セルフパブリッシング作家に打撃? Amazon Kindleストアで希望小売価格99円が設定できなくなったワケ

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更新日:2014/4/8

マンガ家・鈴木みそ氏公式ブログ「Amazonでマンガを100円で出せなくなる?」より(4月3日付)

 マンガ家の鈴木みそさんが4月3日に、公式ブログで「Amazonでマンガを100円で出せなくなる?」という記事を公開しています。鈴木みそさんは、出版社を通さず自分で直接配信手続きなどを行うAmazonの「Kindleダイレクト・パブリッシング(通称、KDP)」を活用し、『限界集落(ギリギリ)温泉』がヒットしたことにより2013年にはトータルで1000万円の収益を稼ぎ出した作家です。その鈴木みそさんが、記事中で「Amazonさんなんとかなりませんか」と懇願するような事態になっています。いったい何が起こっているのでしょうか?

 KDPで設定できる希望小売価格は、「ファイルサイズ」と「ロイヤリティオプション」によって最低小売価格と最高小売価格の条件が変わります(Amazon.co.jp ヘルプ:希望小売価格の要件)。マンガ、写真集、絵本など、コンテンツが画像で構成されている場合、文章に比べるとどうしてもファイルサイズが大きくなってしまいます。しかし、KDPの希望小売価格の要件では、3MBを超えるコンテンツは200円未満で販売できません。

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 ところが、鈴木みそさんは『限界集落(ギリギリ)温泉』を、紙の本が693円なのに対し電子書籍の1巻のみを100円に設定し、大成功を収めています(参考:【第3回】「セルフパブリッシング」って儲かるの?――『限界集落(ギリギリ)温泉』の著者・鈴木みそさんに聞いてみた!)。『限界集落(ギリギリ)温泉』第1巻のファイルサイズは約30MBなので、本来の要件では100円にできないはずです。

 実はここに、裏技的に使えるテクニックが存在していました。まず、KDPへ作品を登録する際に、「70%のロイヤリティオプション」を選択します。すると、本来の要件では最低小売価格は250円ですが、システム上ではなぜか99円まで設定できる(ただし、ロイヤリティは35%が適用される)ようになっていたのです。これはKindleストアが日本でオープンした当初から存在していた「裏技」で、鈴木みそさんを始めとする多くの個人出版作家が利用してきました。

 ところがこの「裏技」が、数日前から突然利用できなくなりました。本来の要件通りといえばそれまでなのですが、Kindleストアオープンから1年半ものあいだ活用されてきた「裏技」だけに、かなり困っている個人作家が多いようです。というのは、「値段を下げる」ことで注目を集め、結果として定価のまま販売しているより売上が伸びるという販促活動のために、この「裏技」が利用されてきた経緯があるからです。

 これはどういうことなのか、アマゾン・ジャパンの広報へ事実確認をしてみましたが、現時点では回答を得られていません。サポートへ問い合わせた方によると、200円未満に設定可能だったのはバグだったそうです。現時点で200円未満に設定できているコンテンツも、本来の要件に沿って希望小売価格を修正して下さいとお願いされたそうです。つまり、いまはまだ99円で販売されているコンテンツであっても、今後は200円に値上げしなければならないということになります。

 Kindleストアでは、KDPの作品であろうが、大手出版社の作品であろうが、見た目は区別されず同じ土俵で販売されています。しかし、KDPを利用する場合、いままでのやり方では3MBを超えるコンテンツは200円未満の希望小売価格が設定できなくなってしまいました。大手出版社経由で販売されている電子書籍は頻繁にセールが行われ、期間限定で50%オフや70%オフ、99円や無料で配信される場合もあります。つまり、KDPの作品が、大手出版社のセールに埋没してしまう可能性が高くなってしまうのです。

 では、ファイルサイズを3MB未満に抑えればいいのでしょうか? 鈴木みそさんの『限界集落(ギリギリ)温泉』第1巻は、約200ページで約30MBです。ファイルサイズを3MB未満に抑えようと思ったら、画質を落とした上で20ページくらいにするしかありません。しかし、分冊したら巻数が10倍になってしまうため、合計すると今までの10倍の価格になってしまい、本末転倒です。

 もっとも、KDPには「70%のロイヤリティオプション」だけで利用可能な、販売促進機能があります。「無料キャンペーン」と、割引キャンペーンの「Kindle Countdown Deals」です。普段は最低小売価格の250円だとしても、期間限定でキャンペーンすることは可能です。ただし、「70%のロイヤリティオプション」を設定するには、Kindleストアで独占販売する必要があります。また、「Kindle Countdown Deals」は、残念ながら日本ではまだ利用できない機能です。「裏技」が使えなくなるのと同時に、「Kindle Countdown Deals」が使えるようになったのであれば、個人作家もそれほど困らずに済んだかもしれません。

 また、3MB以上のコンテンツを常時100円で販売したい作家は、Kindleストア以外のプラットフォームを選ぶしかありません。個人作家が直接取引できて、出版社経由の商業作品と同じ土俵で勝負できるプラットフォームには、Kindleストア以外に「Google Play ブックス」「iBooks Store」「楽天Kobo」などがあります。この「バグ修正」は小さなことのようですが、盛り上がり始めた「セルフパブリッシング」の流れに大きな影響を与えるのは間違いないでしょう。

文=鷹野凌