大女優たちの気になる“台所事情”

芸能

更新日:2013/1/10

 ギャル曽根の『ギャル曽根流 大食いHAPPYダイエット』(ギャル曽根/マガジンハウス)が20万部を超えるヒットを記録し、12月には『小倉優子の幸せごはん』(小倉優子/講談社)が発売されるなど、ブログで人気を博すタレントたちのレシピ本が数多く出版された2012年。しかし、今年は往年の大女優たちのレシピ本も大きな話題を集めたことをご存じだろうか。

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 まず、6月に発売され、版を重ねているのが『高峰秀子のレシピ「台所のオーケストラ」より』(高橋秀子/ハースト婦人画報社)。『浮雲』、『細雪』、『カルメン故郷に帰る』といった名作に主演してきた国民的女優の高峰が、女優引退後に発表したレシピ本『台所のオーケストラ』(高橋秀子/文藝春秋)を復刻したものだ。じつはこの『台所のオーケストラ』、文庫版も含めると100万部を超える大ベストセラーなのだが、なぜか料理写真はナシの本だった。高峰が「写真でお見せするほどの料理ではないから……」と言い、あえて料理写真は添えなかったというのだ。それが今回はレシピに忠実に再現し、掲載。装いも新たに刊行されたのである。

 さて、肝心の中身はというと、それが意外にもシンプルなものが中心。大女優のレシピときけば豪勢なものを想像してしまうが、「白身魚の昆布あえ」や「グリンピースの煮物」といった素材を活かしたものが目立つ。しかも、たとえば小さな土鍋に昆布を敷き、その上に卵を落としてオーブンで焼いた「昆布卵」や、オイルサーディンを缶のまま火にかけ、酒と醤油をふり、最後に玉ねぎのみじん切りをたっぷり乗せた「あつあつサーディン」など、手軽なものも。しかし、何より味わい深いのは高峰による文章だ。「黄菊と春菊のおひたし」のページでは、映画のロケで1ヶ月滞在したという佐賀の宿で「食事のマンネリズムに呆れ果て(中略)床の間に活けてあった大輪の黄菊の花ビラをむしって茹でて喰べてしまったことがあった」と仰天エピソードを披露し、「もやしと卵白の炒めもの」のページでは、“お金儲けの神様”と呼ばれた実業家・邱永漢の夫人から“もやしのおなかを割ってひき肉をつめた料理”を教えてもらったことを紹介。「これはコックさんの雇える御身分のお話。冗談じゃないヨ」と茶目っ気たっぷりに綴っている。

 エッセイによれば、30歳で結婚するまでは家事経験が一切なかったという高峰。「折角獲得した大切な亭主のために、せめて毎日の食事を作ることと、健康管理だけはしっかりやろう」と心に決めたそう。本書の巻末には、元記者で、高峰と取材を通して出会い、深い交流の末に高峰の養女となった斎藤明美が「亡き母・高峰秀子に捧ぐ」と題して文章を寄せているのだが、斎藤は「高峰の料理は、高峰秀子という人間に似ていた」と断言。「サラリとこだわらず淡々としているが、限りなく思慮深く、記憶力に優れ、何事も徹底的に勉強してわが物にする粘り強さと努力。高峰の料理は、高峰の人柄そのものだった」と振り返っている。高峰といえば、幼少時代から子役として活躍し、家計を支えてきたことでも知られる苦労人。最良の伴侶を得て、さらには料理をおいしく食べてくれる家族に恵まれた人生は、きっとすばらしいものだったに違いない。

 一方、忘れてはいけない本が、もう1冊。9月に発売された『沢村貞子の献立日記』(高橋みどり:著、山田太一:著、笹本恒子:著、黒柳徹子:著/新潮社)だ。こちらは人気のフードスタイリスト・高橋みどりが、沢村が57歳から84歳までの27年間に渡って1日も欠かさず献立を記した日記全36冊を読み、沢村の料理と思いを紐解いた一冊。高峰同様、沢村の献立も気取らないおかずが並ぶのだが、“献立の変化を大事にしたい”と日記をつけたことからもわかるように、どれも“食べる人”への気遣いにあふれたものばかり。献立日記と向き合った高橋は、「偉ぶることなく、おしつけがましくない。愚痴も言わない。清々しい。そこには、凜として生きる女性の姿がありました」と書いている。

 食べることは生きること。そして、家族とともにする食事は、生活の核となるもの。ふたりの大女優は、ささやかながらもていねいに暮らすことの大切さを、遺したレシピを通して教えてくれる。ふたりに習って、幸福ならぬ“口福”な食卓を目指してみたくなるはずだ。