壇蜜35歳のリアル。自分にイラつき、毒づく…「見たければどうぞ」とやさしく囁かれているような赤裸々日記

文芸・カルチャー

2016/11/2


『泣くなら、ひとり 壇蜜日記3』(壇蜜/文藝春秋)

 「文無しの年増女がショーウィンドウに映っていた」財布を忘れて呆然と佇む自分のことをこう表現した壇蜜。独特の言いまわしによる自虐ネタは、もはやこの人の持ち味になっている。知性と色気を兼ね備え、どこかアンバランスな大人の危うさも秘めた彼女。その才能は多方面で発揮されており、メディアでの活躍もさることながら、最近では執筆活動にも積極的だ。著書をはじめ朝日新聞、週刊新潮などでの連載も多く、文化人タレントとしての地位を確立しつつある。

 2015年夏から1年間の日々が綴られた『泣くなら、ひとり 壇蜜日記3』(壇蜜/文藝春秋)は、ここまで晒すかというほどプライベートを赤裸々に公開した35歳の記録である。眠気と戦い、自分にイラつき、捨て台詞を吐き、黒い自分を丸ごと抱える生身の女は、毒づきながらも懸命に仕事をこなす。自分の「男」の存在もうっすら現し、身内との濃いつながりも隠さない。まるで「見たければどうぞ」とやさしく囁かれているようだ。

 だが、そこまで晒すのはなぜだろう。29歳でグラビアアイドルとして遅咲きのデビューを果たした後、映画やバラエティーで活躍。そのユニークな言動が他にないキャラクターとして注目され、またたく間に国民的タレントとなった。自分はすぐに消える、自分の代わりなどいくらでもいる、というのが壇蜜の口癖だ。失うものは何もない、見たければ見ればいいという潔さからくるのかもしれない。開き直って自分らしさを貫いている姿が、同性には憧れとなり、男性には健気な魅力として多くのファンを虜にしているのだろう。

 1日200字ほどの日記には、バッシングを受けたことを認め、さらりとかわす鮮やかさ、風呂場で発する自己愛に満ちた台詞、自分を面倒くさい女と認めるところも、彼女ならではの不思議なリズムに満ちている。その視点と表現力は古典的でもあり、時に哲学的だったりもする。どのページも壇蜜らしい色に染まった日記文学とも言えそうだ。

 イベントやサイン会は半数以上が女性ファン。女性限定のイベントも増えている。女性誌では「35歳のリアル」をテーマに、赤い口紅、黒いアンダーウェア姿の悩ましい姿を披露、さらには性についての「告白」までしてみせた。望まれれば期待以上に応えるプロ意識。そのストイックさが壇蜜の活動を支えている。

 著書について「なぜ書くのか?」という問いに「お金とファンのため」と答える。自分の中には、反対の性が住んでいると断言。「私が仕事する以上は、周囲のスタッフやファンのお金と生活を必ず巻きこむ。損などさせられるものか」と、ここでは男前以上の親分肌が顔をだす。本書のタイトル「泣くなら、ひとり」の通り、人前で涙など晒してはならぬ。現世を自由に泳ぐ熱帯魚のように、美しくも頼もしい壇蜜の心意気が伝わる一冊だ。

文=藤本雪奈