「諭吉は商標登録OK、龍馬は商標登録NG」これってなんで? 知れば知るほど面白い知的財産権のコト

社会

公開日:2017/3/22

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    『楽しく学べる「知財」入門』(稲穂健市/講談社現代新書)

 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)でも議題にのぼる「知的財産権」。一昨年の「東京五輪エンブレム問題」も記憶に新しいなか、昨今も、ピコ太郎の『PPAP』を発端とした商標出願問題や、任天堂とマリカー社による“マリオカート”を巡る争いなど、関連した様々な話題が取り上げられている。

 かつては企業や団体など、組織間における問題としてのイメージもあった知的財産権。しかし、ネットで自由に情報を発信できる現代においては、私たちの身近にも寄り添う問題だ。そんな知的財産権の問題を、様々な具体的事例を織り交ぜて伝えてくれる一冊が『楽しく学べる「知財」入門』(稲穂健市/講談社現代新書)である。

◆よく目にする「著作権」「商標権」などは知的財産権の一部

 導入として、ここで少し知的財産権を学んでみたい。その定義は「人間のち的な創造活動によって生み出された経済的な価値のある情報を、財産として保護するための権利」だというが、さらにそこから「著作権」「産業財産権」とその他の権利へと枝分かれしている。

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 比較的、頻繁に目にする「著作権」とは、文章や音楽などの「著作物」を創作した場合に発生する権利を差す。特徴としては手続きをふむことなく「国に登録しなくとも自動的に権利が発生する」ものであるが、根本的なねらい「著作物を創作した者の努力に報いること」による文化の発展だ。

 その保護期間は、現在の日本の法律では著作者の死後50年間。創作物自体を財産として守る著作権のほかに、意図しない形での流用などで著作者が精神的に傷付けられないようにする「著作者人格権」や、アーティストなど、著作者に代わり創作物を広める役割を持つ人に認められる「著作隣接権」もある。

 一方、産業財産権とは、著作権とは異なり「国に登録することで権利が発生する」知的財産権の一種だ。

 例えば、昨今のピコ太郎にまつわる『PPAP』の商標出願問題などで話題になった「商標権」はそのひとつだ。現行の「商標法」によれば、権利が存続されるのは特許庁に登録された日から10年だというが、更新が可能なことから実質的には「半永久的な権利」となっているのが特徴。商品やサービスに付けられる名称やシンボルマークなど、いわゆる「営業標識」の使用上で認められる権利である。

 この他、技術的なアイデアを守る「特許権」や、物品の形や構造についての工夫を保護する「実用新案権」。物品の形や模様、色彩などのいわゆるデザインを保護する「意匠権」も産業財産権にあてはまる。

◆商標登録のミステリー「諭吉はセーフで、龍馬はアウト?」

 知的財産権とひとくちにいっても、その範囲が多岐にわたることはお分かりいただけただろう。その前提からここでひとつ、昨今取り上げられる機会の多い商標権にまつわる事例を本書から紹介していく。

 先ほどもふれたが、商標とは商品やサービスに付けられる名称やシンボルマークなどを表す。特許庁に出願して、審査を受けて「商標権者」として認められるまでが初めのひと区切りとなるが、じつは、様々なルールもあらかじめ設けられている。

 例えば、本書にあるのは「『他人の肖像』や『他人の氏名』などを含む商標は、原則、登録NG」であるというルールだ。加えて、「著名な芸名・筆名・雅号・略称」も禁止であるが、個々の事例によるものの、「『生きている人』に対してのみ適用されるものであり、『死んでしまった人』については適用されない」というのがおおむねの見解だという。

 これについて、歴史上の人物が議論されたケースもある。その一人が、福沢諭吉だ。現在は、その意思を継ぐ慶応義塾大学が「福沢諭吉」として登録商標を持っているが、当初はいったん歴史上の人物の氏名を独占するのは「社会公共の利益に反する」といった理由から拒絶された。しかし、福沢の子孫から承諾書を入手、意見書と共にようやく受理されたという。

 一方で、故人が認められなかった事例もある。高知県は過去に、坂本龍馬のゆかりの地として独自のイラストとその名前を商標として出願した。しかし、龍馬について「観光スポットが高知県以外に多数あること」「グッズ等が全国的に販売されていること」を理由に特許庁は拒絶理由通知を提出。その後、高知県は意見書を提出したものの、結果的に「坂本龍馬」の登録商標は“幻”となってしまったという。

 これらの事例について「『龍馬は全国的に大人気だから高知県が独占するのはダメ』ということらしい」と締める本書は、「福沢諭吉は龍馬ほど人気がないから登録商標OKだったということだろうか?」と疑問を投げかけている。

 ただ、個々の事例についての是非はさておき、数十もの事例から知的財産権を解説する本書は、さながら“ミステリー”のようにも楽しめる。人のアイデアが源になっている以上、明らかな正解がないのも事実。法律的な教養はもちろん、読み終えたときにきっと“事実は小説よりも奇なり”を体感しているはずえである。

文=カネコシュウヘイ