スクールカーストを巡るちょっぴり切ない学園ミステリー『石黒くんに春は来ない』

文芸・カルチャー

2017/3/16

『石黒くんに春は来ない』(武田綾乃/イースト・プレス)

心から「学校生活は楽しかった」と言っている大人を見ていると、憧れとも嫉妬ともつかない気持ちになることはないだろうか。俗にいう「スクールカースト」上位の美男美女や運動部のレギュラーならともかく、カースト中位以下の学生たちにとって、学校生活は捕食される小動物のような居心地の悪さを覚える時代だったともいえるのだ。

アニメ化された『響け!ユーフォニアム』(宝島社)のヒットによって、青春小説の新たな旗手として注目されるようになった武田綾乃。彼女の最新単行本が『石黒くんに春は来ない』(イースト・プレス)である。『ユーフォニアム』シリーズとは一味違ってほろ苦く描かれる学園ミステリーは、学校生活を「いい思い出」で片付けられない読者たち、そして現在も教室で背中を丸めている少年少女たちの心に突き刺さるだろう。

事件の始まりは高校の修学旅行だった。地味で読書好きの男子、石黒和也が雪山の立入禁止区域で、意識不明になって発見されたのだ。前日、クラスの女王様だった久住京香に告白していた石黒は、ひどいフラれ方をした挙句、クラスのLINEグループでそのことを晒される。苦にした石黒が自殺未遂したのではないかと囁かれる中、京香は責任を、石黒を最後に目撃した女子生徒、佐々木花に押しつける。

ショックを受けた花は登校拒否となる。主人公、北村恵美は花を傷つけた京香に反感を抱きながらも、その美貌でスクールカースト最上位に君臨する京香には歯向かうことができない。京香は悪びれる様子もなく、「石黒くんを待つ会」というLINEグループを立ち上げ、150人以上もの参加者を集める一大勢力を築く。そんな中、重体だったはずの石黒がLINE上に現れる…。

大人からすれば些細なことだが、学校生活を営む高校生にとってスクールカーストの強制力は絶大だ。京香たちの横暴が我慢できず、恵美たちは担任に相談する。しかし、事なかれ主義のうえ京香たちを贔屓目に扱っている女教師は「本当にこれっていじめなのかしら」で済ませてしまう。まるで恵美たちを諭すように。

そう、スクールカーストが厄介なのはいじめっ子といじめられっ子を生み出すからだけではない。いじめられっ子やカーストの外にいるはずの大人たちからしても、いじめっ子の存在が魅力的に見えてしまうことにある。

いじめっ子には、いじめられっ子にはないたくさんのものがある。世の中を愛想よく渡っていくためのコミュニケーション能力に、自分が他者に許容されるという絶対的な自信。それらを理不尽に奪われている子供たちの存在なんて、大人の視界からは初めから欠落しているのだ。

恵美の抱いた思いは、おそらく多くの人の実感に重なるだろう。それゆえに、カースト上位以外の生徒たちは悪目立ちしないことだけを心がけ、自分たちよりも地味なグループを見つけては安心し、何事もないまま卒業の日が来るのをじっと待っている。反抗の意志さえ持たない恵美たちもまた、スクールカーストの奴隷という点では京香と変わらない。武田による高校生たちの心理描写は繊細かつリアルで、「イケてるグループ」に話しかけられるだけでドキドキしていた高校時代の焦燥感を見事に閉じ込めている。

そんな中、際立つのが「ガラケーだからLINEはやらない」と公言し、自分の世界に生きる男子、宇正正義の存在感である。致命的に空気の読めない宇正の言動に読者はイライラしながらも、ある種の羨ましさを抱いてしまうのではないか。彼が象徴しているのは、読者がなれなかった自分自身の可能性に他ならないからだ。

虐げられた生徒たちのもとに、驚愕の展開が思わぬ突破口をもたらす。それを「正義の裁き」ととるか、「絵空事」ととるかは読者次第だろう。しかし、大切なのはカーストの行方以上に事件を通した恵美の成長だといえる。彼女が気づいた本当に大切なこと、大切な人が何なのかをしっかりと読み取ってほしい。今も現在進行形で暗い学校生活を送っている人にも、道標となってくれる存在を気づかせてくれるだろう。

文=石塚就一