを伝えても、その伝え方がうまくないと批判されてしまうんだって。「違うんだよ!」っていう葛藤で今も苦しんでますけど、私は自分がやっていることを正しいと思ってるから、これでいいんだって今は思ってます。あれから伝え方は変わっても、一貫して、幸福だと言われている人の裏側で実際にどういうことが起こってるのか、を伝えていきたいと思っているんです。

――「元アイドル」ということに対する世間のバイアスとか、いろいろなものと戦ってきたんですね。

大木:「社会と戦っている」という認識があると、私をめぐるそういう世界観が消えないから、「私に対して批判的な人も興味を持ってもらっているんだ」と解釈したりして折り合いをつけてきましたね。でも、まだ答えは見つからないです。でもそれは、まだ作家として名前が売れ切っていないからであって。ただ、それも世間的な評価が基になると考えると、いつになったら自分の心に平穏が訪れるんだろうって、ずっと思ってますね。

――大木さんは、本当の自分を伝える手段を得て、平穏がほしくて書き始めたわけですよね。でもその結果、心に葛藤が生まれてしまって。

大木:そうなんです(笑)。でもその一方で、「失恋して仕事も上手くいかず落ち込んでいたけど、大木さんの文章を読んで、明日、とりあえず会社に行こうと思えました」っていうメッセージをいただいたりすることもあって。私の文章を読んで、とりあえず一歩だけ踏み出そうって、100人、200人、300人、何千人という人に思ってもらうために、私は生まれてきたんだって思います。だから今は、心の平穏はなくても(笑)、同士に伝えられたらそれでいいと思って書いてます。

32歳、今、本当の自分が生まれたばかり

――激動のキャリアを歩まれていますが、今までの人生は大事な場面での決断の繰り返しだったのか、それとも、大きなうねりの中でここまで歩んでこられたのかいうと、どちらでしょうか?

大木:大切な場面で、一回一回、決断してきた人生でしたね。15歳で事務所に入って、19のときにそこを去ったときには、芸能界に懸けてきたから学歴もない、どうしようと思って、奨学金を借りて大学に入って。でも大学に入った時に、SDN48のオーディションに受かったんですよ。ここなら売れるだろう!と思ったけど、どうやら、私はここでも端っこの人間にしかなれないとわかって、じゃあ私、何やればいいんだろうって考えて……よく、会社員になってからも「アイドル経験しててよかったね」と言われたけど、それがあまり理解できなくて。あの頃があったから今、人生がハッピーとか言うこともあるけど、私はそうは思わないんです。以前、髭男爵の山田ルイ53世さんと対談させていただいたときに、山田ルイ53世さんは、「(あくまで自分の場合は)引きこもりの経験はただのムダだった」っておっしゃっていたんですよ。なんでみんなそれをわかってくれないのかなぁ?って。それ、すごくわかるんです。これまでの人生は決断と敗北の連続だったけど、それがあったから今の私があるとは思っていません。1回、1回途切れている感覚です。そこで培ってきた後悔や怨念、「今こんなふうに挑戦したら、今度こそ上手くいくかもしれない」という学びだけが残った感じですね(笑)。

――落ちて這い上がって、を繰り返してきたわけですね。『シナプス』の4つの物語からも大木さんの仕事観が受け取れるのですが、仕事や人生について、どういうことを描きたかったのでしょうか。

大木:ありきたりな言葉ですけど、もうダメだって思ったところからでも人は立ち上がれると伝えたかったです。もっと歯に衣着せぬ言い方をすると、「この世は本当に大変なことばかりで地獄だけど、あなたが何を選択するか次第でいくらでも立ち直れるから、知性を持ってなんとか生きていきましょう。お互いに」ということ。知性っていうのは、生きるデザイン力や、センスです。でも、私自身も含めて、理想通りにセンス良く生きられる人のほうが少なくて。自分の人生に物足りなさやコンプレックスを抱えているすべての人に、自分の選択次第でいくらでも立ち上がれる、それを私が保証するからっていう気持ちで書いてます。

