今日はまっすぐ家に帰りたくない…。温かい一皿に満たされる! 路地裏に佇むイケメンドラァグ・クイーンの不思議な夜食カフェとは?

文芸・カルチャー

2017/1/21

すごく不幸、というわけではない。だけどなんだか今日はまっすぐ家に帰りたくない、温かな料理と人の気配にしばし癒されていたい……。『女王さまの夜食カフェ マカン・マランふたたび』(古内一絵/中央公論新社)は、そんな夜に贈る大人の童話だ。

【目次】第1話 蒸しケーキのトライフル/第2話 梅雨の晴れ間の竜田揚げ/第3話 秋の夜長のトルコライス/第4話 冬至の七種うどん

舞台は、路地裏にひっそりと佇むオリエンタルな雰囲気のカフェ。夕刻からオープンし、店名の「マカン・マラン」―インドネシア語で“夜食”の意―のとおり、特製の夜食のみを供するという一風変わった店なのだ。

カフェを取り仕切るは麗しき店主「シャール」。ある時は見事な銀色のロングドレス、ある時は薄紅色のナイトドレスをまとって嫣然(えんぜん)と微笑む。ただしその身長は180センチ を超え、ポセイドンのごとく筋骨たくましい体躯には鮮やかなピンクのボブウイッグが映える。つまるところ彼女は誇り高く品格のあるドラァグ・クイーンなのだ。

街に夜のとばりが下りるころ、一筋縄では行かぬこのカフェにひとり、ふたりと顔なじみが訪れる。彼ら、彼女らは、みなそれぞれの悩みを抱えているが、シャール自慢の心のこもった夜食たちが、今宵もそれぞれの心をじんわりと温めていく…。

例えば「蒸しケーキのトライフル」を味わうのは、派遣社員の真奈 。丸の内OLスタイルでキメている彼女はいっけん何の悩みもなさそうだ。しかし真奈をいつも苛むのは「なんだか自分が誰かの偽者のようだと思う」という感情。まるで誰かの擬態のようなファッションや生き方。孤立を恐れランチタイムでもお局の顔色を窺う毎日。…私には「自分」がない。だから私は面白くないんだ、子供のころから、意地悪な「おともだち」たちに嘲られ続けてきたように―。

すっかり自信をなくしていた真奈は、ある日偶然「マカン・マラン」の扉を開く。シャールが供したのは、失敗作の蒸しケーキを使って見事にアレンジしたデザート、トライフルだ。トライフルの“つまらないもの”という名の由来に、惨めな自分を重ねてハッとする真奈だが、シャールは温かく語りかける。すべての料理が特別である必要はない。さりげないけれども食べる人を和ませ、会話を弾ませるこのトライフルが自分は大好きだと。

「あなたも、自分のことを“ただの”とか“つまらない”とか言っちゃ駄目。それは、あなたが支えている人や、あなたを支えてくれている人たちに対して、失礼よ」

本来の自分を思い出した真奈は、ゆっくりと、しかし勇気をもって変わっていく―。

このほかにも「梅雨の晴れ間の竜田揚げ」が、夢を捨てかけた若者、裕紀に光を与え、「秋の夜長のトルコライス」が、育児に追い詰められた専業主婦未央の心を温める。そして最後の一皿「冬至の七種うどん」がシャールの秘密を語り…。

本書は『マカン・マラン―二十三時の夜食カフェ』の続編。どこかさみしい夜、ページを開けばいつでも、温かい料理と心からの笑顔で仲間たちが迎えてくれる。そんな居場所のような一冊が手元にあるのは素敵なことだと思う。

文=桜倉麻子