台湾で起こった密室殺人、鍵は日本の漫画!? 日本文化オマージュ満載の第三回島田荘司推理小説賞受賞作

文芸・カルチャー

2016/11/3

『ぼくは漫画大王』(文藝春秋)

中国語で書かれた未発表の推理小説に贈られる島田荘司推理小説賞。御手洗潔シリーズなどで人気の島田荘司が協力し、世界中から作品を募集するこの賞は、過去三回を数えている。すでに第四回の作品募集も開始されており、新しい才能が世界中に羽ばたくチャンスを提供し続けている。

第三回の受賞作となった台湾の新鋭、胡傑による『ぼくは漫画大王』が、クラウドファンディングなどの支援によって、翻訳版が刊行された。複雑かつ緻密な構成のみならず、「日本の漫画」という海外の推理小説では珍しいモチーフを取り扱った本作には、唯一無二の個性が感じられる。そして、作中に登場する固有名詞が理解できる日本の読者は、本作の魅力をより理解できることだろう。

台湾を舞台に全十五章からなる本作の幕開けは非常にエキセントリックだ。「十二章」と題された章が冒頭に置かれ、学生の蘆俊彦があまり付き合いのない向かいの家の夫人と会話している場面から始まる。成り行きで夫人の家を訪問した蘆俊彦は、そこで思わぬものを発見してしまう。床に倒れている夫の他殺体、そして、外側から施錠された部屋にいた小さな息子。密室殺人の様相を呈する現場だったが、息子の証言から「太っ許」という男が事件の直前に訪れていたことが判明する。果たして、誰が鍵のかかった部屋で殺人を行い、出て行ったのか? 息子はどうして部屋に閉じ込められていたのか? そして、太っ許と事件に関係はあるのか?

謎が謎を呼ぶ状況にもかかわらず、読者は展開のおあずけを食らうことになる。十二章の次は一章に遡り、「健ちゃん」という男の子が登場する。その後も奇数章では殺人事件と無関係な健ちゃんの物語が展開していくのだ。健ちゃんは近所のお兄ちゃんの影響で日本の漫画にどっぷりとのめりこみ、学校で「漫画大王」というあだ名を付けられるようになる。同級生に漫画を貸して大人気になる健ちゃん。そんな健ちゃんの家来だったのが「太っ許」だったというのだが、ノスタルジックかつのどかな健ちゃんの毎日は、殺人事件からは程遠い。

一方、偶数章で描かれるのは方志宏という、しがない男の物語だ。気難しい性格ゆえ、人間関係を上手く築けずに職を転々とする方志宏。子供が生まれたにもかかわらず、転職先も決まらないまま辞表を出してしまう夫に、妻は段々と愛想をつかしていく。奇数章とは打って変わって、現実を前に疲弊していく男の姿は痛切で物悲しい。奇数章と偶数章で文体を変えているのも名訳だといえるだろう。健ちゃんと方志宏、二人の物語がどんな風につながり、十二章の殺人事件と関係していくのか、戸惑いながらも読者の興味は引きつけられて止まない。

そんな本作の鍵を握るのは、日本の漫画の数々だ。健ちゃんが父親に買い与えられる漫画は膨大な数にのぼり、それが健ちゃんのプライドと学校での地位を支えている。健ちゃんの好みは『マジンガーZ』や『ウルトラマン』のような男の子らしい漫画だが、好きな女子に気に入られようと『ベルサイユのばら』や『ガラスの仮面』も読み漁る。なぜ日本の漫画ばかり登場するのかというと、1960年代、言論統制によって台湾製漫画の出版が非常に困難になり、日本の漫画の海賊盤が出回るようになっていたからだ。日本の人気作品が同時代の台湾でも同じように親しまれていたという歴史は興味深いが、それが殺人事件と結びついていく意外性のあるプロットには、多くの読者が驚かされることだろう。

また、同時収録されている島田氏からの選評でも触れているように、本作には日本の推理小説からの強い影響が読み取れる。台湾と日本の文化交流を考えるうえでも、貴重なテキストになりそうだ。

文=石塚就一