――今いる場所がイヤで、抜け出したいと思っている人にもそれは響きますね。

大木:そうですね。でも私、ある人に「そんなに身を削って書いていて大丈夫?」って言われたとき、「私、特殊訓練を受けてるからな」って思ったんですよ。15歳から女優をやってきて、芸能界を見てきて。過去は今につながっていないと言いましたけど、経験してよかったことがあるとしたら、芸能界という何も自分の思いどおりにいかない特殊な場所で訓練を受けてたことが、強みになっているかもしれないです。

――厳しい場所を経験して、這い上がってきたからこそ伝えられることなんですね。

大木:人生観としてもうひとつ言わせていただくと、30歳になって初めて知ったことがあったんです。芸能界にいるときは、まわりもライバルで、ずっと本当の友達はいないと思っていたんですね。でも、30歳を前に、ある日、精神的にパニックになり駅で歩けなくなって心療内科にかかって、会社もやめたとき、10代から仲良くしている女優のふたりに喫茶店で会って、今までのことを話したんです。そうしたら「なんでそんなになるまで何も言ってくれなかったの!?」って言われて、感動したというよりも、私、びっくりしてしまって。「人に弱みを言っていいんだ」とわかって、初めて素の自分になれたんです。それまで、苦しくてもいつもニコニコしてピエロのように振る舞っていた自分は最良の戦い方をしていると思っていたけど、それは間違っていたんだなって。どんどん人に弱みもかっこ悪いところを見せていい、むしろそれが自分に必要な戦略なんだって思い知ったんです。ようやく今、32歳で、「本当の自分、こんにちは」と感じてます。

――本当の自分として今、生まれたての大木さんがいるわけですね。

大木:30代になりようやく小説家としても、ひとりの女性としても生まれたてで、これからどうなっていくんだろうって楽しみですね。これからはもう、打算的な戦略を立てたり、損得勘定で生きることもなく、自分の情熱の赴くままに生きる、それが自分の人生なんだろうなって思ってます。

大木亜希子

過去の自分を救済するために、小説で誰かを元気にしたいんだと思う

――小説家として近い将来、たとえば5年後、どういうふうに作品を発表していたいですか。

大木:私、売れたいんです。自分の名誉のためではなくて、私のような作家が売れることで、より社会に大きな影響を与えられるから、売れたいんです。作家としてのすべての努力を女性が強く生きるために注ぐから、名のある女流作家――便宜上、女流作家と言いますけど――になりたいですね。たくさんの素晴らしい作家の方がいらっしゃいますけど、私の立ち位置は元タレントでもあるし、ちょっと特殊な世界で作品を出していくんだろうとは思っています。でも、もともと世間のはじかれ者として生きてきたし、自分が伝える力を持っていさえすれば、イロモノとして見られてもいいです(笑)。

――読んだ人が報われるために大木さんは書いていらっしゃるわけですけど、じゃあ、大木さんは、何によって報われるのでしょうか。それが気になります。

大木:最近は、過去の自分を救済するために誰かを元気にしたくて、それで身を削っているような気がしています。だから、自分の幸せがどこにあるのかは、保留ですね。今は、自分のすべての力を創作に注いで、それが評価されたら嬉しいということしか考えてないです。前はずっと、漠然と幸せを探していたんですよ。いい人と結婚して、経済的にも満たされて……とか。でも、もしそれを手に入れたとしても、いい文章が書けなかったら私、一生不幸だと思うんです。自分の気持ちに折り合いをつけられるようになったら幸せなのかな。「わからない」というのが正直な気持ちです(笑)。

――『シナプス』を読んでも「わからない」ということが伝わるし、だからこそ心に響きますね。わからないからこそ、素晴らしい作品が書けるのだとも思います。

大木:ああ、嬉しいです。読んでいただいた方にそう言っていただけることが、今の私の幸せなのかなと思います。でもとりあえず、「元アイドル作家なんて、実力もないだろう」って言っている人たちを全員、『シナプス』みたいに魂を込めた作品を発信し続けて「めちゃくちゃ面白いじゃん」と認めていただけるようになるまでは、自分の幸せは後回しかなって思ってます(笑)。

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