少女と監禁犯の共同生活、指圧院で欲情…… 「家族と性愛」にまつわる文庫3選!

文芸・カルチャー

2018/8/24

 家族の話や、性にまつわる話。語ることがタブーとされている話には、どうしてあんなにも興味をそそられるのだろう。しかも、“普通”でなければないほどに知りたくなる。歪んでいるほど、おもしろい。

 さりとて興味の向くままに、人様の事情を根掘り葉掘り聞いては嫌われる。誰にも嫌われることなく、タブーについての好奇心を満たす手段。そのうちの1つが、読書だ。

 ここでは「家族と性愛」にまつわる文庫本を3つご紹介する。夏も終盤、これから訪れる“読書の秋”に、ポケットサイズの歪んだ愛や、熱狂する官能をどうぞお楽しみください。

“家族”もセックスも消えた世界で『消滅世界』村田沙耶香

『消滅世界』(村田沙耶香/河出書房新社)

 もしもセックスのない世界になったら、わたしたちはどのように生殖し、家族のかたちはどのように変化していくのだろう。その1つの答えを出しているのが、『コンビニ人間』(文藝春秋)で芥川賞を受賞した村田沙耶香さんの『消滅世界』だ。

 舞台は、恋愛と生殖が切り離された世界。夫婦間での恋愛やセックスは暴力にあたるとされているため、多くの人は夫婦関係とは別に恋人をつくっていた。

 とりわけセックスは“時代遅れの不純で不潔な生殖方法”とされ、多くの人にとって「歴史の教科書で見たことがある」程度の認識でしかなく、子どもを持ちたいと思った夫婦は体外受精で子どもを妊娠・出産するのが“普通”。

 より“進んで”いるのは実験都市に指定された千葉で、ここには「家族」というシステムはない。男性も人工子宮で子どもを妊娠・出産し、出産された子どもはセンターに預けられ、均一の愛情で育てる施策が国を挙げて進められている。

 そんな世界において、両親のセックスによって妊娠・出産された主人公の雨音。小さいころから母親に「あなたもお父さんとお母さんがそうだったように、人間と恋愛してセックスをすべき」と繰り返し説かれながら育てられた雨音だったが、雨音の初恋の相手はアニメキャラクター。キャラクターとの恋愛は推奨されていたものの、想いが高まった雨音はキャラクターと“セックス”してしまう。自分の行為を異常とは思わず、何気なく人に話すたびに周囲の人間は困惑し、雨音から離れていくのだった。

 前時代的な母との軋轢だけでなく、世間の常識にも適応できない雨音だったが、後に将来の伴侶に出会って結婚。その後、夫婦は紆余曲折を経て実験都市・千葉へと移住することに。そこで雨音が見たもの、揺れ動く感情とは――。

 30代前半までの夫婦でもおよそ30%以上がセックスレスになっているという事実や、婚外恋愛を公にする人が増え始めたこと、精子バンクを利用して子どもを妊娠・出産する人が増えていること、政府が官製婚活に注力していることなどから見ても、これはもはやSFだとは言い切れない。

 この小説で描かれているのはディストピアだが、この小説に登場する何がこの小説をディストピアたらしめているのだろうか。“前時代的”な価値観を持つ母親からの抑圧だろうか。家族にまつわる新しい価値観だろうか。国が生殖をコントロールする点においてだろうか。

『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した著者の「正常とは何か」という問いは、本作でも読者に突き付けられている。

読後にあなたは“視線”の共犯者になる『残虐記』桐野夏生

『残虐記』(桐野夏生/新潮社)

「幸せや性愛のかたちが人の数だけあっていい」などとはよく言うが、それはどこまでなら許されるのだろうと時折考えることがある。そう考えるきっかけをくれたのは、中学生のときに読んだ桐野夏生さんの『残虐記』だった。

 小説の冒頭は、この物語の主人公であり小説家の小海鳴海の夫・生方敦郎が、担当編集者にあてた手紙から始まる。生方の手紙には、小海が編集者にあてた原稿を残して失踪したこと、それから小海自身が25年前の少女誘拐事件の被害者であったという事実が書かれていた。

 出所したての犯人からの手紙を機に解き放たれた自身の記憶。事件を機に変わってしまった家族を含めた周囲の人間たちとの関係、自分に向けられる憐れみと好奇のまなざしへの戸惑いと憤り、そして、憎しみ一辺倒ではない犯人への想い。

 かつての少女自身の内面と、単なる監禁や虐待ではない誘拐犯と被害者の少女の異様な“共同生活”の風景が克明に描かれている。その語りは怖いほどに読み手の五感を刺激し、「真実」を知りたい一心で、ページをめくり続けることになる。

 しかし、これは小説の中で主人公・小海鳴海が憤っていた好奇の目で見られることや、自分について勝手な想像をされること、それ自体ではないだろうか。

『残虐記』は被害者女性による小説や、被害者女性の夫による手記で構成されるメタ的な構造になっているが、この小説に没頭して読み切った暁には、私たちもまた視線の共犯者となり、物語の一部に取り込まれているのである。

生と死とエロスをテーマにした7つの作品集『ソナチネ』小池真理子

『ソナチネ』(小池真理子/文藝春秋)

 恋愛や官能の機会は、ある日突然に平凡な日常から立ち現れる。小池真理子さんの短編集『ソナチネ』にもそうした日常の中に潜む恋愛や官能のエピソードが短編で綴られている。

 夫の死後に、憧れていた年上の男性との淡い一瞬のふれあいを描いた「鍵」、余命幾ばくもない父親を目の前にしながら、不倫相手に恋い焦がれる葛藤と内省が描かれた「木陰の家」、孫がいるような年齢の女性が指圧院で官能に目覚めてしまう「千年萬年」など、登場する人物はごく平凡な人ばかりだ。

 また、いずれの作品も死や老いが性愛と結びついているところも興味深い。

「木陰の家」で、主人公はこうも語っている。

人生のそうした非常時に、自分のそばにいない恋人、いてもらうことができない恋人が私には憎らしかった。憎らしい分だけ、恋しかった。烈しく彼を恋しく思う気持ちが、わたしを彼の暮らす家にまで駆り立てていた。そんなことができるのは、今だからなのだ。父が死にかけている、今しか、そんなことはできやしない、と私は思った。

 短編の恋愛小説でありながら、恋愛の比重と同じかそれ以上に、登場人物の置かれている状況や心情が細かく描写されている。年齢や性別を超えて、登場人物に思い入れを強めてしまうのはそのせいかもしれない。

 そこに横たわる生と死とエロスを描いた7つの作品で描かれている恋愛は、ふとした瞬間に現れ、蜃気楼のように消えていく。読み終えた後、自分にも死やエロスとの邂逅が近くあるのではないかと部屋の中を見渡してしまうのは、私だけではないだろう。

文=佐々木ののか
「家族と性愛」の文筆家。実体験に基づくエッセイのほか、オルタナティブな家族や性愛のかたちを取材している。Twitter:@sasakinonoka