ベストセラー『嫌われる勇気』が嫌われなかった理由

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/21

対談本は売れない。ここ10年間くらい、多くの編集者からそう聞かされてきたというライターの北尾トロ。だが、いま売れている『嫌われる勇気』は哲人と青年の対話形式で話が進む。書店でも対談本コーナーを見かけることも多くなった。もしや、流れは変わりつつあるのでは? 『ダ・ヴィンチ』10月号ではその実態をつかむべく、『嫌われる勇気』の編集者にインタビューを行っている。

ブームには牽引役となる成功例が必要だ。今回の話では、実績的に『嫌われる勇気』(岸見一郎×古賀史健)がそれに該当すると考えられる。ジャンル的には自己啓発書に分類されるマジメな本だ。奇をてらう部分は皆無。活字は小さく文字ぎっしりで装丁も地味。著者のネームバリューで売ろうとする本でもない。でも爆発的にヒットした。かつて売れた対談本は人気作家が“話し言葉の芸”を駆使し、小説作品とは異なるキャラクターを演じることによって人気を博したが、この本はそうではない。対話形式をうまく使って、難解さで定評のあるアドラーの理論を、読みやすくまとめているのだ。

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もうひとつ気づいたのは、きわめて丁寧に作られていることだ。『嫌われる勇気』では、悩み多き青年が哲人に論戦を挑み、跳ね返されつつ食いさがり、さらに奥深い哲人の言葉を引き出していく。いったん納得するものの、帰宅後また疑問がぶり返し、今度こそ論破してやると意気込んで再び哲人を訪ねたりもする。青年が問い、哲人が答えるだけの単調な本ではないのだ。読者は青年の立場で読むわけだが、ここは突っ込んでほしいと思うところではしっかり突っ込んでくれる。これは制作側からすれば手間がかかるよ。私も対談形式の本を出したことがあるのだが、破綻なくそれをやろうとすれば、編集サイドの構成力と粘り、著者の原稿へのこだわりなしには無理だと思う。

アドラー心理学の研究者である岸見一郎氏の元へ、ライターの古賀史健氏と共に伺い、毎回5時間程度のインタビューを6~7回行いました。それを元に構成案を練り、執筆に2年かけて完成させたのがこの本です」

企画と編集を担当したコルク(作家エージェント)の柿内芳文さんが、この本ができる過程を具体的に教えてくれた。当時フリー編集者として活動していた柿内さんが企画をダイヤモンド社に持ち込むと、同社の今泉憲志書籍編集局局長は「いける」と判断。アドラー本は売れないという過去のデータをくつがえすべく、伝わりやすい本のカタチを試行錯誤する。

「著者は有名人ではありませんし、扱うのはアドラー。でも、中身がおもしろい。いけると思ったのはタイトルが決まってからです。テーマ一発勝負になるけど、この本は売りたいと、通常よりやや多い初版8000部でスタートしました」(今泉さん)

柿内さんが数十のタイトル案を書き連ねたメモを見せてくれた。迷いに迷って、とうとう“嫌”と“勇気”が結びついたのだ。アドラーや著者名が目立たない装丁も意図的だ。

内容的にも、日本人が理解しにくい神の存在を語らない、青年と哲人を対等な存在として描きアドラー理論の裏付けとする、固有名詞を入れないことで“どこでも、いつでも”通用する話にするなど、独自のルールを採用した。

うむむ。これは真似ようとしても敷居が高いぞ。アドラー本は柳の下にどじょうがいるかもしれないが、対話形式を安易に取り入れようとしたら火傷しそうである。対話本や対談本が増える方向へは向かわないのだろうか。

「この本は、研究者とライターの共著。ふたりの名前を同じ大きさで出しています。ライターの重要性をクローズアップしたかったからですが、共著のスタイルとして広まってくれると嬉しいですね」(柿内さん)

しかしWEBで無料で対談が読めるという昨今。そこにビジネスチャンスはあるか? 同誌ではさらに可能性を追及すべく、自らのWEB企画を発動! はたしてその行方は。

取材・文=北尾トロ/ダ・ヴィンチ10月号「走れ!トロイカ学習帖」