ダーリンハニー吉川 vs 鉄道ライター杉山 「妄想テツ」と「時刻表テツ」が語る『戦前・戦中時刻表』の濃~い中身

生活

更新日:2015/6/12

そしていよいよ時刻表を読む!

吉川:……(読んでいる)

杉山:……(読んでいる)

吉川:ほんとに、飽きないですね(笑)。ところで、優等列車に列車名がない時期で寂しいなあ。……昭和22年でも列車名がないですね。

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杉山:古い時刻表のほうは愛称が付いてます。

吉川:富士とか桜とかはどこに行っちゃったんでしょう……あ、つばめ! 昭和18年。ここはまだギリキリあるんですね。

杉山:つばめは1930年に走り始めて……。

吉川:豪華なヤツですね。それが一斉になくなっちゃう。戦時中は。いつからだろう。

杉山:昭和17年くらいから、列車自体が無くなって、そのまま名前も消えてしまいます。昭和21年だと、列車番号1番の博多行きがあります。後のあさかぜ……いや、夜行ではなくて昼行だから……

吉川:戦後最初の列車名は「へいわ」でしたね。

杉山:あ、そうだ。「へいわ」ですね。

吉川:平和を願って走り始めて、平和が叶ったところで、伝統の「つばめ」に戻ったんです。1949年。昭和24年です。それくらいから明るくなっていくんですね。でも、この時代はちょっと……

杉山:でも夜行列車がいっぱい走ってるんですよ。東京駅を16時48分に出て、豊橋に23時50分につきます。これは豊橋止まりですけど、こっちは東京発21時55分で鳥羽行きがあります。伊勢神宮へ直通ですね。鳥羽着は9時50分だから……12時間かかります。

 

吉川:これは……軽井沢、草津。これ草軽電鉄だ。まだあったんだ。乗りたかったなあ。この時期は大変だったと思うんですけど、古い時刻表を見ると、その時代の列車に乗りたいって思います。でも戦争は怖いからやだなあ……。

杉山:昭和18年くらいだったら乗りたいですか?

吉川:そうですねぇ、18年くらいだったら。うーん、でもこうしてみると草軽とかは乗りたいですね。

杉山:どんな時代でも鉄道は動いていて、一定の役割を持っていて、ちゃんと動いて、人の役に立っていた。

吉川:鉄道の偉大さが判って震えますね。資料性の高さと、訴えかけてくるもの。日本の鉄道のすごさ。これだけやっぱり、戦争中でも走っていたわけですし。

杉山:人は移動してるんですね。昔も今も。飯田線に乗ったとき、ボックスシートで3人のおばあちゃんに囲まれて、戦時中の学徒動員の仲間の集まりだそうです。飯田線に乗って豊橋へ弾丸を作りに行っていた。さっき飯田線の時刻表をみて、この電車で行ったんだなあって。

吉川:そういうかたのお話を聞きたくなりますね。時刻表をめくりながら。これ鉄道ファンだったら一晩明かせますね。

 

杉山:今も語られるエピソードと重ねてもおもしろいかも。北条鉄道ってありますよね。兵庫県に。戦時中に軍用機が線路に墜落して、そこに列車が突っ込んで脱線転覆したんです。その記念碑が網引駅にあるんです。当時の時刻表を見て、あの駅の風景を思い出しました。

吉川:そういえば宮脇俊三さんも書いていらっしゃいましたね。戦時中に乗ったはずの列車を回想して。米坂線の今泉駅で玉音放送を聞いた話。あのくだりはグッとくるんですよ。みんな玉音放送を聞いてるんだけど、そんな大事な時間に、それでも汽車は走っていたって。でも、記憶違いだったりするんですよね。ショックでした。走っていない列車だったんじゃないか。

杉山:ちょっと調べてみましょうか。さっきの昭和20年9月の米坂線……。

吉川:あっ、そうですよ。見ましょう、見ましょう。

杉山:186ページ。玉音放送は正午ですね。あっ、正午発着の列車は無いですね。すごい。正解がここに。

吉川:やっぱり……。あの文はぐっときたというか。時刻表好きにとって、宮脇さんは神様ですからね。でもこれを見ると、うわって思いますね。鳥肌が立つ想い。

杉山:あの文章を読んで、普通の人は「この人は山形県の駅前で玉音放送を聞いたんだ」と思うんですけど、当時の宮脇少年と現代の鉄道ファンは「玉音放送なんて大事な時は、ほとんどの人は手を休めてラジオの前に集まっていたはず。だけと鉄道員は列車を動かしていたんだ」ってほうに感動するんです。

吉川:でも時刻表を見ると走ってない(笑)。たしかに走ってない。うわー。

杉山:幻の列車でしょうか。

吉川:いや、走ってたのかもしれませんよ。遅れていた列車かもしれないし。

杉山:そうですよ。玉音放送って、あの時代の人々にとって鮮烈な思い出だから、間違ってないと思うんですよ。

吉川:うんうん。

杉山:戦争末期だから、臨時ダイヤかもしれないし、ダイヤなんてあるようでなかったような感じかもしれないし、遅れていた列車かもしれないし。そうすると、戦争時代の場面が出てくる映画やドラマを見るときに、この時刻表を持っていると、さらに感動できそう。マッサンとエリーが小樽と札幌を往復したときはどんな乗り継ぎだったんだろうとか。

