二刀流・大谷翔平の活躍はファイターズという組織があってこそ―『大谷翔平 二刀流』著者インタビュー

スポーツ

更新日:2018/4/9

 バットを握れば見事なホームラン、マウンドでは打者を圧倒するピッチングを披露——。「二刀流」を体現する北海道日本ハムファイターズの大谷翔平が、ますます凄みを増している。プロ2年目の昨年は、投げては11勝、打っては10本塁打という前人未踏の記録を達成。「二刀流なんて止めた方がいい」といった反対意見をついに黙らせた。

 結果がすべてのプロ野球の世界。だが、そこに至るまでの経過はドラマティックだ。伝説の幕開けとなったシーズンを振り返った『大谷翔平 二刀流』(扶桑社)。その軌跡を追うことは、ドラマを見るようにわくわくする。今まで誰もなし得なかった偉業を歩み始めている大谷。同書の企画と執筆をした小島克典さんに話を伺った。

熱意というより使命感。「誰かが残さないと」

 プロ野球やメジャーリーグの球団で通訳や広報を経験し、長年に渡り野球界に携わってきた小島さん。同書を企画するに至った理由は、熱意というより使命感に近いと明かす。

 「昨年の夏、『週刊SPA!』(扶桑社)で大谷選手をインタビューすることになり、初めて話したんですが、こんな19歳(当時)がいるのか!と衝撃を受けたんです。アスリートとしても人間としても、出来上がっている。今まで日本はもちろん、メジャーやマイナーや中米で、数え切れないほどの野球選手を見てきたけど、彼は別次元だなと」

 それから秋になり、野球シーズンも閉幕へ。終わってみれば、大谷は二刀流に挑戦し、わずか2年目にして11勝10本塁打をマークしていた。小島さんは、「これは誰かがちゃんとしたかたちで残さないといけない偉業だ」と一念発起。企画書をつくって、編集者に提案をした。

「将来、大谷選手はアメリカに行くかもしれない。ふと本が野球殿堂博物館に入っているイメージが沸いたんです。彼が2014年にやり遂げたことは殿堂クラスの偉業です。ならば、それをきちんとまとめた本は、そこに入るくらいの価値がある。そうした意識をもって、恥ずかしくないものを、きちんとしたものを作らなくてはと思いました」

怒濤の取材と執筆で見えてきたもの。大谷とファイターズの物語

12月26日、扶桑社から小島さんに大谷本の企画が通ったとの連絡が入った。

 「1日遅れのクリスマスプレゼントかな」と振り返る小島さん。そこから年が明け、シーズン開幕日の出版を目指し、過密スケジュールでの進行がはじまった。取材した人数は、大谷はじめ日本ハム球団関係者など全部で33人。朝から晩まで分刻みでインタビューすることも多々あったという。また、執筆期間は実質およそ6週間。最終原稿を納品する直前の13日間は1日おきの徹夜だったそうだ。大変だったのではと思いきや、小島さんはあっけらかんと語る。

「毎日楽しかったです。色んな方に話を聞くにつれ、点と点が線になって結びついていくようで。ああなるほど、ああそういうことかと。コンディショニングコーチが言ってたあの意味は、ピッチングコーチのここにつながるんだとか。話がどんどんつながっていくのが面白くて」

 大谷を取り巻く専門家らの話を聞いていくと、一面でしか見えなかったことが次々と立体的になっていったという。そこで、さらに見えてきたのは、ファイターズという組織なくして、大谷の偉業はなかったということだった。

