不安障害、摂食障害…小島慶子が“しんどい親”との壮絶過去を告白

芸能

公開日:2014/3/19

 テレビやラジオでの歯に衣着せぬ発言で人気のタレント・小島慶子。一方で、33歳で第2子を出産した直後に不安障害と診断され、その原因のひとつに、実母との複雑な関係があったことを告白している。これまで、雑誌の連載やエッセイなどで断片的にしか語られてこなかった家族との関係だが、2月15日に発売した『解縛 しんどい親から自由になる』(新潮社)では、幼いころからささやかれていた母からの呪いと、互いが幸せでいられるための距離感を手に入れるまでの一部始終が描かれている。

 商社マンとしてさまざまな国へ赴任する父と、専業主婦の母のもとに生まれた小島。女優にスカウトされたこともあるという「バタ臭い顔をした自意識過剰」の母に、幼いころから「一部上場企業に勤める男性と結婚することこそが女性のとっての幸せ」と繰り返し聞かされ、他人の目ばかり気にしながら子どもの人生を決める母に、次第に「憑依」されていると感じるように。中学受験で「伝統校」に合格し、東京郊外の新興住宅地から1時間半をかけて通学する「似非お嬢様」と自覚する小島と、友人の話をすると在校者名簿で住所や父親の勤め先・役職まで調べ上げる母との溝は深まる。

 どれだけ言い争いをしても、母の料理を食べなければ生きていけないという矛盾にぶち当たった小島は、食事の量を減らしたり、口に入れたものを戻したりと、15歳のころから摂食障害に。自宅の下水管を詰まらせ、修理が必要になった時には、「いくらかかったと思っているの?」「トイレもいつも汚すから臭うし、やめてちょうだい」と、心身の心配をされることなく、嫌悪感をあらわにされたという。

 小島がアナウンサーになってからも母からの干渉は強く、「人生初の生中継が電波の障害で途切れると、誰があなたに意地悪をしたのかと尋ね」「くたくたになって帰宅すると、留守電が点滅していたり、ファクスから一反木綿のように長々と吐き出された感熱紙に、癖の強い母の字がくどくどしく綴られている」といった有様。

 そんな小島と母親の関係に大きな変化が訪れたのは、小島の出産・子育てが契機となる。子育ての難しさに直面し、子どもは思い通りにならない存在であり、自分の分身ではなく他者であると認めたときに、自分の人生に憑依し続けてきた母親への怒りを初めて認めたという。カウンセリングを通じて、自分の感情を整理した小島が出した結論は、家族を手放すこと。

「一度家族を諦めれば、名前をもった一人の女として母を捉え直すことが出来ました。すると見えてきたのは、娘を支配し憑依する母親ではなくて、不安げに辺りをうかがう、孤独な少女だったのです」

 幼いころに病気になり寝たきりだったゆえに自分の世界から出られなくなってしまった母、人との距離の取り方がわからずに的外れなことをやってしまう母、アナウンサーとしてテレビに出ている娘を「あったかもしれないもう一つの自分の人生」に重ねる母の姿を認めたとき、相手に自分の考えを認めさせるのではなく、自分の幸せが壊されない程度の距離感で付き合うという策を見いだせたという。

 一番近くにいる存在だからこそ、多くのものを期待したり、「ありのままの自分を認めてほしい」と求めたりしてしまう家族。他人に同じことをすれば関係性はすぐに破たんするのに、家族は日々生活を共にしているゆえに、ゆがみ始めた関係に気付きにくい。家族との時間がしんどい、居場所がないと感じた時は、「家族」「親」「子ども」という枠組みを外して、個人としての彼/彼女を見つめてみてはいかがだろうか。その客観的な視点こそが、自分と家族を救う手立てになるはずだ。