岡田准一&阿部寛出演! 世界的ベストセラー『エヴェレスト 神々の山嶺』がついに映画化! 極限の世界に挑む男達の物語

文芸・カルチャー

2016/1/28

 この作品がとうとう映画化されるとは…そんな感慨を持つ方も多いだろう。いよいよ3月12日(土)から全国公開となる『エヴェレスト 神々の山嶺』。世界最高峰のエヴェレストに取り憑かれた男たちの生き様を描くこの作品は、山岳小説の金字塔といわれ、世界的ベストセラーとなった夢枕獏氏の原作小説『神々の山嶺』上・下巻が集英社、KADOKAWAより刊行。さらに映画化を記念し『エヴェレスト 神々の山嶺』合本版がKADOKAWAより刊行された。作品発表以降、国内外からいくつもの映画化オファーがあったというが、スケールが大きすぎてなかなか実現にはいたらなかったというだけに、映画への期待が高まるところ……。その前にもしあなたが、まだ原作を読んでいないならば、是非そちらを先に味わうことを強くおすすめしたい。「小説を読む」ということの醍醐味に溢れたこれほどの超大作を読まないままではもったいない。

 2名の滑落死者を出して失敗におわった中年エヴェレスト登山隊のメンバーだったカメラマンの深町 誠は、失意の中でカトマンズをさまよいながら、偶然入った古道具屋で年代物のカメラを手に入れる。1924年にエヴェレスト山頂付近で行方不明となったイギリスの登山家・ジョージ・マロリーの遺品ではないかとにらんだ深町は、スクープを期待してカメラのことを調べようとするものの、あっけなく当のカメラを宿泊先のホテルで盗まれてしまう。すぐさまカメラの行方を追う中で、カメラの持ち主というビカール・サン(毒蛇)と呼ばれる謎の日本人の男と出会った深町。なんとこの男は、かつて日本国内で数々の登攀記録を打ち立てながら、ヒマラヤ遠征で事件を起こし姿を消した伝説の登山家・羽生丈二だった。一度帰国したものの、恋人と別れ、人生の意味を見失いかけた深町は、自分を変える可能性をかけて、再びカメラの謎を解くためにネパールへ。真相を探ろうと羽生を追ううちに、彼が前人未到のエヴェレスト南西壁の冬季単独登攀を目論んでいることを知る。あまりにも無謀な計画…だが、羽生の狂気に魅了された深町は、孤高の羽生の姿を撮ろうとエヴェレストへと向かう――。

 マロリーのカメラをめぐるミステリーの醍醐味と、ネパールの裏社会も巻き込んでのサスペンスのスリル。そして冬のエヴェレストを舞台にしたスケールが桁外れの冒険小説の迫力が渾然一体となり、とにかく圧巻の一言。

 その一方で、別れた女を思い出しては自問自答を繰り返し、自分探しをするかのような深町の心の迷い、エヴェレストへの執念から異国で生き抜いた羽生の凄みのある佇まいはどちらも人間くさく、「貧困」という現実の中で大地に根ざして生きるネパールの人々の精神の強さと共に、物語世界をさらに深くしていく。

 なにより生死を賭けて冬のエヴェレストに挑む男たちの姿は凄まじい。「そうまでして、なぜ登るのか?」と極限の世界で恐怖と闘いながら自問自答する彼らの姿を「見る」のではなく「読む」からこそ、読むこちら側にもその哲学的な問いが深く胸につきささるように思う。圧倒的な自然の脅威の中で、必死にしがみつくちっぽけな人間という生き物。極限状態の彼らの姿の中に、「生きる」ということの意味を、それぞれが自分に問うていくはずだ。

 たっぷりとした長編であることも苦にならず(なんと今回、映画化にあわせて登場した合本版文庫はおよそ350ミリと超分厚い)、むしろその読書体験そのものが、羽生や深町と共にエヴェレストの頂を目指しているような気持ちになるから不思議だ。

 映画では深町を岡田准一が、羽生を阿部 寛が演じ、キャスト・スタッフ共に10日間をかけて高度順応しながら、実際にエヴェレストの標高5200メートル級での撮影を敢行したという。一体、どんな世界を見せてくれるのか。原作を読めば、その期待もいやが上にも高まってくる。深町が「自分は、ただ、この羽生丈二という男が、このエヴェレストで、何をやるのか、どこまでやれるのか、見とどけたいのだ。見とどけたいだけなのだ」と後を追ったのと同じように、映画の中の羽生と深町がどこまでやれるのか、私たちもこの目で早く見とどけたい。

文=荒井理恵