聖地巡礼、声優、原画価値…アニメ「ファン」も「業界人」も納得! 業界まるわかりエンタメ

文芸・カルチャー

2015/2/6

「覇権アニメ」という言葉をご存知だろうか? アニメは基本的に3ヶ月=1クール(12話前後)の単位で放映され、4月期、7月期、10月期、1月期の4クールで年間スケジュールが組まれている。放送開始から程なくしてBD/DVDが、1クール作品=全6巻、2クール作品=8~12巻で発売されるのが基本だ。

累計売上数を巻数で割った平均値を出し、BDとDVDの数字の合算したもので、「売れたアニメ」の順位を決めるファンがいる。その1位…そのクールを制覇した作品を「覇権アニメ」と呼ぶ。

売上=作品の出来ではないが、良い作品は人気も販売本数も高くなるのは当然で、たかが数字と侮ることはできない。大小はあれど、アニメ関係者も「覇権アニメ」を意識して作品を世に送り出している。

そんな「覇権アニメ」を巡り、アニメ業界の「今」と「理想」を描いたのが『ハケンアニメ!』(辻村深月/マガジンハウス)だ。

伝説の天才アニメ監督・王子千晴が手がける『運命線戦リデルライト(リデル)』。その才能に惚れ込み、作品実現にすべてを注ぐプロデューサー・有科香屋子。

新人監督・斎藤瞳と敏腕プロデューサーが組んだ『サウンドバック 奏の石(サバク)』は、大手アニメ会社制作の超対抗馬。

この2つの作品の対決を軸に、地方のアニメ原画スタジオの実力派アニメーター・並澤和奈、フィギュアメーカーの社長、出演声優、ファン、さらにはアニメの舞台となった地方都市の公務員までをも巻き込んでの、幸せな「祭り」が繰り広げられる。

「心の中に大事に思ってるものがあれば、それがアニメでも、アイドルでも、溺れそうな時にしがみつけるものを持つ人は幸せなはずだ」

王子監督が序盤で発するこの言葉が象徴するように、本作には「アニメ愛」が全編に溢れている。

その一方で、徹底した取材に裏打ちされたアニメ業界の「今」が要所要所に散りばめられている。

「アニメ制作にはお金がかかる」と、「1クールで1億2千万~1億5千万、2クールだと約2億」「テレビ放映にかかる“波料”は、深夜枠で1クール平均1千万」といった、具体的な数字が並ぶ。

コミュニケーションの苦手なアニメーターが、いつも香屋子に褒められているのを「恋愛的好意」と勘違いして、初めてご飯を食べに行った場で「プロポーズ」してしまうという哀しい場面。

『リデル』と『サバク』というライバル作品なのに、原画スタジオでは両社の原画を発注され、同じアニメーターが同時期に絵を描いていること。

アニメ雑誌の表紙を飾るイラストの「原画」というものの価値。アニメの発表会でのテレビ局の女子アナと制作現場の認識の大きなズレ。「聖地巡礼」のための地方自治体とアニメ会社のやりとり。キャラ絵入りグッズを売り出す際のコストや生産計画の考え方。

これは、アニメファンだけではなく、「アニメビジネス」を考えている人すべてに読んでもらいたいくらい、具体的な課題や話がいくつも登場する。

情熱と現実の間で作品作りに奔走する人々の物語は、制作・放送時の盛り上がり・DVD/BD発売・地方都市での聖地巡礼と、時間を追い、「覇権アニメ」の勝敗を経て、香屋子や瞳、和奈を取り巻く人間関係に変化をもたらして行く。

ラストは「ミステリー作家・辻村深月の本領発揮」といわんばかりに、張り巡らされた伏線が一筋に紡がれてゆき、スタッフ、演者、ファン、聖地の住民たちを巻き込み、メーカーや作品の垣根を越えての盛り上がりを見せる。辻村氏の過去作からのゲスト出演も、ファンはニヤリとさせられる。

何1つ書いてもネタバレになってしまうので詳しくは書けないのが心苦しいが、最後まで読んだ時、あなたは気づくはずだ。

我々が見ているアニメ映像の向こうには、物語を生み出した人がいる。一枚一枚の絵を描いた人がいる。それらを1本の映像としてまとめあげる人がいる。すべて、人間が情熱を込めて作っているのだと。

それが、本編各章の冒頭で繰り返される質問─どうしてアニメ業界に入ったんですか─への、辻村氏の出した答えなのだと、感じた。

ただ、これは「成功したアニメ」の「理想」の物語、「理想」の形。

現実には数百本しかDVDが売れない作品も、視聴者から叩かれまくるアニメも、主要スタッフが逃げ、敗戦処理のように無理やり作られるアニメもある。

香屋子たちのように、恋人はいないけど美人で仕事のできるプロデューサーや、人の心の機微をわかる監督や、控えめな声優さんや、イケメン監督やイケメンで商才もあるフィギュア原型師…ばかりではない。えこ贔屓もドロドロした人間関係もあるし、挫折も数えきれないほどある。

それでも、アニメに携わる人々はみんな『リデル』や『サバク』のような幸せな作品を作りたいと願っている。スタッフも出演者もファンもみんなが幸せになる作品を作りたいと願っている。

そして、今日もまた、アニメはテレビで放送される。「覇権」の先にある「理想」を求めて。

文=水陶マコト

■『ハケンアニメ!』(辻村深月/マガジンハウス)