ほんらぶインタビュー あの人のトクベツな3冊 橋爪功さん

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2013/1/5

腹の底から熱くなって動かされる、そんな本と出会いたい

橋爪功
はしづめいさお●1941年、大阪府出身。文学座、劇団雲を経て、75年に演劇集団円の設立に参加。以後、映画・舞台・TVドラマ等、幅広い分野で活躍。森田芳光監督の『キッチン』(89)『おいしい結婚』(91)、鴻上尚史監督の『ジュリエット・ゲーム』(89)、ジェームス三木監督の『善人の条件』(89)では日本アカデミー賞優秀助演男優賞、和泉聖治監督の『お日柄もよくご愁傷さま』(96)では同主演男優賞を受賞。主な映画出演作に、『居酒屋ゆうれい』(94/渡邊孝好監督)、『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』(10/錦織良成監督)、『奇跡』(11/是枝裕和監督)などがあり、日本を代表する実力派俳優。「東京家族」では主人公・平山周吉を演じる。

「本当に舌を巻きますね、この方には。特に短編なんかは不思議なことをお書きになるし、ご本人も役者をやられますしね。いつも頭の片隅にある方なんですよ」

 唸るように、けれど声を弾ませて橋爪功さんがあげた1冊は、筒井康隆氏の『懲戒の部屋』。膨大な作品群から著者自らが選び抜いた短編集だ。特に思い入れが深いという収録作「走る取的」は、たった一度の軽口が取的(相撲取り)の逆鱗に触れたために、執拗に追われ逃げ惑う男の心理を描いた作品。

「もともとは野田(秀樹)と一緒に、「し」っていう二人芝居で演じたんですよ。それからぼく自身、去年と今年の初めに「走る取的」を朗読しましてね。朗読中は、舞台から飛び降りて客席を駆けずり回ってしまって、座ってなんていられませんでした。それを見てお客さんがぽかんとするのも面白かったですね。

筒井さんの短編にはそういう、演劇的な要素も相当あるんですよ。ハチャメチャで奇妙奇天烈。だけども、普段から自分の心に潜んでいる気味悪さや恐怖、心細さや淋しさなんかが、色んなところから匂ってくる。だからかな、登場人物の顔も、読んでいるとあちこちから見えてくるんですよね。「走る取的」も、取的から逃げ回って追い詰められていく男の小心ぶりが、自分の中にもあるような気がして、朗読していても一気呵成に終幕までなだれこめる。お客さんと一緒にその怖さを体験できるんです。

 一方で、ばかばかしいことはほんとにばかばかしくお書きになるからねえ。面白いも怖いもすべて、短い話の中に詰まっている。戯曲もお書きになっていて、それでいて役者としてもうまいっていうんだから、羨ましくなっちゃいますね。やな人ですよ、ほんと(笑)」

 2冊目にあげられたのは『執念の女帝・持統』(関裕二)。女性天皇である彼女の謎と真実に迫ったノンフィクションだ。「ご多分に漏れず、年を取ってくるとこういうのが好きになっちゃうんだよ。日本人はどこからきたかとか、歴史はどうだったかってね」と橋爪さんは笑う。

「どこの国でも、天下を獲った者が歴史を改竄するのは当たり前。都合の悪いものは焚書したりね。だから書かれることは全部想像でしかないんだけど、これがかなり緻密で根気よくお書きになっている。それがいちいち面白くて。ぼく自身、歴史ものは読んでいる方だとは思うけど、研究者じゃないから、こういう本を読んでいると楽しいし、そうなのか!と興奮もする。現実逃避にはもってこいなんですよ。そんなふうに夢中になれる、腹の底から熱くなって動かされるようなエネルギーを感じるような本っていうのはそうそうないし、そういうのに出会ったときっていうのは嬉しいですよね。
 それに、人間社会というのは、言葉にされてしまうとその後ろにある実際の歴史や感情が必ず塗り込められてしまうもの。そういうものをいつも思い出していたいなと、特にこの人の本を読むと思いますね。これは役者としても言えることで、この人物はこういう性格で、こういう思いで行動しているんだって決めつけてしまうと、裏にあるものが見えなくなってしまうから。いつも裏読みしてしまうぼくにはうってつけの本です」

