『もう ぬげない』『りんごかもしれない』…膨らみ続けるオモシロ妄想も「まずは常識を知ることから」―ヨシタケシンスケ インタビュー前編

文芸・カルチャー

2015/11/26

 ヨシタケシンスケさんの絵本『もう ぬげない』が話題です。“服が頭に引っかかってぬげなくなった男の子”の絵と『もう ぬげない』というインパクト大のタイトルが、ツイッターなどのSNSを中心に大反響。頑張って脱ごうとするもののうまくいかず、「このまま脱げなくても生きていけるかな…」と想像を膨らませるというストーリーも絶妙で、“ヨシタケワールド”全開の作品となっています。

インタビュー後編「押しつけがましい絵本を拒絶していた子供時代」はこちら

 ヨシタケさんと言えば、初の絵本作品となった『りんごかもしれない』も注目を集め、その独特の広がりを見せるストーリー展開は“発想えほん”なる新たな分野を生み出したとも言われています。

ヨシタケシンスケさん

 そこで、今回は作者のヨシタケシンスケさんに直撃インタビュー。『もう ぬげない』の誕生秘話から、日々のスケッチについてや、絵本制作の裏話まで。次々とおもしろい絵本を生み出すヨシタケさんの“頭の中”をのぞかせてもらいました!

もう ぬげない』は究極の出落ち(笑)。表紙のイラストとタイトルを最初に考えました。

――『もう ぬげない』は、子供のあらゆるしぐさや行動の中でも「ここを切り取ったか!」と唸ってしまうような斬新さがあり、大きな話題を集めたのだと思います。このアイデアはどのように生まれたのでしょうか?

ヨシタケ 僕はもともと、おもしろいものを見つけるとイラストに描いて残すという習慣があって、電車でもお店でも、人間観察というか、常にキョロキョロ周りを見ているんですね。ある時、スターバックスで仕事をしていたら、僕の席の反対側に親子連れがいました。お母さんは、2~3歳ぐらいの男の子を抱っこしながらコーヒーを飲んでいて、ゆっくり飲みたいのに、男の子はもう飽きちゃっていて。飽きてどっか行こうとお母さんからの脱出を試みるのだけど、どこか行かれると面倒だからお母さんはムリヤリ男の子を抱えてる。それで、男の子の服がズリズリ上がってしまって、ちょうどこの本の表紙のような状態になっていたんです(笑)。そのやりとりを見て「おもしろいな」と思ったのが、最初です。

 もともと子供のかわいいしぐさみたいなものは、おもしろいと思っていろいろと描きとめていました。その中でも「脱げない状態ってかわいいな」と。僕も子供が2人いるのですが、子供って頭が大きいし、脱げていないことが多いんですよね。そこで、この表紙の絵と『もう ぬげない』ってタイトルの本があったらどうだろう、僕だったら立ち読みするな、と思うようになりました。まず、絵とタイトルを最初に思いついたんですね。

 だから、『もう ぬげない』は基本、出落ちなんです(笑)。ここですでに落ちちゃってるので、ここからどう展開していくのか、果たして脱げるのかどうかなどは、慎重に考えを進めていきました。

もう ぬげない』(ブロンズ新社)

――ヨシタケさんの作品の醍醐味といえば、お話がどんどん広がって膨らんで、ものすごい想像の世界が繰り広げられるところですよね。ストーリーを考える上で、大切にしていることはありますか?

ヨシタケ 大前提として、僕は作ったものに対してクレームがくるのがいちばん怖いんです。だから、どうすればクレームが来ないかということをいちばん大切にしています(笑)。

 僕が初めて作った絵本『りんごかもしれない』も、りんごをいろいろなものにたとえてみる、というお話なんですが、最初はもっと教育的なノリが強い作品だったんです。りんごを実と種に分けてみよう、とか、産地を調べてみよう、とか、りんごをいろいろな国の言葉で言ってみよう、とか。この内容だと、例えばいろいろな国の言葉で言ってみて、1つでもスペルが間違っていたらクレームがくる。怒られちゃう!と思って(笑)。

 ところが、りんごに見えるのにりんごじゃない、“りんごかもしれない”というキーワードに当てはめたら一気に何でもアリになります。男の子の想像の世界だから何言ってもOKでしょ、って安心して世の中に出せるんです。

 もちろん、この方がおもしろい展開にできた、というのもあるのですが、「文句のくる可能性がない」というのが、想像をどんどん膨らませる、というストーリーが生まれたきっかけの1つと言えるかもしれません。

りんごかもしれない』(ブロンズ新社)

――そんな経緯があったとは…とても意外でした(笑)。では“ストーリーを展開させていく”という作業は、どのような手法で進めていくのでしょうか?