 

吉川:こっちは満鉄ですね。

杉山:北京は満鉄経由ですね。下関から船で大連に連絡して、そこから……。それはこちらの満州時刻表のほうが詳しいです。ただ、巻頭路線図を見ても、私には知らない土地なので、イメージしにくいんですけれど。下関から船が出ていて、大連……。

吉川:大連と言えば、上野駅にそっくりの駅舎ですよ。上野駅がモデルで、日本が建てたんですよ。ここまでの連絡時刻表はすごいですね。

杉山:時刻表のほうにも、東京-下関-大連-奉天-新京。この太線部分にあじあ号が走ってました。

吉川:おお、伝説のあじあ号。

杉山:時刻表がこれです。大連発新京行き。ほかの列車を見ると、北京行きもあるんですよ。奉天のあたり、北京発、釜山発で新京行き。新京が満州国の首都ですから、日本へ、朝鮮へ、北京へむかって列車が走ったと。

吉川:すごい壮大ですね。

杉山:食堂も寝台もあって、1等2等3等を連結して。

吉川:お酒も飲めたって聞いたことあります。

杉山:鉄道ロマンとしては良い時代だったかもしれません。

吉川:東京から北京のほうまで載ってるんですか。釜山とか。

杉山:そうです。欧亜連絡時刻も出ていませんか。

吉川:連絡時刻表、出てます。

杉山:パリとかまでいけちゃう。

吉川:そういうことですよね。

--そうなんですか。

杉山:東京からパリ行きのきっぷが売られていた時代もありました。

吉川:東京とバリかぁ。

杉山:ただ、戦中だから、この頃はどうかな。

吉川:だんだんヤバくなってますね。本数も減っているでしょうし。いちいち出てくる戦争標語も怖い。こんな時代、やだなあ。

杉山:でも汽車を乗り継いでヨーロッパへ行けた時代ですよ。

吉川:いけたんですよね。東京からパリまで。

杉山:きっぷのパリは漢字ですよ。巴里。

吉川:1か月くらいかかるかな。きっぷが買えたって言うのはロマンですね。

 

杉山:ちょっと遊んでみたんですけどね。さっきの満州鉄道のあじあ号なんですけどね。満州鉄道の時刻表を、列車ダイヤ作成ソフトに打ち込んで……。ダイヤを再現したんですよ。これが入力した時刻表なんですけど。

吉川:おおっ、わかりやすい。

南満州鉄道連京線の時刻表を、フリーウェアの列車ダイヤ作成ソフト「OuDia」に入力し、列車ダイヤとして表示してみた。左から右へ時間が経過し、横線は駅を表す。赤い線が列車を示す線で、赤線が「あじあ号」。青線が急行列車となる。 OuDia:http://homepage2.nifty.com/take-okm/oudia/

杉山:さすがです。そう言ってくださる方はあんまりいらっしゃらなくて(笑)。

吉川:あじあ号ってこんなに飛ばすんですか。

杉山:そうなんですよ。

吉川:けっこうノンストップなんですね。

杉山:そうなんです。駅名は読めないんですけど。

吉川:ぜんぜん判らないですね(笑)。あ、でも急行「はと」があって……ふーん。

杉山:「はと」はたぶん、「あじあ」が通過する主要駅を救済する感じで走ってますね。

吉川:なるほど。「のぞみ」と「ひかり」の補完関係に似てますね。

杉山:そうですね。時刻表を見ると、こういう急行や夜行の食堂車にも食堂車や寝台車が付いていたようです。

吉川:長距離列車だけかと思ったら、短距離列車もあるんですね。通勤ですか。

杉山:工場とかあるんでしょうね。普通列車の境目が大石橋ですね。運行系統が変わります。そして、この時刻表をダイヤグラム表示にするとこうなります。ここでもわかるんですけど、あじあ号って、日本一豪華な列車とされていたんですが、すれ違いがある。つまり、2編成あったと。

吉川:うわ、ほんとだ。すれ違いだ。16時頃。ここらへんで。あじあ号同士が!

杉山:豪華列車っていうから、ななつ星in九州みたいに1編成しかないと思っていたんです。それが朝行って、夕方帰ってくるのかと思ったら……。

吉川:すれ違っていたんですかあ。

杉山:あじあ号って、いままでテレビ番組などでは、パシナ形機関車が流線型で強力でかっこいいとか、客室が豪華だという紹介が多かったんですけど。運行について語られることはあまりないので。これは時刻表があるから発見できることなんですよね。

吉川:急行が等間隔で走っていて、ちゃんとしてますね。

杉山:そう、ちゃんとしてるんですよ。

吉川:すごくちゃんとしてる!