「取材する前までは、大谷選手の凄さを伝えたいっていう一心で、2014年に彼が残した記録を全部丸ごと収めようと思っていたけれど、そうじゃなかった。ファイターズの凄さがあって、大谷翔平の可能性が引き出されているんだと。つまり、“大谷とファイターズの物語”なんです。だから、ファイターズの組織力、懐の深さもきちんと表現しなければと思うようになりました。大谷という野球選手のパフォーマンスを最大化する企業としての努力。取材を進めるほどに、大谷選手ひとりではなし得なかったことだなと感心するようになりました。もちろん大谷選手は凄いんですけど、彼に二刀流として活躍する場を与え続けられているファイターズという球団も同じくらい凄い。スタッフ全員がひとつの目標に向かって、ぎゅっと結束して突き進む団結力も感じました」

栗山監督の想い。「もし俺が翔平の身内だったら?」

 大谷がファイターズ入団を決めた理由には、栗山英樹監督の存在が大きい。同書のインタビューで大谷は明かしている。

「栗山監督は僕がたいしたことない、まだ無名だった選手の時から僕の可能性を見てくれていました。だから、すごく信頼はありましたね。この人なら大丈夫。一緒にやりたいなっていう気持ちがどんどん出てきたって感じ」

 大谷から絶大な信頼を寄せられている監督は、高校2年だった大谷のプレーを見て、「こんな選手は二度と出てこない」と確信。大谷がアメリカ行きを表明するよりも前から、球団に「絶対、(ドラフトは)大谷でいきましょう」と言い続けてきたという。

 その一方で、大谷に対して抱く“親心”のような想いに揺らぎはなかった。というのも監督は、「ファイターズに来て欲しい」という言葉は一言も発しなかったのだそうだ。

「将来メジャーで活躍したいという道筋があるとすれば、大谷にとってどういう方法が一番いいのかという勝手な思いを伝えただけ」「もし俺が大谷翔平の身内だったらどう考えるか?」監督は控えめながら、その想いを本人にはっきりと伝えたという。

 いざ大谷が入団し、二刀流を実践するにあたっては、「翔平の身体を壊さないことを最優先とし、大前提とした」という。

すばらしい指導者、組織のもと、才能を開花させる大谷

「(大谷と栗山監督)二人の関係もいいし、それも含めていいチームだし、いい組織だと思う。すばらしいコンダクターのもと、すばらしいパフォーマーが、すばらしいチームのもと、その技量をいかんなく発揮するプレーができる、そんな縮図みたいなのを感じましたね。きっと何かひとつが欠けても、大谷の今はなかったんじゃないかと。それはやっぱりすばらしいことだなと」。

 と、小島さんは語る。同書で監督は、そこに至るまでの裏話や試行錯誤した経緯、悩んだり迷ったりしたことなども、赤裸々に語っている。「大谷とファイターズの物語」と小島さんが言うように、大谷のドラマティックな軌跡はファイターズの軌跡でもあるのだ。

 同書で監督の本心がよく語られたのは、インタビュアーが小島さんだったからということもきっと大きい。栗山監督と小島さんは旧知の仲で、十数年前にマイナーリーグ(メジャーリーグの下部組織)のオールスターゲームや、1A(マイナーリーグの中で3Aと2Aの下にある組織)のチームを取材した時、偶然にも何度も遭遇したという。

「絶っ対に日本人メディアとかが来ないようなところで、2年連続で栗山さんと遭遇したこともありました。“まさかこんなとこに日本人が!?”って、現地でお互い顔を見合わせて驚きましたよ。その後、一緒にお茶に行ったりして色々と話しました。栗さん(栗山監督)は、他の指導者や野球関係者が見てないようなところへも、ひとりで足を運ぶ人なんです」。

 大谷のことを「奥行きがある。もっと知りたい」と感じ、ファイターズの関係者や組織の「懐の深さ」を知り、濃厚な取材を重ねたという小島さん。同書は、大谷ファンはもちろんのこと、野球ファンから、指導者や組織に属する人など、野球という枠を越えてドラマティックに響く軌跡が詰まっている。大谷という日本人の夢である「二刀流」を突き進むスター選手の、記録とドラマが彩られた本書は、野球殿堂博物館に所蔵されるにふさわしいと思うのである。

取材・文=松山ようこ