『王とサーカス』の太刀洗万智が再登場! 彼女のその後を描いた珠玉の短編集!!

文芸・カルチャー

2016/3/2


『真実の10メートル手前』(米澤穂信/東京創元社)

米澤穂信氏は、今やミステリー界のエース的存在である。著者は10年以上にわたり、傑作・話題作を書き続け、その実績は申し分ない。だが、その評価が決定的になったのは、ミステリーの年間ランキングにおいて、2014年、2015年と連続して1位を独占したことによる。「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!」と主だったランキングで1位を総なめにすることは、それ自体が快挙だ。しかも、2年連続となるともはや過去に例がない。このことにより、米澤穂信氏の名は以前にもまして大きなものになった。この大快挙の両翼となった作品が、『満願』(米澤穂信/新潮社)と『王とサーカス』(米澤穂信/東京創元社)である。

前者はノンシリーズの短編集。ミステリー的な仕掛けを通して、人の心の闇があぶり出していく著者の特徴が存分に発揮された傑作だ。一方、後者は社会派的なテーマが前面に押し出された問題作で、著者の出世作『さよなら妖精』(米澤穂信/東京創元社)の主要キャラクターである太刀洗万智が11年ぶりに再登場したことでも話題となった。

『さよなら妖精』で女子高生だった太刀洗は、『王とサーカス』ではフリーの記者になっており、海外旅行特集の事前取材に訪れたネパールで、王政廃止の遠因となった王族殺害事件に遭遇する。当然、彼女はその事件を追うことになるが、取材のために接触した王宮警備の軍人が何者かに殺されてしまう。

冒頭のあらすじだけをみると、いかにも陰謀渦巻く国際サスペンスといった趣だが、この作品の主題は、王族殺害事件の秘められた真相でも軍人殺しに対する謎解きでもない。この作品で著者が問うているのは、ジャーナリズムにとっての正義とはなにかである。マスコミの本来の目的は、真実を世に知らせることのはずだ。しかし、実際は、読み手の注目を集めるため、事実を故意に取捨選択してよりセンセーショナルな物語を捏造している。それ以前に、当事者の迷惑を顧みずになされる報道は本当に正義と言えるのか。王族殺人事件を通して浮かび上がるそうした問いが、物語に深みを与え、読者の胸に深く突き刺さってくるのである。

そのテーマは、太刀洗が登場する3作目の作品である短編集『真実の10メートル手前』(米澤穂信/東京創元社)でもダイレクトに引き継がれている。いや、正確にいえば、表題作と「綱渡りの成功例」以外の短編は、『王とサーカス』の執筆以前に雑誌掲載されたものであるから、こちらがルーツだと言うべきか。いずれにしても、ジャーリズムに対する著者の視点は、一貫して真摯で鋭い。

その姿勢が如実に表れているのが、本作の一編である「ナイフを失われた思い出の中に」である。この話の中で、太刀洗は、16歳の少年が幼い姪を惨殺したとされる事件を追っている。少年は姪殺しに関する手記を書いており、彼の犯行を目撃した者もいる。犯人がその少年であることは明白だと思われた。彼の手記はマスコミによって報道され、その衝撃的な内容は大きな反響を生む。しかし、太刀洗は手記が公開されたことに疑問を呈す。手記が書かれたのは事実だが、マスコミによって、それが少年の異常性を示すものとして意図的に読者を誘導していたからだ。太刀洗はその歪みを正すため、少年の心情を汲み取り、真実へとたどり着く。

ここで描かれているのは、報道における当事者への配慮の不在である。真実と関係のないところで、事件は大衆の求める刺激的な物語として報道され、消費されていく。その結果、事件の当事者は好奇の目に晒され、拭い難い誤解と偏見の中での生活を余儀なくされるのだ。太刀洗はそのことを良しとせず、自ら当事者の代弁者を買って出る。とは言っても、それは単に本人の声を伝えることを意味するのではない。そんなことをしても、その声は先の手記のように意味を歪められてしまうだろう。彼女のやり方は、真実と大衆の望む物語との間に立ち、どのような報道を行えば、当事者のためになるのかを真摯に考えていくことだ。

しかし、それは非常に困難な道である。資本主義社会の中において、大衆はマスコミの顧客であり、顧客の意に背いては報道そのものが成り立たない。それも、幾多の競合相手としのぎを削っているとなればなおさらのことである。他者に後れを取らず、大衆が飛びつくような刺激的な報道をして、初めてジャーナリストの生活は成り立つのだ。その中で、ジャーナリズムの正義を期待するのは、構造的矛盾とさえ言える。確固たる信念をもっている太刀洗ですら、そんな環境下で、自ら理想とする報道を行える機会はそう多くはない。それは彼女自身が一番理解しており、その想いは最終エピソードである「綱渡りの成功例」の中で吐露される。

この短編はミステリーとしては小品であり、驚愕の真相が待ち受けているわけでもない。しかし、『王とサーカス』と本作を読み進んできた読者にとっては、大きな意味をもつエピソードである。太刀洗が迷いながらもたどり着いたジャーナリストとしての在り方が、そこにあるからだ。彼女の成長に感銘を受けながらも、現実の報道が陥っている問題を思い浮かべた時、読者は複雑な思いを抱くだろう。

以上のように、本作は社会における今日的な問題を深く掘り下げた作品だが、ミステリーとしての面白さも決しておざなりにはしていない。例えば、高校生男女の心中事件を描いた「恋累心中」や老人の孤独死を扱った「名を刻む死」である。殺人ではないこれらの事件の中に潜む、意外な悪意を浮き彫りにしていく手腕は実に巧みだ。さりげなく伏線を絡ませつつ、読者の想定外の場所に物語を着地させるプロットも見事という他ない。

結論を言えば、本作はテーマ性と謎解きの面白さを兼ね備えたミステリー小説の傑作である。『王とサーカス』を気に入った方は、迷わず本作にも挑戦してほしい。

文=HM