巷で話題の“東京藝大本”! 実際どれほど藝大を描けているのか?【卒業生が読んでみた】

エンタメ

2016/11/16

『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』(二宮敦人/新潮社)

最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』(二宮敦人/新潮社)が話題だ。書店によっては売上ランキング1位になることもあるという。著者の二宮敦人氏は、普段はホラーやエンタメ小説で活躍する作家だが、果たしてどれくらい“藝大”の中味を取材してくれているのか。十数年前とはいえ、かつて藝大で学生をしていた身としては大変気になるところである。そこで、卒業生の立場から、ちょっぴり上から目線で読んでみた。

 そもそも二宮氏の妻が現役の藝大美術学部生だそうで、家の中で木彫りの亀にフェルトを貼ったり、自分の等身大の全身像の型をとるために身体中に半紙を貼ったりする姿(授業の課題らしい)をみて、“藝大=不思議の国”への密入国(取材)を決めたという。かくして、キャンパスには管楽器、弦楽器、ピアノ、三味線ときどきサンバetc.が鳴り響き、ワンピースにハイヒールの音楽学部生とハチマキにツナギの美術学部生が入り交じる〈カオスなワンダーランド〉へと足を踏み入れた二宮氏。さあ、どうでる。

 基本的に学生へのインタビュー形式で構成されている本書。二宮氏の前に現るは、口笛の元世界チャンピオン、自らの肉体を衆目にさらすことで美という表現を追求する〈仮面ヒーロー・“ブラジャー・ウーマン”〉、〈「絵のことをいつでもずっと考えています」〉という元ホストクラブ経営者などの猛者たち。しかし二宮氏はひるむことなく、なんと全学科の学生にインタビューしている。いや、ひるむどころか、とても真摯な姿勢で藝大生と向き合っているのだ。インタビューだけでなく実際に学生のコンサートや展示に足を運んだうえで、“生”のアートの魅力を迫力ある文章で伝えてくれているから、読んでいるだけでキャンパス内にもやもやと渦巻く藝大特有の空気がよみがえってくる。

 他にも、入試問題や試験当日の様子から、生協で指揮棒やガスマスクが売っているとか、音楽学部と美術学部の学生の性格とファッションの比較まで、取り上げ方は縦横無尽。

 ちなみに評者は“音楽学部楽理科”という科出身なのだが、この学科、なかなか他人に説明するのが難しい。でも二宮さんは楽理科の学生にもしっかりインタビューしてくれたうえに楽理科ホームページまで見てくれていて、〈言葉を使って音楽を表現するところ〉〈音楽は幅が広い世界で、謎がいっぱい〉〈そんな不思議全てが楽理科の守備範囲なのだった〉とズバリまとめてくれている。それだけでもう好感度ダダ上がり。

 そう、二宮さんのすごいところは、単に学生に話を聞くのみならず、自らも音楽や美術に対し興味を持ち、問いを発していくことにある。たとえば指揮科や古楽器科の学生の話を聞き、〈どうしてそこまでして、作曲家の心情を汲み取る必要があるのだろう?〉と考え、自ら答えを導きだそうとする。まるで二宮さん自身が藝大生になってしまったみたいだ。

 読んでみた結果、本書には藝大の魅力が想像以上に詰まっていた。上から目線で読み始めた自分を反省したい。

 本書は「非公式完全ガイド」と銘打ってあるが、藝大はもういっそのこと、公式ガイドブックとして世間に広めるべきだと思う。〈秘境〉として上野のお山にどっかり鎮座している場合じゃないのだ。

文=林亮子(音楽学部楽理科H16卒業)