ロマンチックな不倫物語が有罪になった「チャタレー事件」とは? “わいせつ文書”として摘発された4冊の禁断書の中身

文芸・カルチャー

更新日:2020/10/30

 読書の秋ですね。世の中にはさまざまな本がありますが、ちょっと尖った本を紹介します。刑法175条「わいせつ文書頒布等を禁止する罪」により摘発された5つの作品です。本の題名や出版社の名前で「~事件」と呼ばれるほど有名な作品ですが、ストーリーまでは知らない人が多いのではないでしょうか。そこで、摘発された書籍の内容を中心にご紹介します。

ロマンチックな不倫物語『チャタレー夫人の恋人』(D・H・ロレンス/光文社)

チャタレー夫人の恋人
『チャタレー夫人の恋人』(D・H・ロレンス/光文社)

 イギリスの作家ロレンスにより1928年に発表された『チャタレー夫人の恋人』。日本では伊藤整氏が翻訳し1935年に出版されました。

 物語の主人公コニーは、炭鉱の町ラグビーの名家チャタレー一族に嫁いだ20代の女性です。家政婦のようにこき使われ、夫のクリフォードは下半身不随で何もできず、女としての喜びを味わえない日々を送っていました。彼女は鬱屈とした毎日のなかで体調を崩し、夫の世話をする看護師を雇うことになります。

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 奇しくも生活に余裕が生まれたコニーは、森の散歩中に森番の男・メラーズと出会い、心を通わせます。いわゆる不倫の恋に落ちるのですが、広大な森林の中で繰り広げられる情事は美しく、まるで宗教画に出てくるアダムとイブのよう。

「子宮全体で彼を求めた」
「やがてメラーズの両手がそろそろと下がっていき、まさぐるように下着の中に入り込み、滑らかで温かい場所に到達した」

 上記のような繊細な性描写が問題視されたのか、同作は1951年に刑法175条「わいせつ文書頒布等を禁止する罪」で摘発され、有罪の判決を受けます。その結果、問題部分を伏せ字にして再版されることになりました。戦後初のわいせつ文書裁判は「チャタレー事件」と呼ばれ、後の裁判にも、大きな影響を与えます。

悪女ジュリエットの冒険活劇 禁断のサドの妄想世界『悪徳の栄え』(マルキ・ド・サド/河出書房新社)

悪徳の栄え
『悪徳の栄え』(マルキ・ド・サド/河出書房新社)

『悪徳の栄え』の作者、マルキ・ド・サドは、サディズムの語源ともいわれる鬼才です。女性を監禁暴行したり男色を楽しんだりと、パンクな性的倒錯者だったといわれています。同書は、そんな彼の趣味嗜好が詰まった一作。フランス革命真っ只中の1797~1801年に発表され、当時も問題作として扱われました。この作品が元で、彼は一生を精神病院で過ごしたとか。

 13歳でパンテモン修道院に入会した主人公の少女ジュリエットは、院長デルベーヌ夫人に性の手ほどきを受け、悪徳の気持ちよさを説かれ、悪の道に目覚めます。その後、修道院を追い出されたジュリエットは、乱交パーティー、黒魔術の生贄、巨人族の財産を強奪……荒唐無稽な出来事を経験する度に、悪女としてレベルアップしていくのです。

 登場人物はみな美男美女ですが、耽美な世界を期待してはいけません。それぞれが歪んだ自説を語り、悪事の正当性を主張します。サドの飛躍する想像力をもとに描かれており、現実味がないのでほとんどファンタジーといえます。

 もうひとつの見どころは、澁澤龍彦氏の日本語訳。

「あたし、あなたの前でお誓いします、世界中にあたしを怖がらせるような悪事はひとつもなく、あたしが喜んで犯さないような悪事はひとつもないことを」

 ジュリエットの一人称は「わたし」ではなく「あたし」に統一し、カマトトぶったお嬢様口調をしゃべらせることで、残虐でゴシックな世界観に独特な美しさを添えています。初めは彼女の残虐さに眉をひそめていた読者も、物語が進むにつれてダーク・ヒロインのジュリエットが犯す悪徳に魅了されていくはず。

