800年以上にわたり、読み継がれてきた理由がここにある。稀代のストーリーメーカーが完全訳した『平家物語』が面白すぎる!!!!!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『平家物語』(古川日出男訳/河出書房新社)

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」で始まる古典『平家物語』を、全く知らない方もいないだろう。私は学生の時、授業で読んだ記憶がある。その時「……つまらない」と思った。

古文なので当然だが、書いてあることがよく分からないし、登場人物の名前がややこしくて誰が誰だか分からない。ただ淡々と合戦の様子が記述されているだけで、感情移入もできない……。けど、それも仕方がない。古臭くて、理解できないもの。それが「古典」なのだと、とりあえず試験に出そうな現代訳と古語だけ覚えた。そんな思い出がある。

しかし、そんな「刷り込み」を見事にひっくり返してくれたのが『平家物語』(古川日出男訳/河出書房新社)だ。「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」として順次刊行されている古典の一冊で、訳者は稀代のストーリーメーカーとして名高い小説家・劇作家の古川日出男氏。

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まぁ、とにかく、すっっごく面白かった。
『平家物語』を訳した書籍は、今までに多数出版されているが、訳者によってこれほどまでに内容が変わるのかと、驚きを隠せない「読みやすさ」だった。

古川氏の『平家物語』が「面白すぎた」理由はいくつかある。
一つは、登場人物一人ひとりに「個性」があり、従来の訳本では省かれがちな「心情」が繊細に書かれているところ。「キャラ立ち」をさせているのか!? と思ってしまうほど、100人前後は出てくる登場人物たちが、それぞれの「個性」を持っている。そして、その人々が歴史的事件の「その時」、何を想い、何を考えていたのか。その心情が「小説家」の手を加えることで、読者にあますところなく伝わってくるのだ。
ゆえに、感情移入ができる。

本作は、「諸行無常」を大きなテーマにしているだけあり、様々な別れがある。親と子、夫と妻、君と臣……時代の流れが、迫りくる合戦が、家族を、愛しい人を、隔てていく。親が死に、子が嘆き、夫が死に、妻も後を追うように身を投げる……。その人々の痛哭が胸に迫り、何度も泣いてしまった。

また『平家物語』は字で読むというより、琵琶法師によって「語られていた」という面がある。つまり、楽器の音色と共に話された一種の「朗読劇」だったのだ。
本作はその「臨場感」を見事に再現している。琵琶法師のセリフや琵琶の撥(ばち)の音も書かれていること、また、単語を重ねたり、体言止めにしたりすることで、「口頭感」が醸し出されている。
文章なのに、まるで目の前に琵琶法師がいるかのようだ。琵琶の音色を奏でながら、泣き所はしっとりと、合戦の様子は勢いよく、法師が「語っている」ように読者は感じる。これは古川氏の筆力がなければ実現しなかった「神業」ではないだろうか。

その他にも、素晴らしい点はいくつもある。単純に構成がよい。『平家物語』は長年語り継がれたため、口伝や付け加えが多く、登場人物も多いので、ともすれば、しっちゃかめっちゃかになる物語。それを着実に「一本のストーリーライン」に落とし込んでいる。話が主線からズレる場合は、「ズレた」ことが読者に分かるように書かれ、そして自然と主軸に戻っている。さらに当時の「常識」(例えば、マナーとか)にさりげなく説明を加えているので、「時代用語」のせいで読者を悩ませることもない。

学校の授業でも、ぜひ古川氏の現代語訳を取り入れてほしい。
そうしたらきっと、『平家物語』が800年にわたり読み継がれてきた真の理由――昔も今も変わらない、家族愛、夫婦の情、変わらぬもののない諸行無常のはかなさ――を、実感することができるだろう。

文=雨野裾

『平家物語』(池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09)
古川日出男:翻訳
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