姉と弟。二人の同居でニートはなぜ「治った」のか? 【対談】精神科医・斎藤環×マンガ家・沼津マリー/前編

人間関係

公開日:2015/12/18

ニートでネットゲーム依存だった弟を実家から引き取り、更生まで導いたマンガ家・沼津マリー。その顛末をコミカルに描いたエッセイマンガ『実家からニートの弟を引きとりました。』の発売にあわせ、ひきこもり診療の第一人者であり、ゲームやアニメなどオタク文化にも造詣が深い精神科医・斎藤環さんに、同作を読んだうえで語り合って頂いた。

斎藤 環
さいとう・たまき●1961年、岩手県生まれ。筑波大学社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学。著書は『社会的ひきこもり――終わらない思春期』『「社会的うつ病」の治し方――人間関係をどう見直すか』『キャラクター精神分析――マンガ・文学・日本人』『おたく神経サナトリウム』など多数。

沼津マリー
ぬまづ・まりー●1990年、福岡県生まれ。インドでキャバクラ経営をした異色の経歴を持ち、その経験を元に2013年よりwebモアイにて『インドでキャバクラ始めました(笑)』連載。1日10万PVの反響を集める。『Hanako』では「沼津マリーの偏♡アイドル!」を連載するなど、アイドルオタクとしての一面も。

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ニートなのに何でウチの弟は自信があるのか

斎藤:『実家からニートの弟を引きとりました。』を大変面白く拝読しました。弟のポン太郎君は、高校で不登校になってニートに。ゲームを始めたのはいつですか?

マリー:小学校1年生の頃にはもうネトゲをしていました。早熟でビビりますよね。今はゲーム関係の専門学校に通っているんですが、学校のない日は1日10時間くらいやっています。

斎藤:社会性はありますよね。

マリー:そうですね。でも、なんか人に対して威圧的で(笑)。ネトゲの仲間にも、偉そうなことばっかり言ってるんですよ。自己評価が高いんです。自分は人より優れてるみたいな。

斎藤:なるほど! 実はそれ、ポイントなんですよ。ポン太郎君は、私が診ているいわゆるニートやひきこもりの方とかなり違うんです。ゲームに圧倒的自信を持っていて、確信的にやっている。

マリー:へえ! 普通の方は?

斎藤:俺なんかダメ人間で死んだほうがいい、と意識をこじらせているんです。自信はポン太郎君のすごい強みですよね。ひきこもり問題の本質と言ってもいい。彼は何で自信があるんですかね? すごく知りたいです。

マリー:うちは教育熱心で、ポン太郎は中学生までは勉強ができる子だったんです。それで多分、人より優れているみたいな感覚が、自分の中にあったと思うんですよね。

斎藤:頭がすごくいいんですね。

マリー:でも高校に入ったら上手くいかなくて。それまでの努力をしなくてもできた自分が、崩れてしまった。

斎藤:それは不登校に多いパターンで、普通はそこで自信もなくすものなんです。だからポン太郎君の自信は本当に素晴らしいんですが、なぜそうなれたのか秘訣がわからない。それがわかると、私の普段の治療のヒントにもなると思いまして。ご両親の小さい頃の育て方がよかったんでしょうか?

マリー:大事にされてましたね。三人姉弟の末っ子で、小さい頃からすごくかわいがられて。母は天使みたいだったって言ってますし、今も沼津家の王子扱い(笑)。

斎藤:幼少期の無条件の肯定は、自信や自己肯定感の基本なんです。ニートになっても、お母さんの肯定感はずっと変わらなかったわけですね。それは非常に大事なポイントでしょうね。

マリー:そうなんですね! なんであんな自信満々なんだろうって、ずっと不思議で。

斎藤:そうですよね。人が自信を持つ要素は3パターンです。一つは自分の社会的ポジション。二つ目は人に承認されているという人間関係。三つ目は自分のやってきた仕事や実績。ひきこもりだと全部ないわけで、自信がないのが普通。でも弟さんは無根拠に自信がある。一番いい自信の持ち方ですよ。何もないのに自信があるという素晴らしい人。僕はそういう方を、“超人”と呼んでいます。ぜひそのまま自信を持ち続けていただきたい。

親が相手だと恨みも出てくる

マリー:ポン太郎は、マンガに描かれて嫌だとか恥ずかしいとか、一切ないんですよ。

斎藤:それも普通のニートやひきこもりの方とは違いますよね。一般的には、自分の状況をさらされるのを一番恐れるんですよ。

マリー:単行本に収録した母親も交えての座談会では、「姉ちゃんのネタになったけんいいっちゃない?」と他人事のように言っていました。

斎藤:それは気遣いなんじゃないでしょうか。マンガに炊飯器を買ってきた話がありましたね。それも感謝の気持ちだと思いますよ。

マリー:えっ、そうなんですか!? 感謝なんて全然実感できなかったんですけど。。

斎藤:それは私が代弁しますが、感謝しています。間違いなく。

マリー:ありがとうございます。でもバイトや専門学校に行ってからは、大業を成し遂げたみたいな感じで、態度がでかくて(笑)。

斎藤:それもよくあることで、活動を始めると怒りっぽくなったりするんです。今までとは違う生活に耐えているわけで、俺はなんでこんなことしなきゃいけないんだ、みたいな。
マリー:はははは!

斎藤:そこらへんはわかってあげてください。ひきこもりの方は表情が乏しくて、気持ちをあまり表現しない。でも、内心ではすごくいろいろ考えているんですよ。ありがたいなとか、ゲームばかりやっていて申し訳ないなとか。親が相手だと恨みも半分あるんです。俺をこんなになにしやがってという。感謝半分、恨み半分。でもポン太郎君はマリーさんには感謝だけ。そういう意味でも、姉弟同居はとてもよかったですね。

後編に続く→https://ddnavi.com/news/276368/

 

【著作紹介】

実家からニートの弟を引きとりました。

沼津マリー KADOKAWA 1000円(税別)

ニートでネトゲ廃人の弟を実家から引きとり、養うことになった沼津マリー。狭いワンルームで二人暮らし。ゲーム三昧の彼を全肯定して見守るが、米問題でケンカしたり5万円貸してと言われたり……。弟が更生(?)するまでのドタバタとちょっぴりの感動を描いたコミックエッセイ! 姉弟&母の貴重な座談会も収録!

おたく神経サナトリウム

斎藤 環 二見書房 1700円(税別)

『月刊ゲームラボ』で14年間続いた人気連載が待望の書籍化! ジブリ作品について、秋葉原通り魔事件のこと、追悼・今敏監督、「3・11」後のオタク文化、『まどか☆マギカ』の衝撃、『あまちゃん』でクドカンが描いてくれたもの……。2001年から14年間のおたく文化を見通せる、極めて明瞭な「ゼロ年代おたくクロニクル」!

取材・文=松井美緒
写真=山口宏之