おネエ言葉のルーツは1940年代後半の男娼? 本格的研究書を読んでみた

社会

2014/5/6

 IKKOやマツコ・デラックス、カーリーこと假屋崎省吾などの「おネエタレント」たち。彼女(彼?)らの多くは、美容専門家や花道家といった専門分野を持ち、普通の女性よりも女性らしさを身に付けているといっても過言ではない。テレビでは昼夜問わず登場し、トゲのあることばを吐いては笑いを集めている。よく考えると、普通の女性が言えば性格を疑われるような発言ばかり。だが彼女たちが使うと、なぜかすんなり聞き入れられ、笑って許してしまう。「おネエことば」には、不思議な力がある。

 そんなおネエことばに焦点を当てた論文が刊行された。『「おネエことば」論』(クレア・マリィ/青土社)は、言語学・ジェンダー論の専門学者である著者が、さまざまな文献を引用しながら、おネエことばの変遷を客観的に分析した1冊だ。

 当時の音声が残らないため定かではないが、おネエことばのルーツは、1940年代後半に上野公園近くで働いていた男娼に遡るとする説がある。当時の文献には、一人称の「わたし」「あたし」、感動詞の「あら」「うそ!」「いや!」といったことばが多用されており、いわゆる「女ことば」よりも幅広い言いまわしが使われているという。

 そして1989年には、新宿2丁目を舞台にした小説『YES・YES・YES』(比留間久夫/河出書房新社)が文藝賞を獲り、1990年代に入ると各雑誌でゲイの特集が組まれ、ゲイをテーマにしたドラマや映画が数多く登場する。いわゆるゲイ・ブームだ。その頃の文献では、おネエことばは「二丁目のゲイ・コミュニティで使われることば」として紹介されている。時代はやや異なると思われるが、著者がゲイ男性にインタビューした際、彼らはおネエことばを“話芸”であったり、“ゲイ・コミュニティの一員になるための通過儀礼”として捉えていると答えたという。おネエことばとは、ゲイ・コミュニティの共通言語として連綿と受け継がれてきた文化なのだ。

 しかし、2000年代に入ると「おネエキャラ」タレント人気に火が付き、「おネエことば」が一般的に知られるようになる。ここで少しおネエことばのイメージが変化して解釈された。おネエキャラがバラエティ番組のゴールデンタイムに登場し、彼女たちの“役割語”として認知され始めた。役割語とは、年齢や性別、職業、時代など、ある特定の人物像を想像させるもの。「おネエことば」は「おネエキャラのことば」として、新たなステレオタイプとなったのだ。

 彼女たちは美のエキスパートとして、一般人や芸能人を“変身”させる類のメディアに多く登場した。ファッション評論家であるピーコが、辛口コメントでファッションチェックするという番組がその代表例だ。しかし、おネエタレントは美のエキスパートでありながら、視聴者にとって目指すべき対象ではないキワモノ的存在。変身する対象者を従わせるには、辛辣さと女らしさをあわせ持つ「おネエことば」がうってつけだったという。こうしておネエタレントは、活躍の場をさらに広げていく。

 作詞家の永六輔は、かつて「オカマのことばはすばらしい」と題した談話を残している。そこでは、いわゆる「オカマの日本語」が「誰よりも生き生きとし、豊かで、パンチのきいた、魅力のある、それでいてしゃれっ気があって、こだわりもなく、やさしさもあって……」と絶賛した。おネエことばがここまでのブームとなった本質は、この文章に集約されているような気がする。

文=廣野順子(Office Ti+)