妖マンガの決定版!妖魔と青年・律の出会いの物語

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更新日:2013/10/16

作家&マンガ家が語る
おすすめエピソードはこれ!

出版界にも『百鬼夜行抄』のファンは多い。超豪華な作家&マンガ家陣が、選りすぐりのお気に入りエピソードを教えてくれた。

萩尾望都お気に入りエピソード

萩尾望都さんが選んだ
お気に入りエピソード
第1話「闇からの呼び声」(単行本1巻所収)

あらすじ●飯嶋家に律のいとこ・司がやってきた。美しい女性だが、陰気で体調もすぐれない。実は首から背中に痣が広がり痛むという。律は、司の体に妖魔が棲みついていると気付き……。

 今市子の絵、線は実にきれいだ。絵と線は、しなやかだ。やさしい、清らかさがある。主人公・飯嶋律の目には、この世ならぬ世界と妖怪が映る。瓦葺きと畳の古い日本家屋には、律とのんびりやの母親、父親に化けている、護法神の青嵐が住んでいる。庭の桜の木には、家来となった尾黒と尾白。通夜や、ひな祭り。季節行事の慣習。そこにふと、果たせなかった思いや、待ち続けた念が、立ち現われる。宵闇の道の中に迷い込む、いとこの司。行方不明の伯父。過去の時間と現在が交錯する。花は咲き散り、約束の人は訪ね来て、妖しくも美しい幻想世界の物語が、繰り広げられる。軽妙な会話。ほっとするユーモア感。なんだか、和三盆の和菓子のような、甘やかな品の良さ。さらりとした風の感触。いつ読んでも味わいのある、そんな作品だ。

はぎお・もと●福岡県出身。1969年デビュー。75年『ポーの一族』と『11人いる!』で小学館漫画賞を、97年『残酷な神が支配する』で手塚治虫文化賞マンガ優秀賞を受賞。2012年には少女マンガ家としては初の紫綬褒章を受章した。

三浦しをんお気に入りエピソード

三浦しをんさんが選んだ
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第22話「鬼の居処」(単行本6巻所収)

あらすじ●蝸牛は幼い頃、両親を亡くし叔父に引き取られた。実子の武志とともに学生になった蝸牛。友達と近くの古塚に行ってから、周囲に異変が起き始める。彼は、叔父一家は自分が守ると誓い!?

 飯嶋律の祖父・蝸牛の若かりしころの話。青嵐との出会いを知ることもできる。輝きと痛みと切なさに満ちた青春物語としても秀逸で、『百鬼夜行抄』が宿す魅力と引力を味わえる一編だ。
『百鬼夜行抄』のなかには、「怪談」として相当怖い話も多々ある。しかし、幽霊が出現したり奇妙な出来事が起こったりするから怖いのではない。ひとの心が生みだす機微や亀裂が描かれるから、本来なら「単に紙に描かれた現象(=漫画)」であったはずの怪異が、真に迫った「恐怖」として読者に感受されるのである。
「鬼の居処」において、若き蝸牛が感じている孤独や嫉妬がさりげなく、しかし深く描写されるとき、私たちはすでに物語に取りこまれている。蝸牛が抱く罪の意識、自由で気高い魂への憧れは、この世ならざるものを見る力がない多くの読者にとっても、たぶん覚えのある気持ちだろう。それゆえ、この話に満ちる恐怖やさびしさや残酷さや輝きがいや増し、私たちの胸を揺さぶってくる。
 魅力的な登場人物たちの心理が巧みに描かれているからこそ、恐怖も、ユーモアも、さびしさもぬくもりも生まれる。『百鬼夜行抄』は私にとって、夕暮れどきに窓辺で読みたい作品だ。自分の心の奥底に渦巻くものと、窓の向こうから押し寄せる異界の気配とを感じながら。

みうら・しをん●東京都出身。2000年デビュー。06年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、12年『舟を編む』で本屋大賞を受賞。他の代表作は『風が強く吹いている』「神去」シリーズなど。最新作『政と源』が発売中。

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夢枕獏お気に入りエピソード

夢枕獏さんが選んだ
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第80話「赤将軍到来」(単行本19巻所収)

あらすじ●尾白と尾黒は、とある大木に棲む妖魔から、明後日200年ぶりに赤将軍様がお通りになると聞く。同じ頃、その木のある家の嫁が飯嶋家を訪れていた。義母の様子が変だと言い……。

 今市子さんの『百鬼夜行抄』が、ついに百編になるのだという。これは凄い。ただの百編ではないからである。『百鬼夜行抄』の短編は、いずれも水準が高く、これほどたくさんの作品を、作品の質を落とさずに描くというのが、どれほどたいへんなことか。
 そのうちから一編を選んで書くというのがこの稿のテーマなのだが、選ぶ作業だけでも、あれもこれも入れたくなって、心が千々に乱れてしまうのである。その中で、今回は、あえて「赤将軍到来」をぼくの選ぶ一編としたい。
「赤い将軍様がお通りになる」
 まず、この台詞がいい。
 この赤い将軍とは何か。何者なのか。このことで物語をひっぱってゆき、そして、天から降りてきたのが、巨大なる足——この圧倒的なイメージを持ったコマにやられてしまって、今回の一編をこの作品としたのである。このコマのシーンを見るだけでも、心があちらへさらわれてしまうのである。
 今市子、いまだ枯れず。
 その才、おそるべし。

ゆめまくら・ばく●神奈川県出身。代表作に『大江戸釣客伝』『神々の山嶺』など。吉川英治文学賞や日本SF大賞をはじめ受賞歴多数。マンガに造詣が深く、『陰陽師』『餓狼伝』などマンガ化された作品も多い。