井上荒野の新作はストーカーの心理を描いた問題作

文芸・カルチャー

2011/12/26

3月11日に起こった震災以来、世界中から「祈りの言葉」が届けられている。メッセンジャーとして“被災地のいま”を伝え続けている サンドウィッチマンに、今年もっとも心に残った本を聞いてみた。

『ハニーズと八つの秘めごと』『キャベツ炒めに捧ぐ』『そこへ行くな』と、今年、味わいの異なる作品を次々と上梓し、話題を呼んだ井上荒野さん。今年4作目となる新刊『だれかの木琴』(幻冬舎)は、平凡な主婦が次第にストーカー行為へと走る心理を巧みな筆致で描いた問題作だ。

「ストーカーって今、ニュースなどでもよく取り上げられているじゃないですか。“異常者”として扱われているけれど、その人はもともとストーカーとして生まれてきたわけではない。ある時から、そういう行為を始めてしまうわけで。それも“急に”ではなく、だんだんしてしまうんじゃないのかなって。その“だんだん”を書いてみたかった。異常者としてのストーカーではなく、私たちの延長線上にある異常さというものを」(井上さん)

登場するのは、年頃になった娘と優しい夫婦の3人家族。しかし、妻の小夜子が20代半ば頃の山田海斗という美容師から送られてきた営業メールに返信したことをきっかけに、ストーリーは彼女を思いがけない方向へと押し進めていく。

「どこから小夜子がおかしくなっていくのか。それは読む人によって感じ方が違うのではないかなと思います。ただ私が書こうとしたのは、自分ももしかしたらなりうるかも、という状況。きっかけは彼女が営業メールに返信したことから始まりますが、それは、ちょっと携帯を使ってみたかったからとか、返事してみたかったからという、何気ないこと。“何で、こんなことしちゃったのかな”と後悔しつつ、三歩進んで二歩下がるみたいな書き方をしていきました。(中略)結婚している人、小夜子と同世代の人など、それぞれの環境や年齢によって、違う感触を持たれると思うんですよね。若い人が読んだら、気持ち悪いって思うかもしれない。たしかに気持ち悪い小説だと思うんです。子どもがへんな虫を見て、気持ち悪いけど、遠巻きにじっと見ていることってあるじゃないですか。あんな感じで読んでほしい」

だが、ひと呼吸置いた後で、井上さんがもらしたのは、「切ない話、切ない女なんです」という言葉。説明のつかないどうしようもなさ、仕方なさは、人間が持つ感情の中で最も切ないもののひとつなのかもしれない。

「どう読んでいただくかは自由ですが、たとえばストーカーする女は悪いとか、理解できないとか、誰が悪いとか、そういう既成概念を読む時だけでも取り払ってもらえれば。そして、小夜子がいるのは、並行して走る道の向こう側ではなく、私たちと同じ道の先にいるということを感じてほしいですね」

(ダ・ヴィンチ1月号 今月のブックマークEXより)