 日本で出版されたのは1959年ですが、刑法175条の抵触が問われて裁判になったのは1964年。版元である現代思潮社の社長・石井恭二氏と澁澤氏が有罪になり、罰金刑を受けました。

近代日本のポルノ小説『四畳半襖の下張り』(金風山人、伝永井荷風/グーテンベルク21)

四畳半襖の下張り
『四畳半襖の下張り』(金風山人、伝永井荷風/グーテンベルク21)

『四畳半襖の下張』は、もともと戦前の1917年に雑誌『文明』に発表された作品。それから55年後の1972年に、月刊誌『面白半分』に再掲載した際に裁判に発展しました。

 物語の舞台は、語り手の金阜山人が買い取った古い家。それはかつて、待合茶屋として使われていた家でした。四畳半の和室にある襖を修理するために襖の上張りを剥がすと、細かな字が書き綴られた下張りの古紙を発見します。金風氏は文書に興味を示し、清書して内容を読み解いていくのでした。

 古紙に書かれていたのは、下張りに文を隠した男と、元遊女の妻・袖子との情事。彼女がどんな体勢をとりどんな声をあげたかまで赤裸々に綴られていました。

「元来、淫情強きは女のつね、一つよくなり出したとなったら、男のよしあし、好き嫌いにかかわらず、恥ずかしさうち忘れて無上にかじりつき、鼻息丈のようにして、もう少しだからモット、モットと泣き出すも珍しからず」

「一度気をやればしばらくはくすぐったくてならぬという女あり。また二度三度つづけさまに気をやり四度目五度目に及びし後はもう何が何だか分らず、むやみといきづめのような心持ちにて骨身のくたくたになるまで男を放さぬ女もあり」

 古典的な語りなのでわかりにくいのですが、同書が書かれた大正時代ならではの趣。女をモノのように扱い辱める男性優位な表現が鼻につきますが、近代日本の男尊女卑を如実に映していてリアルです。

「四畳半襖の下張事件」裁判の結果は有罪。同作を再掲した『面白半分』編集長の野坂昭如氏と社長の佐藤嘉尚氏は、罰金刑に処せられました。

成人マンガが初の規制対象に『蜜室』(ビューティ・ヘア/松文館)

蜜室
『蜜室』(ビューティ・ヘア/松文館)

 最後にご紹介するのは、成人向けマンガの『蜜室』。単行本が発売された2002年に刑法175条で摘発されました。コミックス初の摘発だったため「松文館事件」と呼ばれて、賛否を巻き起こしました。

 同作は、スタントマン、漫画家、美容師、自分の身体にコンプレックスをもつ女子高生などあらゆる女性が登場する短編集。さまざまな立場で交わる男女の物語です。

 なかでも、病院の一室から始まる物語「イノセント」は、シナリオが秀逸。婚約者と思しき男とまぐわう女、ふたりの情事を覗く白衣姿の男性。自分たちが覗かれていることに気づいた女性は「ぜひとも行為に参加してほしい」と白衣の男性に持ちかけます。読者の心に余韻を残すラストの描写は、まるで文学作品を読んでいるようでした。

 女性キャラはアニメチックでかわいいのですが、局部描写のリアルさがひとつの争点になりました。松文館事件の裁判では『あしたのジョー』で知られる漫画家、ちばてつや氏が証言台に立ち「マンガ文化の発展のために、時にはわいせつな表現も許容するおおらかさが必要だ」と証言し、話題になりました。最高裁まで争いましたが2007年に有罪が確定。版元である松文館の社長、同作を掲載した『姫盗人』編集長、作者は150万円の罰金刑を言い渡されました。

 本稿で紹介した作品は有罪にはなりましたが、古本などで入手することも可能。あとになって出版社と翻訳者を変えて出版されたものもあります。刺激的な読書体験をしたい夜、手に取ってみてはいかがでしょうか。

文=武馬怜子(清談社)