クドカンパクリ騒動で話題の『どげせん』と『謝男』 “土下座観”のちがいとは? 

マンガ・アニメ

2013/7/4

 現在『あまちゃん』で絶好調のクドカンが、思わぬトラブルに巻き込まれた。彼が脚本を務める、9月公開予定の映画『謝罪の王様』を巡って、あるマンガ家が「パクリ」だともの申したのである。そのマンガ家の名はRIN。『謝罪の王様』に先駆けて、謝罪の究極ともいえる「土下座」をテーマとした『どげせん』(日本文芸社)を世に送り出していた人物である。当のRINが「間違っていた」と早々に謝罪したことであっけなく騒動は幕を閉じたものの、じつは以前にも『どげせん』は、土下座を巡って物議をかもしていたのである。

 簡単にその内容を説明しよう。『どげせん』にはRINと企画・全面協力として『グラップラー刃牙』シリーズで有名な板垣恵介というふたりのマンガ家が携わっていた。このふたりが、「土下座観の違い」から袂を分かち、RINは掲載誌を変え、単独で『どげせんR』(少年画報社)を、板垣は『謝男』(日本文芸社)の連載をはじめることになったのである。これにマンガ界は一時騒然となったのだ。そして多くの人が、「土下座観」の違いってなに? という思いを抱いたのである。そこで今回は、『どげせん』と『謝男』、それぞれの作品でみられる「土下座観」を比較し、その違いを探っていきたいと思う。

 まずは『どげせん』から。主人公は樫宮高校の教師、瀬戸発。彼の最大の特徴、それは、ふりかかる問題を「土下座」で解決していくということ。謝罪から懇願まで、ときには自分の意志を貫きとおすための武器として「土下座」を使うこともある。ひとつエピソードをあげてみよう。ある食堂に入った瀬戸。いろいろなメニューがならぶなか、瀬戸はメニューにはない「カレーラーメン」を作ってくれと注文する。ところが、食堂の店主はガンコ親父として有名なガンコ者。メニューにないものは決して作らない人物なのだ。

 「作ってくれ」「ダメ」の応酬が繰り広げられた結果、瀬戸のとった行動、それは……。そう、土下座。しかもただの「土下座」ではない。なぜか、下着も脱いだ丸裸で土下座をするのである。これには、さすがのガンコ店主も唖然。ちなみに多くの読者も唖然としただろう。店主はもはや断る術もなく、瀬戸の注文どおり、カレーラーメンを作ってしまうのだ。本来、謝る行為である土下座を、己の意を貫き通すために使ったのである。

 では『謝男』のほうはどうだろうか。こちらも主人公は、高校の教師、拝一穴。彼が治ヶ浦高校に赴任してきたことから物語ははじまる。拝は全校生徒を前にした赴任の挨拶で、言葉もそこそこに土下座する。そしてその後は、日本国旗に向かって、生徒全員の将来が幸多きものであるように祈願の意を込めて土下座するのだ。これには、生徒全員が驚きを隠せないどころか、どんな超常現象が起きたのかわからないが、拝につられるように、そしてまるで土下座をするかのように前のめりに倒れたのである。恐るべし土下座パワーといったところだろうか。その後も彼は、不登校児、毎日遅刻する生徒、いたずら好きの生徒などへ、ときには祈りのため、ときには懇願のため、土下座を繰り出しまくる。拝の場合、名は体を表すというが、基本的に「祈り」のために土下座をすることが多い。『謝男』と書いて「シャーマン」と読むとおり、土下座を祈りとして使う拝はまさに祈祷師である。

 いうなれば、瀬戸の土下座は「攻め」、拝の土下座は「守り」といったところか。土下座という最高の素材を使った矛と盾、まさに「矛盾」である。この違いの大きさはいうまでもない。それぞれで、こんなにも違った「土下座観」を持っていたのなら、RINと板垣が決別するのもうなずける。土下座がここまで多様だったとは、クドカン脚本の『謝罪の王様』でもどんな「土下座観」が見られるか今から楽しみだ。

 それにしても、自分が先に怒っておきながら、相手の反応も待たずに速攻で自ら謝罪したRIN。まさに「攻め」の謝罪を実践したといえる。そのとき、RINはキーボードを打ちながら、土下座していたかもしれない。自らの土下座観を作品のみならず、現実生活でも貫いたとは、マンガ界の伝説となった…かもしれない。