 そして3冊目は、自身が主演を務めた映画『東京家族』のノベライズ小説。同作は小津安次郎監督の『東京物語』を現代版に翻案したいわゆるオマージュ作品だ。物語は、老両親が広島から上京してきたところから始まり、家族それぞれの関係と想いのすれ違い、そして優しさを描いている。

「基本的にぼくは、フィクションが好きなんでしょうね。面白いものを観たい、ということはつまり面白いものを演(や)りたいということですから。毎日、“また明日、別のシーンで別の俳優さんたちと一緒にフィクションができるんだ”という期待がずっとありました。“明日はまた未知なるところへ連れて行ってくれるな”と。
 小津監督の描いたような古き良き日本人は、現代にはどうしたって描けない。たとえば日本語そのものだって昔と今じゃ相当変形して、奥ゆかしさがなくなっている。肉体として伴ってこない言葉が増えているんですね。だけどこの映画で発せられる言葉は、あえて今風に言わずにいる。そういう細かなところが、刺身のつまのように効いてきて、描かれる人間の肉体が清々しく現われてきたような気がするんですよ。人間って厄介なもんだなあというのは通底しながら、現代の日本をうまく描いた作品だと思います」

 物語の舞台は、東日本大震災の起きたあとの東京。まさしく“今”とその“未知なる明日”を描いた作品だ。

「3.11があって一度、延期されましたからね。でもそれに関しては言葉を失うし、なんて言っていいかわからないというのが正直なところだと思うんです。なにかを言ったとたんに嘘になる可能性があるし、そういうことは山田監督はとてもたくさんお考えになったんじゃないでしょうか。だから物語でも、震災のことはとてもさりげなく、しかし確実にあったこととして描かれています。そういう痛みとか儚さとかというのは、やはりお客さんが観て、読んで、感じてほしい。それをぼくは、聞いてみたいですね」

取材・文=立花もも

 

橋爪功さんのトクベツな3冊

『懲戒の部屋』

筒井康隆/新潮社

いっさい逃げ場なしの悪夢的状況。それでも、どす黒い狂気は次から次へと襲いかかる。痴漢に間違われたサラリーマンが女権保護委員会に監禁され、男として最も恐ろしい「懲戒」を受ける表題作。たった一度の軽口で、名も知らぬ相撲力士の逆鱗に触れた男が邪悪な肉塊から逃げ惑う「走る取的」。膨大な作品群の中から身も凍る怖さの逸品を著者自ら選び抜いた傑作ホラー小説集第一弾。

『執念の女帝・持統』

関裕二/ポプラ社

持統天皇は自らの権力欲を満たすために、陰謀と血の粛清によって政敵を倒し、ヤマトのよき伝統を破壊し尽くした。なぜ、これほどの執念を持統は持ち得たのか。その生涯を追い、古代史最大の女性の謎を解き明かす。

『東京家族』

山田洋次、平松恵美子、白石まみ/講談社

老夫婦が子供たちに会いに東京にやってきた。次男の彼女に会い、母親は安心するが……。山田洋次監督50周年記念作品を完全小説化。

映画『東京家族』

監督/山田洋次
脚本/山田洋次・平松恵美子
音楽/久石譲
出演/橋爪功、吉行和子、西村雅彦、夏川結衣、中嶋朋子、林家正蔵、妻夫木聡、蒼井優 他
2013年1月19日(土)全国ロードショー

山田洋次監督50周年記念作品。半世紀のあいだ、その時代、時代の<家族>と向き合ってきた山田洋次監督が、小津安二郎監督「東京物語」をモチーフに2012年の<いまの家族>を描いた感動作。
瀬戸内海の小島で暮らす平山周吉(橋爪功)と妻のとみこ(吉行和子)は、子供たちに会うために東京へやってきた。郊外で開業医を営む長男の幸一(西村雅彦)の家に、美容院を経営する長女の滋子(中嶋朋子)、舞台美術の仕事をしている次男の昌次(妻夫木聡)も集まり、家族は久しぶりに顔を合わせる。最初は互いを思いやるが、のんびりした生活を送ってきた両親と、都会で生きる子供たちとでは生活のリズムが違いすぎて、少しずつ溝ができていく。そんな中、思いもよらない出来事が起こり―。

(C)2013「東京家族」製作委員会

 

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