ヨシタケ 僕の場合は、ひらめいた!みたいなことはほぼないんです。先ほどもお話ししたように、僕は常識はずれのことをして人から怒られるのが何よりも嫌いな保守的な人間で(笑)。ストーリーを考える時も、誰から突っ込まれてもいいように、割とロジカルな攻め方をしていきます。何だったら変か、何だったら変じゃないか、1つずつ箇条書きにしていくような作業ですね。

りんごかもしれない』の場合は、まずは、大きさを小さくしてみる、形を変えてみる、硬さを変えてみる、色を変えてみるなどと1つずつ書き出しました。そこから、現実との飛距離を考えます。ちょっと変なものからすごく変なものまで、これをどう並べたらいい流れになるかなと。ちょっと変からスタートして、話がどんどん膨らんで、また現実に戻ってくるというのを意識しています。絵本のスタートからおかしすぎると、読んでくれる方がキョトンとしてしまうので、その流れは慎重にというか、しっかり考えて作っています。

 あとは、言葉で考えたものを絵に落とし込んだ時におもしろいかどうかも一緒に考えますね。絵本なので、どんなにネタがよくても、絵がおもしろくなければ、やっぱりおもしろい作品にはならないと思いますので。

――コツコツと積み上げるような、地道な作業から生まれるんですね?

ヨシタケ そうなんです。思いついた!インスピレーション!という絵本作家さんもいるとは思うのですが、僕はまったくそういうタイプではないんです。

 まずは、常識を知る。普通だったらこうする、ということが分かると、何が起こると普通じゃないかということが逆説的に出てきます。それをどう作るのがおもしろいか、ということを理詰めで考えていくんですね。

 今回の『もう ぬげない』では、最初に思いついた脱げないかわいらしさ、情けなさみたいなものを最も大切にしたいと思ったので、どうしたらそれを色褪せずに残すことができるか、と考えを進めていきました。

子供が「もうダメだ。やんなきゃよかった」と絶望する。想像の世界を描いているけれど、伝えたいのはこの“現実”なんです。

――『もう ぬげない』はお話の緩急のつけ方、思わず爆笑してしまうラストの大落ちと、すべてが見事にハマっていました。その中でも、ヨシタケさん自身が、ストーリーのポイントになると思う場面はありますか?

ヨシタケ 今回、実は、僕はこのページをやりたかったんです。1コマ目とこの場面だけは、すぐに決まりました。

――確かに情けなくてかわいいのですが…。あえて「これをやりたかった」というのは、なぜでしょうか?

ヨシタケ 子供に「もうだめだ」と言わせたかったんです(笑)。

「やんなきゃよかった」って子供に自分の行為を後悔させるなんて、これは絵本で見たことがないなと思いまして。

 大人は、子供が努力して努力して成し遂げる!みたいなラストが好きだから、こういう展開ってなかなかさせてはもらえないんですよね。

 でも、僕はこれが現実だと思うんです。人生ってこういうもので、つまずくこともあれば、絶望することもたくさんある。(大切なのは)ここからどうするか、ですから。きれいごとばっかり書いていても、子供たちの生活にフィードバックできないから、この部分をきちんと描かないと嘘だなと僕は思うんです。

 僕が絵本を作って、読んでくれた人に何か受け取ってほしいことがあるとしたら、そういうところで。子供たちに「現実ってこうなんだよ」ってことだけは、しっかり伝えたいなと常に思っています。

――男の子は脱げなくてものすごく苦しんだのに、このあと、いとも簡単にお母さんに服を脱がされて、お風呂に連れていかれてしまいます(笑)。それもまた現実だと?

ヨシタケ まさにそうです。子供って基本的には無力なんですよね。自分で想像を広げて、自分の頭で考えて遊ぶことしかできない。子供は自分では何も選べませんからね。でも、それでお母さんを恨むわけでも、退治するわけでもない。こういうものだと受け入れるしかないわけで、さんざん空想の世界に飛んでいったのに、最後は日常に戻ってきているんです。

 これが、僕がいいと思う絵本の形でもあるんですよね。終始ファンタジーでももちろん楽しいし、そういう名作もたくさんあるのだけど、僕が作る絵本を読むことで「自分もできるんだ」と思ってほしい。現実はなかなか変えられないけれども、自分で何かを妄想したり、見方を変えておもしろがることはできるんだ。こんなふうに考えたら生きるのもおもしろいかもな、と少しでも思ってもらえたら本望です。それであれば、この大事な紙資源を絵本にする意味があったのかな、と思えます(笑)。

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プロフィール

ヨシタケシンスケ●イラストレーター、絵本作家。1973年神奈川県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)で絵本デビューするやいなや、その独特の世界観が大きな人気を集める。主な絵本作品に『ぼくのニセモノをつくるには』(ブロンズ新社)、『りゆうがあります』『ふまんがあります』(ともにPHP研究所)。また、日常の1コマを切り取ったスケッチ集『しかもフタが無い』(PARCO出版)、『結局できずじまい』『せまいぞドキドキ』(講談社)、『そのうちプラン』(遊タイム出版)などの著書も。

取材・文=野々山幸(verb)