いじめのサインは「太平洋の真ん中の漂流者の信号」をキャッチするよりも難しい―被害者が「見えなくなる」いじめの構図を解き明かす

社会

2017/1/20


『いじめのある世界に生きる君たちへ – いじめられっ子だった精神科医の贈る言葉』(中井久夫/中央公論新社)

 いつだったかテレビCMで人気芸能人やトップアスリートたちが、いじめられている子供たちへ向けて応援メッセージを送っているのを見た覚えがある。自身もいじめに遭い、それを乗り越えてきたという内容で、脱出に成功した人から頑張れと応援されて、果たしていじめの渦中にある子供たちの心に届くのだろうかと思ったものだ。

 そこへいくと、戦時中に疎開先でいじめられた経験があるという中井久夫氏の『いじめのある世界に生きる君たちへ – いじめられっ子だった精神科医の贈る言葉』(中井久夫/中央公論新社)は、いじめられている子供たちに寄り添っており、本当の手助けになるのではないかと思う。

 本書は、2011年に滋賀県大津市で男子中学生が自殺した「大津いじめ事件」における第三者委員会の報告書に引用された、著者の『アリアドネからの糸』の「いじめの政治学」を小学校高学年以上に向けて再編集したものである。本書では最初に、いじめの大部分は「学校の外で行なわれれば立派な犯罪です」と述べたうえで、いじめと「ふざけているだけ」の簡単な見分け方は「立場の入れ替え」があるかどうかだと解説している。例えば鬼ごっこならルールに則って立場が入れ替わるが、そうでないのなら遊びではなくいじめだという具合だ。

 そして本書では精神医学的な分析により、いじめる側といじめられる側との関係を解説しているのだが、ある意味危険な本である。なにしろ、いじめる側の手口を悪用すれば、他人を奴隷として服従させることが可能となるからだ。しかし、いじめる側と対峙するには、その手口は知っておくべきだろう。本書によれば、それは「孤立化」「無力化」「透明化」という三つの段階を経るという。もっとも初期の「孤立化」は、身体的特徴や癖などを理由に被害者を差別して、周りのクラスメイトや教師から切り離していくことで、やがて抵抗させない「無力化」へと進んでいく。

 私自身は小学6年生の頃にいじめに遭い、ある時クラスメイトの2人にマンションの屋上へと連れ出され、殴る蹴るの暴行を受けた。相手はコンビニの袋を手に巻いて、血が手につかないようにする用意周到ぶりで、ついにはマンションの屋上から投げ落とされそうになったため必死に逃げ出し、交番に飛び込んで助けを求めた。しかし事件にはならず子供同士のケンカということにされ、翌日には校長が家に来て頭を下げられた。「頼むから、警察にだけは行かないでくれ」と。

「大津いじめ事件」の第三者委員会によれば、自殺した男子中学生は本書で云うところの「透明化」の段階だったと考えられるそうだ。教師や親を頼っても無駄だと考えて「無力化」させられた被害者は、いじめられていても周囲からは「自然の一部か風景の一部にしか見えなくなる」のと同時に、もう大人がいじめられていないかを問いただしても否定するようになる。やがて「人間としての最後のイニシアチブの感覚」と「加害者を告発するという幻想」をいだき、自殺へと至ってしまう。

 著者は、いじめのサインに大人が気づくのは、「太平洋の真ん中の漂流者の信号がキャッチされるよりも高いと思えません」と述べている。幸い私は、いじめてきた彼らとは別の中学校へ行くことになったから自然に終わったけれど、著者が精神療法家ミルトン・エリクソンの「子どもにとって二週間は永遠に等しい」という言葉を引用していたように、卒業まで耐えるというのは当事者にとってはあまりに長い時間だろう。だから少しでも早く、いじめの渦中にある子供たちが本書にたどり着く偶然を切に願う。明日もまた、生きていてほしい。

文=清水銀嶺