杉山:こういう会話って、鉄道ファン同士の空気感ですね。こちらでKADOKAWAさんが不思議そうにしてますけども。

--(笑)

吉川:あじあ号の速さも判りますね。スジが立ってる。

杉山:スジ、そう。列車を示す線のをスジと言います。さすがです!!

吉川:急行も速いですね。急行もあじあ号に匹敵する速さだったんだ。でもあじあ号の速さは際立ってますね。

杉山:すごかったみたいです。大連から新京まで、各駅停車の線を辿ると、ほぼ1日かかりますね。それがあじあ号だと8時間半くらいです。

吉川:これ、線の傾きが立っているほど速い列車なんですよね。なだらかな列車は遅い。

杉山:この真ん中あたりが奉天なんですけど、前後の駅間が狭いんですね。

吉川:これは都市だからですね。よくわかります。都市感ありますね。鉄道ファンはダイヤを見たほうがわかりやすいかも。

杉山:新京線は全区間が複線なんですよ。だから駅間ですれ違ってます。

吉川:ほんとだ。でも、複線にしてはダイヤに余裕がありますね。

杉山:車両が少なかったのかな。あるいは、貨物列車や軍用列車が走っていたか。

吉川:あっ。そうか。時刻表に載せられない列車があるわけですね。

杉山:よく見ると、不自然に停車時間の長い列車があるんですよ。

吉川:これはクサイですね(笑)。匂うな。推理小説みたいだなあ。

杉山:見えない列車の線が見えてきそう。

吉川:銀座のバーパノラマにあじあ号のカクテルがあるんですよ。当時のレシピを再現したそうで。けっこう強めなんですけど、それと写真くらいしかあじあ号を体験できないと思っていましたけど、このスジを見ると、あじあ号のすごさが判りますね。これ、機関車のデザインもすごいんです。でも、これを歴史的背景を考えて、ウキウキしていいものかどうか……。

杉山:そうなんですよね。鉄道と社会情勢のつながりを感じます。他の時刻表の、東海道本線とかもダイヤを作ってみたら、当時の鉄道事情がもっとよくわかるかもしれません。

 

この時刻表の楽しみ方

吉川:ボクは妄想鉄なので、自分で路線を描いてるんですけど。こんな感じで。

杉山:おお、すごい。吉川急行。第二山手線みたい。

吉川:そうです。山手線を補完する路線なんです。そして羽田空港へ直結するみたいな。二子玉と成城も結びます。こっちは妄想ですけど、昔の時刻表を見ると、情報量が多くて脳がゆがんできそう(笑)。いろんな想いが出てきちゃって。当時の旅もできちゃうし。でも、負の歴史もあるので、実際に行きたいなあ、という気持ちにはになりにくいです。

杉山:鉄道と輸送の役割はなんだろう、とか、真面目な語りもできそうですね。

吉川:やっぱり時刻表って読み物じゃないですか。自分で読み解いていく、時刻表ならではの楽しみ方ですね。ただ数字が書いてあるだけではなくて、ここからどんな刺激を受けられるかという。だからこれはほんとに読み甲斐がありますよね。

杉山:宝探しに似ているかも。今の時刻表はあんまり変化もないし、新しい発見ってなかなかないですよね。昔の時刻表には知らなかったことがいっぱいある。

吉川:過去の時刻表を見せられると、まだまだオマエは何も知らないんだな、と言われているようで(笑)。軽くビンタされたような衝撃です。

杉山:でも、古いほうを知り尽くすと、その時代に生きてたわけでもないのに「昔はなあ」って言い出すかもしれませんよ。

吉川:勉強しなきゃって背筋が伸びます。楽しむというか、考えさせられちゃうかも。当時の皆さんのご苦労を忍んで。数字が物語るように、あきらかに列車は減りますし。当時の大変さを勉強する感じですね。優等列車もないですし。やっぱり、ウキウキしては見られませんよね。時代的には。もうちょっとあとの昭和24年くらいになると幸せな気持ちになれるかもしれないですけど。特急「へいわ」が出てきて、その後の鉄道の進化、その時代に生きてきた人たちがすごいなあと。高度経済成長ができて、新幹線ができて。造った人、運転した人がいて。泣けてきますね。

杉山:吉川さんがおっしゃるように、昭和の成長期の時刻表もおもしろい。でも、この時刻表を起点にすると、さらに戦後復興の様子がわかっておもしろいと思うんです。ああ、日本は成長してるなあって。この時代があってボクらが生きているんだなと。

吉川:そうですよね……。だから……最初に「高い」って言っちゃって申し訳ないです(笑)。

予定の時間のあとも二人の対話は終わらない。復刻版時刻表の欄外の難読駅名の話、列車の車内販売の「鉄道パン」のナゾ、東京発鹿児島行き急行列車など長距離列車の追跡、当時の駅前旅館のありがたさを妄想する話など、いつまでも続いてく。ふたりにパラパラとめくられて、なんだか、時刻表が嬉しそうだった。