暮らしの達人に学ぶ! 一生使える料理の哲学

食・料理

公開日:2016/7/26

『魔法使いの台所』(婦人之友社編集部:編/婦人之友社)

 今、料理本の世界では「作り置き」がブームだ。

 本書、『魔法使いの台所』(婦人之友社編集部:編/婦人之友社)もまた、こうした「作り置き」のレシピを中心とした料理本の1つ。しかも何十年にもわたって売れ続けているロングセラーでもある。

 しかし、普通のレシピ本を期待して、本書を開いた人はその時点で多分面食らってしまうだろう。最初の20ページはレシピの話がまったく出てこないからだ。代わりに出てくるのは、「栄養バランスの良い食事とは?」とか、「それを実現するためにはどんな買い物計画を立てるべきなのか?」とか、料理以前のトピックス。これは本書の力点が、便利なお助けレシピの紹介に置かれていないからに他ならない。

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 この本は正確にはレシピ本ではない。「いかに手間と食費を抑えつつ、バランスのとれた食生活を送るか」という、その1点を追求した本なのだ。本書に紹介されている、食材をまとめ買いしての作り置きも、時短調理テクニックも、すべてはその理念を実現するために存在している。そして、この理念を支えている重要な発想が計画性だ。

 ただこうした発想は、いわゆる「料理上手な人」たちなら、おそらくすでに身につけているものでもある。「肉をキロ単位で購入しても腐らせない」あるいは「下ごしらえ済みの食材を自在にアレンジして使い切る」といった芸当のできる達人たちである。「作り置き」のレシピを書いているような人たちは、みんなこの類の人々に属するのではないだろうか。

「作り置き」は計画性が何よりも求められる作業だ。材料を過不足なくまとめ買いしなければならないし、料理の保存性も考えなければならない。彼らが書いたレシピ本を読むとき、我々は本の著者が「普通の人」ではないことを考慮に入れておく必要がある。本に書かれたレシピを漫然と作っているだけでは、作り置き生活を成功させることは難しい。

 そこで本書の出番である。この本の主要な内容は「買い物をする際に必要となる知識」を解説するところから始まる。まずは栄養バランスの重要性と献立を立てる際のポイントについて触れた上で、読者に1日に必要な肉や魚、野菜の摂取量などを計算させる。そこから、各家庭で1週間に必要となる食材の量を割り出していくのだ。料理初心者もこれに基づいて買い物の計画を立てれば、栄養バランスも自然に整うし、まとめ買いをしても無駄になる食材が一切出ない。料理上手と一般人を隔てている「計画性」とやらの正体が、論理的に説明されているのである。

 そうした調理以前の基礎を手取り足取り教えた上で、本書は具体的なレシピやテクニックの紹介に入っていく。取り上げられているのは、アレンジしやすい作り置きや日持ちのする合わせ調味料のレシピ、時短に役立つ下ごしらえ、とどれも実践的なアドバイスばかりだ。理論から実践へ、という流れである。しかも理論面がしっかりしているから、のちのち他のレシピ本を見たときなどにも応用しやすい。

 本書がこうした魅力的な構成を取ることができたのは、本の執筆に「全国友の会」が携わっているからだろう。「全国友の会」は雑誌『婦人之友』を愛読する主婦たちの団体のこと。といっても、ただの読書サークルではない。家事能力の向上のために講習会を聞いたり、家計簿等の課題提出や研究発表をしたり、というなかなかハイレベルな活動をしている団体である。そんな主婦業に熱心な主婦たちが集う団体だけあって、友の会はあまたのスーパー主婦を輩出してきた。そんな家事のプロたちの研究成果がこの本に結実している。また、友の会は家事の勉強会以外にもボランティアなどさまざまな活動を行っているため、会員は(たとえ専業主婦であっても)とても忙しい。彼女たちは丁寧な暮らしの達人というだけではなく、時短の達人でもあるのだ。だから必然的に作り置きやまとめ作りが上手になる。

 このような背景を持つ本書は、家庭の主婦だけにとどまらず、働く単身者などを含めた、すべての忙しい人に向けた料理の教科書である。この本で得られるのはレシピやうわべだけのテクニックだけではない。多忙な中でもマトモな食生活を送るための知恵も一緒に手に入る。本書に惜しみなく披露された知識によって、我々は誰でもキッチンの魔法使いになれるのだ。

文=遠野莉子